白人社会とアボリジニ社会の“掟”(映画「デッド・ハート」)

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※2022年5月15日更新

デッドハート

Dead Heart

(オーストラリア1996年公開、日本未公開/102分/MA15+/ドラマ)

監督:ニック・パーソンズ
出演:ブライアン・ブラウン/アーニー・ディンゴ/アンジー・ミリケン/アーロン・ピーダセン/ジョン・ジャラット

(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)

 北部準州(ノーザン・テリトリー)砂漠地帯の小さな村を舞台に、そこに住むオーストラリアの先住民族アボリジニたちとアングロサクソン系オーストラリア人たちの姿を描いたオーストラリアのドラマ映画で、主人公である村の警官役に「F/X引き裂かれたトリック」(86)や「カクテル」(88)などでハリウッド進出も果たしている大御所オージー男優ブライアン・ブラウン(「パーム・ビーチ」「オーストラリア」「トゥー・ハンズ/銃弾のY字路」「英雄モラント/傷だらけの戦士」)。もともとは舞台劇として本作の2年前の94年にシドニーで初演された作品をブライアン・ブラウンが気に入り自身がプロデューサーとなって映画化に持ち込み、舞台版の脚本を手がけたニック・パーソンズが映画版の監督・脚本を務めた。撮影はごく一部がシドニーのスタジオだった以外はほぼ全編、物語の舞台と同じ北部準州アリス・スプリングス周辺の砂漠地帯に6週間のロケを組んで行われ、トロント国際映画祭でワールド・プレミアを飾り、同年度オーストラリア・アカデミー(AFI)賞(現AACTA賞)ではいずれも受賞は逸したが脚色、作曲、音響賞の3部門にノミネイトされた。もともとの舞台版の演出を務めたのは、どちらも別のオージー映画で実在のゲイ・カップルを描いたドラマ「ホールディング・ザ・マン—君を胸に抱いて—」(16)やヒース・レジャーとアビー・コーニッシュ演じるカップルの刹那的恋愛ドラマ「キャンディ」(06)の監督ニール・アームフィールドで、アームフィールドが映画版も監督していたらまた異なった雰囲気の作品に仕上がっていただろう。

村の警官レイ役のブライアン・ブラウン
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 ブライアン・ブラウンは辺鄙な田舎の警官レイ役をコテコテのオージー・イングリッシュで体現するが、さすがはハリウッドにも進出しているだけあって、オージー・イングリッシュに馴染みがない海外の観客にも聞き取りやすいようセリフをしゃべっている。ブラウン以外では、1993年から2009年まで16年続いたオーストラリアの人気旅行番組「ザ・グレイト・アウトドアーズ」のプレゼンターとして名を馳せたアボリジニ男優で「クロコダイル・ダンディー2」(88)にも出演したアーニー・ディンゴが準主役の村の牧師デイヴィッド役で出演しているほか、世界的に最も有名なアボリジニ男優と言っても過言ではないデイヴィッド・ガルピリル(「オーストラリア」「クロコダイル・ダンディー」「少年と海」)も登場。もう一人、こちらもアボリジニ青年トニー役でアーロン・ピーダセン(「イースト・ウエスト101 ①」)が出演しており、ピーダセンはハンサムなアボリジニ俳優としてオージー女性たちの間で人気を博した。

村の学校教師の妻ケイト(アンジー・ミリケン)はアボリジニの青年トニー(アーロン・ピーダセン)と不倫しており…
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 レイを含み村に住む数少ないアングロサクソン系オージーというキャラクターには、夫と子供がいながらアボリジニ青年トニーと浮気しているケイト役でアンジー・ミリケン(「ペイパーバック・ヒーロー」)、ケイトの夫で村の小学校の教師レズ役にルイス・フィッツ・ジェラルド(「クライ・イン・ザ・ダーク」)、村の女性医師サラー役にアン・テニー(「ザ・キャッスル」「ブライズ・オブ・クライスト」)、サラーの夫チャーリー役にジョン・ジャラット(「オーストラリア」)が起用された。ハリウッドでも成功を収めた男優、この場合ブライアン・ブラウンを除き、一般的なオージー男優たちはことルックスに関していうと残念ながら年齢とともにどうも“普通のおじさん化”してしまう傾向が強く、本作以前にも「英雄モラント傷だらけの戦士」(80)でともに裁かれるオージー兵士という役柄でブラウンと共演したこともあるフィッツ・ジェラルド、「ピクニックatハンギングロック」(75)でイギリス人青年に仕える使用人アルバート役が同映画ファンの記憶に残るジャラットの二人はそれら映画に出演した若かりしころはハンサムだったものだが…。また、オークス巡査部長役でニュー・ジーランド出身の性格俳優マーシャル・ネイピア(「ベイブ」)も出演。

以下2枚はどちらもブライアン・ブラウン(左)とアーニー・ディンゴ
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 砂漠、アボリジニに白人警官…とくると、色気もへったくれもないむさ苦しいだけの映画のように聞こえるが、全編を通してそうだというわけではない。少々の残酷描写もあるが、風景描写は特筆に値するほど素晴らしい。また、アボリジニたちの隠れた聖地でのトニーとケイトの二人によるエロティック描写も非常に美しいカメラワークでとらえられている(神聖な場所で男女がそんなふとどきなことをしたという事実が映画の中で後々大問題となるのだが…)。

ブライアン・ブラウン(左)とアーロン・ピーダセン
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 ストーリーの主軸は砂漠にある町とも呼べないような小さな村の警官(ブライアン・ブラウン)が村の秩序を守るために踏襲するオーストラリアの法律、つまり“白人社会の掟”と、それが通用しない“アボリジニ社会の掟”の違いからくる両者の対立を描いたもの。1996年公開の映画ということはかれこれ30年近く前だが、「え、20世紀ももうじき終わろうという90年代にもなってこんなことが起こっていたの?」と驚く日本人が大半のはず。さらに驚くべきことに、それらは当時だけでなく今でも起こっている(または起こり得る)らしい。“アボリジニ社会の掟”はそれほど、私たち現代日本人にはもちろん一般的なオージーたちにとっても理解できない野蛮なものであったりする。だが本作は“理解するための映画”ではない。我々のそれとは異なる“アボリジニ社会の掟”を現存する事実として受け止めること、“その事実を理解する映画”なのだ。

村の医師役のアン・テニー
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 ちなみに本作の衣装部門に携わり全編のロケにも参加したのはジャパラリアのグルメ・コラム「オージー・レシピ」でお馴染みのネヴィちゃんことネヴィル・カー(「ハーモニー」「パルス」「ハウス・オブ・ボンド」「ドリッピング・イン・チョコレート」「ワイルド・ボーイズ」「イースト・ウエスト101  」「バッド・コップ、バッド・コップ」)で、「とにかく暑くて暑くて死にそうだった(笑)」と前置きして本作の撮影当時のことを次のように語ってくれた。

「監督のニックも主演のブライアン・ブラウンもものすごくいい人でとても楽しい現場だったよ。ブライアンはみんなに対してフレンドリーなだけでなくプロに徹した俳優で、セリフはもちろん完璧に事前の準備をして毎日の撮影に望んでたのが深く印象に残ってる。6週間のロケ中はキャストもスタッフもアリス・スプリングスの街の中にホテルを取っていたから毎日、砂漠まで100キロの撮影現場を往復してたんだ。現場での食事担当のケイタリング・スタッフたちが、レタスなどの新鮮な生野菜が値段も高いし暑さですぐダメになっちゃうって困ってたことをよく覚えてる」

 ネヴィちゃんの最後の言葉を補足すると、オーストラリアの映画やドラマの撮影現場ではスタジオ、ロケにかかわらず早朝から夕方までの撮影の場合エキストラを含む全員分の朝食、ランチ、時に夕方の軽食、撮影が夜の場合は同じく夕食が用意される(食事の時間以外もコーヒーや紅茶、ビスケットなどはいつでも誰でも飲食できるコーナーがある)。朝食はシリアルやヨーグルト、フルーツなどだけでなく卵料理やソーセージ、ベイコンなどの温かいメニュー、ランチは何種類もの料理が並ぶビュッフェ式で毎食キッチン設備搭載のケイタリング・トラックで専用シェフたちが調理したものが出される。オーストラリアの映画・TV界は労働基準法がしっかりしているため日本のように早朝から深夜まで延々と撮影が続くことは決してなく、夜の撮影の場合の集合時間は必ず午後。

Story

 オーストラリア北部準州(ノーザン・テリトリー)にある架空の村ワラ・ワラ。村の警官レイ(ブライアン・ブラウン)に拘留されていた若いアボリジニの男が自殺することから、静かな村に騒ぎが起こる。一方、村の小学校の教師の妻ケイト(アンジー・ミリケン)は、夫と2人の子を持つ身でありながら、アボリジニの青年トニー(アーロン・ピーダセン)と密かに関係を持っていた。趣味のスケッチを兼ねて、ある日ケイトがトニーに案内されて行ったのは、アボリジニたちの聖地だった。ケイトがそこで描いた風景のスケッチがたまたまアボリジニの長の目に触れ…。

「デッド・ハート」予告編

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