クエンティン・タランティーノ絶賛! 豪華キャストで送るオージー犯罪一家の物語(映画「アニマル・キングダム」)

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※2023年6月3日更新

アニマル・キングダム

Animal Kingdom

(オーストラリア2010年、日本2012年公開/113分/M15+/犯罪ドラマ)

監督:デイヴィッド・ミショッド
出演:ジェイムズ・フレッシュヴィル/ジャッキー・ウィーヴァー/ベン・メンデルソーン/ジョエル・エジャトン/ガイ・ピアース

(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)

 1988年にメルボルンで警官2人が射殺されるという実際に起こった事件を基に、同事件に携わった実在の犯罪一家を、人名や若干の設定を変えて映画化したオーストラリアの犯罪ドラマ。監督・脚本は、本作が出世作となり本作の翌年公開の「メタルヘッド(Hesher)」(11)の脚本を手がけハリウッドに進出し、カンヌ映画祭公式参加の「奪還者(The Rover)」(14)や「ウォー・マシーン:戦争は話術だ!」(17)など話題作を監督するようになったデイヴィッド・ミショッドで、全編メルボルンで撮影が行われた。

 出演者陣がこれまた豪華。主人公のJことジョシュア役に500人の中からオーディションで選ばれた撮影当時18歳の新人ジェイムズ・フレッシュヴィル(「美しい絵の崩壊」)は、本作の公開時点では無名だったがこちらも本作を機にハリウッドへも進出、まだ彼自身の演技が本作以上の評価を得る作品には恵まれていないが、これからが期待される若手俳優だ。

主人公J役でAFI賞主演男優賞候補となったジェイムズ・フレッシュヴィルとJのガールフレンド、ニッキー役で同助演女優賞にノミネイトされたローラ・ウィールライト
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 Jの祖母で犯罪一家コディ家の女主スマーフことジャニーンに、若かりしころ不朽の名作オージー映画「ピクニックatハンギングロック」(75)で女学院の住み込みメイド役を演じたことが世界中の映画ファンの記憶に残るヴェテラン・オージー女優ジャッキー・ウィーヴァー(「ペンギンが教えてくれたこと」「ハーモニー <1996年版>」)が扮し、本作によって還暦過ぎて自身初の米アカデミー助演女優賞候補となり海外でもその演技力を高く評価され、こちらもハリウッドへ進出。ハリウッド・デビューという点でこそ遅咲きだが、本国オーストラリアでは71年の本格的な劇場映画デビュー作「ストーク」で早々にオーストラリア映画協会(AFI)賞(現オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞)主演女優賞を受賞した大御所演技派女優だ。

左からコディ家の長男ポープ(ベン・メンデルソーン)、母スマーフ(ジャッキー・ウィーヴァー)、三男ダレン(ルーク・フォード)
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 スマーフの息子でそれぞれJの叔父に当たる3兄弟を演じた男優の中でも日本人にお馴染みなのは長男ポープことアンドリュー役のベン・メンデルソーン(「美しい絵の崩壊」「オーストラリア」「シークレット・メンズ・ビジネス」「ハーモニー <1996年版>」「泉のセイレーン」)で、メンデルソーンは本作の一番最初に名前がクレジットされるトップ・ビリングを飾る。一方、コディ家と家族同然の関係の犯罪仲間バズ役にジョエル・エジャトン(「華麗なるギャツビー」「ケリー・ザ・ギャング」「シークレット・メンズ・ビジネス」)、また、コディ家の悪事の尻尾をつかもうとする刑事巡査部長ネイサン・レッキー役にガイ・ピアース(「ホールディング・ザ・マン—君を胸に抱いて—」「月に願いを」「プリシラ」)といういずれも本作公開時点で既にハリウッドでもスターダムを築いていた豪華オージー男優陣が顔をそろえた(ちなみにジョエル・エジャトンの名字は日本では“エドガートン”と記載されるが“エジャトン”が正解)。コディ家の次男クレイグ役のサリヴァン・ステイプルトンも本作を機にハリウッドに進出、「300〈スリーハンドレッド〉〜帝国の進撃〜(300: Rise of an Empire)」(14)では主演を務めた。ほか、コディ家の顧問“悪徳”弁護士役でダン・ワイリー(「バッドコップバッドコップ」「ハーモニー <1996年版>」「ミュリエルの結婚ハーケンクロイツ/ネオナチの刻印)も登場。そして出番は少ないながらバズの妻キャサリン役にミラ・フォークス(「ザ・プリンシパル」「ワイルド・ボーイズ」)が扮している。

コディ家の長男ポープ(本作でAFI賞主演男優賞受賞のベン・メンデルソーン)は、甥Jのガールフレンド、ニッキー(ローラ・ウィールライト)にただならぬ関心を寄せ…
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コディ一家と家族同然のような関係の犯罪者仲間バズ役でAFI賞助演男優賞受賞のジョエル・エジャトン
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コディ家の悪事の尻尾をつかもうとする刑事巡査部長ネイサン・レッキー役でAFI賞助演男優賞候補のガイ・ピアース
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 米オスカーではジャッキー・ウィーヴァーの助演女優賞のみのノミネイションだったが同年度オーストラリア映画協会(AFI)賞(現オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞)では同賞史上最高の、長編作品が対象となる18部門すべてにノミネイトされ、主演男優賞にはメンデルソーンとフレッシュヴィルが、助演男優賞に至ってはエジャトンとピアース、そしてコディ家の次男クレイグ役のサリヴァン・ステイプルトンの3人もが同時候補となり、作品、監督、脚本、主演男優(メンデルソーン)、主演女優(ウィーヴァー)、助演男優(エジャトン)、編集、音楽賞など主要賞を総ナメに近い形で受賞した。助演女優賞にはJのガールフレンド、ニッキーことニコール役のローラ・ウィールライトもノミネイトされていたから、つまり本作出演の実に7人もの俳優が演技賞候補となったわけで、脚本や演出自体の良さもさることながら、俳優たちの演技力も本作を成功へと導いた重要な要素だったといえるだろう。海外でもワールド・シネマ部門グラン・プリを受賞した米サンダンス映画祭を筆頭に各国の映画祭に出品され、クエンティン・タランティーノ監督が2010年に公開された映画の中で本作を第3位に選ぶなど、500万ドルの製作費に対して全世界での興収は720万ドル(うち500万ドルは本国オーストラリア)というのは世界規模で考えると決して大ヒット作の部類には入らないにもかかわらず、それだけ国内外で絶賛された強烈なインパクトを持つ話題のオーストラリア映画だ。

いつもクスリでハイなコディ家の次男クレイグ役でAFI賞助演男優賞候補となった、よく見ると正統派のハンサム男優サリヴァン・ステイプルトン
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 どの俳優陣の演技も文句なしだが、物語の主軸となるのは当然、本作の語り手でもある17歳の主人公Jで、撮影当時まだハイ・スクールの生徒だったフレッシュヴィルが新人ながら圧倒的な存在感を示す。母親を亡くして母方の祖母スマーフの家に身を寄せるJは、そこで初めて祖母と叔父たちが麻薬密売や強盗などで生計を立てている犯罪一家であることを知り、だが、そんな事実に愕然とすることもなく、半ば無表情に彼らの姿を観察している。素顔のフレッシュヴィルは十分ハンサムの部類に入るが、本作では終始ヌボーッとしたモサい若者という印象を観る者に与えることに成功している。なんといっても映画の冒頭、母親がヘロインの過剰摂取で意識不明となり救急隊員がJが母と暮らす家に駆けつけ、母を救おうと努力してくれているまさにその瞬間、母親のことを心配するどころかTVのクイズ番組を夢中になって観ているほど。母がヘロインの常習者で過去にも救急隊員の世話になったことがありそんな状況には慣れっこだったとしても、Jが基本的に周囲に対して無関心であることを物語っている。

 映画はJと彼を取り巻くコディ家の面々、特にJの3人の叔父たちとその犯罪仲間バズといった男性キャラクターたちの描写が前半では目立つが、中盤からクライマックスにかけて徐々に存在感を増すのがウィーヴァー演じるスマーフである。スマーフは一見すると息子たち思いの愛情溢れる母親、そして何年も会っていなかった孫Jのことも無条件で引き取り世話する孫思いの優しいおばあちゃん、見た目もオーストラリアのどの街にもいそうな中流家庭の中年女性で、映画の中ではスマーフ自身は実際の犯罪には手を染めていないのだが、あくまでもコディ家の女家長で、犯罪一家を取り仕切る怖い女であることをじわじわと感じさせるキャラクターへと肉付けされていく過程が見事。また、そんな役柄を演じるに当たってウィーヴァーは、いわゆる日本の「極妻」シリーズの女優たちのようなドスの利いた声を使ったりすることなく最後までごく普通の表情と話し方だが、それが逆に怖い。ネタバレになるので詳しくは書けないが、優しそうな顔をして、やることはまさに極妻並みなのだ。

AFI賞主演女優賞受賞のジャッキー・ウィーヴァー演じるスマーフが映画の中盤以降、主人公Jと並び本作の重要な見どころに
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 タイトルを日本語に訳すとそのまま“野獣の王国”という意味で、オープニング・タイトルに、壁に掛けられた野生のライオンの家族を描いたエッチング画が出てくるのも非常に効果的。その絵はそのままコディ一家を象徴しており、映画の中で長男ポープと次男クレイグがソファで幼い兄弟のようにじゃれ合うシーンがスロウ・モーションで出てくるが、無邪気に戯れる大人の兄弟というより、それはまるでライオンの兄弟がじゃれ合っているようにしか見えないし、スロウ・モーションとそこで使用される不吉な何かを予感させる音楽の効果も手伝い、見ていて少しも微笑ましくなどなく単に怖い。短いシーンながら、人間を擬人化したライオンの兄弟のように見せたミショッド監督の演出力に脱帽。

 殺しのシーンは何度か出てくるが、決して目を覆いたくなるような残酷な描写ではない。また、コディ家はオーストラリアのどのサバーブにもいそうなごく普通の中流家族だ。従って、本作の見どころは彼らが犯す犯罪そのものではなく、そこに展開する純然たる家族のドラマである。それは世間一般の家族と比べるとかなり異質なものかもしれないが、犯罪一家でも家族は家族なのだ。普段こういった犯罪ドラマを観ない人にも、繰り返し観れば観るほど作品の持つ深みが分かる、非常に優れたドラマ映画としてぜひおすすめ。

STORY
 17歳のJことジョシュア(ジェイムズ・フレッシュヴィル)は母親と二人暮しだったが、母がヘロインの過剰摂取で亡くなったことを機に母方の祖母スマーフことジャニーン(ジャッキー・ウィーヴァー)を頼り、祖母が3人の息子たちと住むコディ家に引き取られる。スマーフ親子はいずれもメルボルンで麻薬取引や強盗などを行う犯罪一家だった。ある日、コディ家と家族同然の仲の犯罪仲間バズ(ジョエル・エジャトン)が警察に射殺される。その現場を目撃していたコディ家の長男ポープことアンドリュー(ベン・メンデルソーン)は、バズが単にスーパーマーケットの駐車場に停めた車に乗り込んだだけで何も悪いことをしていない状況の下で突然射殺されたことに憤り、弟2人と復讐を誓い…。

「アニマル・キングダム」日本予告編

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