「ヴェルサイユ展~王宮の至宝~」(その2:最愛王ルイ15世の時代)

重厚さに加味された軽やかなロココ趣味

 フランス・パリ郊外にある世界遺産ヴェルサイユ宮殿美術館が所蔵する絵画やゴブラン織のタペストリー、見事な細工が施された家具に、宮殿内部だけでなく庭園に置かれた彫刻、ルイ14世からマリー・アントワネットまで歴代王族の個人的な所有品など130点以上を借り受けて送る大規模な「ヴェルサイユ展~王宮の至宝~」が4月17日まで、キャンベラのオーストラリア国立美術館で開催中です。今月は国王ルイ15世の時代をご紹介。

ヴェルサイユ宮殿内で最も有名な「鏡の回廊」
Mirrors1701

 ヴェルサイユ宮殿を建てた国王ルイ14世は76歳という当時としては十分長寿を全うして1715年に世を去りましたが、まだ王の存命中に世継ぎの息子である王太子も、その息子でこちらも成人していた王の孫も早死にしていたため、孫の息子で5歳の曾孫(ひ孫)がルイ15世として即位しました。彼の母親も既に亡くなっており、ルイ14世の甥であるドルレアン(オルレアン)公爵が摂政として幼い新王を補佐しました。

 ルイ15世は歴代フランス国王の中でも最も美男子で幼少のころから輝くばかりに美しく、その整った容姿を誰からも愛され「最愛王」と呼ばれました。現存する肖像画を見ても明らかで、現代なら子供タレントになれそうな愛くるしい幼少時代、映画スター並みにハンサムな青年時代の肖像画が残されています。キャンヴァス上で無理に美化する必要などないほど男前だったルイ15世は、宮廷画家にとってさぞや描きがいのある理想的な男性モデルだったことでしょう。

 一方の性格面では2歳になる前に母を失ったルイ15世が、潜在意識の中で母がもっと長生きしていれば受けられたはずの愛情、ひいては「優しさ」を求めたとしても不思議はありません。肖像画では精悍に見えますが実際は内気で、曽祖父と違って政治にも関心を示さず、3,000人もが暮らすヴェルサイユ宮殿で常に衆目にさらされる生活は重荷だったようです。

フランス・ロココ芸術を代表する宮廷画家フランソワ・ユベール・ドルーエ作「スーシュ侯爵とその家族の肖像」(※以下、ここに掲載の画像の作品はすべて「ヴェルサイユ展〜王宮の至宝〜」で展示中)
Le Marquis de Sourches et sa famille dit " le Concert champÍtre"

 ルイ15世が優しさを求めたと考察する根拠は、彼の寵姫たちにも見られます。女好きだった曽祖父ルイ14世の血を受けたルイ15世も色好みの青年になり、王妃だけでは物足りず、それでも当初は由緒正しい家柄の貴族の女性たちと浮名を流していましたが、35歳の時に11歳年下の平民女性を公妾としてヴェルサイユ宮殿に迎え入れ、宮廷人はおろかフランス中を唖然とさせました。フランスにおける「公妾」というのは単なる愛人ではなく第二夫人的な存在で、やり手の公妾になると王妃以上の権勢を欲しいままにし、宮廷人だけでなく諸外国の外交官たちも王妃に対するのと同じ敬意を持って接します。日本の側室制度とは異なり王位継承権を持つのは王妃が産んだ男児のみというフランスにおけるサリカ法典に則った決まりはあったものの、公妾は王妃と違って出自が王族である必要はありませんでしたが(フランスに限らず当時のヨーロッパの王位継承者の妃には通常、外国の王女のみが選ばれました)、少なくとも貴族出身でなければなりませんでした。国王ルイ15世といえどこの掟を破るわけにはいかなかったのでどうしたかというと、この平民の人妻に爵位を与えたのです。こうして「ポンパドゥール侯爵夫人」が誕生しました(正確には彼女の夫が侯爵になったわけではなく彼女個人に「女侯爵」の称号が授けられました)。何の功績もない一般女性に爵位を与えるなど前代未聞の話で、このころから最愛王と呼ばれたルイ15世の人気は下降していきます。今も昔も君主にとって最重要項目のひとつである「国民感情」を無視してでも王は、貴族女性特有の冷ややかさではなく、ポンパドゥール侯爵夫人が持つ飾り気のなさや温もりに溢れた「優しさ」に夢中になったのでしょう。侯爵夫人は最後まで王の寵愛を独占し、まだ美しい盛りの42歳で王に先立って他界しましたが、次に公妾の座に就いた女性も平民出だったことがすべてを物語ります。
ヴェルサイユ庭園にある最も有名な噴水のひとつ「ラトナの泉水」。その頂に立つ総重量1.5トンに及ぶ神話の女神ラトナ像が運ばれて展示されていることも本展の話題
LatonaFountain1701

Pompadour1701カルル・ヴァン・ロー作「美しい庭師に扮したポンパドゥール侯爵夫人の肖像」(1754〜55年作)

 ルイ15世が求めた優しさは、ですが女性に対してだけではなく、彼の治世中のフランスの文化芸術にも顕著に反映されました。バロックに代わって、ちょうどルイ15世の即位と同じ時期に生まれたロココ様式は、ポンパドゥール侯爵夫人が公式寵姫としてヴェルサイユ宮殿に君臨した約20年の間に全盛期を迎え、フランスからヨーロッパ各国へと広まりました。バロックが持つ重厚さに、ロココの軽やかさが加味されたのです。

 絵画ではポンパドゥール侯爵夫人の絶大な庇護を受けたブーシェを筆頭に、ヴァトー、フラゴナール、ラ・トゥール、ナティエ、ドルーエらが活躍し、音楽ではラモーやクープランが、磁器ではこちらも侯爵夫人が庇護したセーヴル焼がフランスのロココ文化を代表する存在として今に名を残します。1725年にイタリアのヴィヴァルディが作曲した協奏曲「四季」の「春」は、フランスで生まれたわけではありませんがルイ15世がこよなく愛したという点で特筆に値します。誰もが知っている「春」は、メロディも曲としての構成も軽やかで、まさに春風のような優しさに満ちており、ロココの雰囲気満点の音楽だといえるでしょう。

 建築ではどうだったか? ヴェルサイユ宮殿自体はルイ14世の時代に完成していたし、巨大な建物すべてをロココ調に改築するのは莫大な金がかかります。だからというわけではないでしょうが、ルイ15世は建築家ガブリエルに命じてヴェルサイユ庭園の一角に離宮プティ・トリアノンを建てさせます。コの字型の正殿から徒歩でも行ける敷地内に離宮を建てる王の感覚は我々一般庶民にとっての「離れ」のようなものでしょうか、プティ(小)とあるように、先代ルイ14世が同じくヴェルサイユ庭園に建てさせた別の離宮グラン(大)・トリアノンと比べると非常に小ぢんまりとしており、ルイ15世にとっては宮廷生活の煩わしさから逃れ、寵姫と静かな時間を過ごすための格好の隠れ家となりました。プティ・トリアノン外観の建築様式はロココに代わって台頭してきた新古典主義ですが、内装はフランスにおけるロココ様式の最高傑作とも呼ばれる優雅さで、プティ・トリアノンにもルイ15世が求めてやまなかった「優しさ」の息吹を感じ取ることができるでしょう。

「ヴェルイサイユ展〜王宮の至宝〜」ブログ記事
その1:太陽王ルイ14世の時代
その2:最愛王ルイ15世の時代
その3:王妃マリー・アントワネットの時代
その4:ランバル公妃
その5:ポリニャック公爵夫人

Versailles: Treasures from the Palace – info

●会場:オーストラリア国立美術館(National Gallery of Australia, Parkes Place, Parkes)●期間:2017年4月17日まで絶賛開催中 ●開館時間(12月25日を除き休館日なし):10am-5pm ●料金:大人/入場券$27、プレミアム(土日のみ一般開館1時間前の9pmに入場可能)$56、入場券+カタログ$68、入場券+シャンパン$53、コンセッション/入場券$25、入場券+カタログ$66、入場券+シャンパン$51(※いずれもオーディオ・ガイドは追加$7) ☎ (02)6240-6411 nga.gov.au