※2023年5月12日更新
「ジャパニーズ・ストーリー」
Japanese Story
(オーストラリア2003年公開、日本2004年アジアフォーカス・福岡映画祭や2006年日豪交流年2006 オーストラリア映画祭などで上映/106分/M15+/恋愛ドラマ)
監督:スー・ブルックス
出演:トニ・コレット/綱島郷太郎/田中由美子
(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)
オスカー候補歴を持つオージー・ハリウッド女優トニ・コレット(「ハーモニー<1996年版>」「ミュリエルの結婚」)主演、その相手役に劇団青年座所属の綱島郷太郎を日本から招き、全編西オーストラリア州で撮影された一風変わった恋愛映画。同年度オーストラリア映画協会(AFI)賞(現オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞)で10部門にノミネイトされ、作品、監督、主演女優(コレット)、撮影、脚本、作曲、編集、音響賞の主要8部門を受賞、主演男優賞候補だった綱島郷太郎は残念ながら受賞を逸したが、外国人俳優である彼がオーストラリア映画人のための賞にノミネイトされただけでも名誉なことだといえるだろう(主演男優賞のほか受賞を逃したのは美術賞)。カンヌ映画祭を筆頭に世界23都市の名だたる映画祭にも出品された。
本作でAFI賞主演女優賞受賞のトニ・コレットと、受賞は逸したが主演男優賞にノミネイトされた綱島郷太郎
…がこの作品、オーストラリア国内はもとより世界中で高い評価を得ながらも、オーストラリア在住の日本人の間ではさっぱりどころか本作を観た日本人はほぼ全員、観終わった後に頭の中が「???」状態だったというのが共通している点ではないだろうか。タイトルに「ジャパニーズ」とまで銘打った映画、それも主演が「ミュリエルの結婚」(94)の海外でのヒットにより米ゴールデン・グローブ賞ミュージカル/コメディ部門の主演女優賞を受賞しハリウッドへ進出した後、ブルース・ウィリス主演の「シックス・センス(The Sixth Sense)」(99)でオスカー助演女優賞候補となったトニ・コレット、さらに相手役が本国日本でも超が付くほどメジャーではないとはいえ日本人俳優の綱島郷太郎であれば、せめて日本でも単館系程度では上映されていてもおかしくない作品のはずである。なのに日本ではいくつかのマイナーな映画祭に出品されただけで現在に至るまでDVD化もされずじまい。
日本人が本作に共感できないのは綱島郷太郎のキャスティングに非常に大きな要因がある。といっても彼が悪いわけではない。トニ・コレットが悪い。というか彼女が撒いた種なのだ。本作公開の2003年、メルボルン国際映画祭でも上映されるに当たって綱島郷太郎が来豪参加し、ジャパラリア独占インタヴューに応じてくれた際、本人の口から真実を聞き出すことができた。彼いわく、もともと彼が演じた日本人ビジネスマン、ヒロミツ役はもう少し設定年齢を上にしてあったのだが、オーディション映像を見たコレットが綱島郷太郎を強力に推したために彼に決まったのだという。撮影当時29歳という綱島郷太郎の実年齢に合わせて脚本にも手が加えられたが、もっと上の世代の日本人男性にはこういうキャラの人がいたとしても(分かりやすい例だとムスッとした表情かつ直立不動でスナップ写真に収まるなど)、既に21世紀に入った時代にこんな20代の日本人男性はいない。世界中の名だたる映画祭で高評価を得た事実は、海外でいかに日本人ビジネスマンが依然としてステレオタイプ的に受け取られていたかが証明されたということでもあり、日本人としては少々ガッカリである。俳優としての綱島郷太郎に才能がないわけでは決してなく、AFI主演男優賞にノミネイトされたことも納得の存在感のある演技を見せている。なのでどうしてもこのキャラクター設定で通したかったのであれば、例えば2003年当時の渡辺謙や役所広司、真田広之など彼よりもう少し年齢が上の俳優が演じていれば、日本人観客にももっと受け入れられやすかっただろう。また、映画の前半ではヒロミツは英語が一切話せないのかと思いきや、実はちゃんとしゃべれるというのも辻褄が合わないキャラクター設定である。ただ、ヒロミツが何かにつけて日本語で「はい」と言うことについてサンディが「『はい』ってどういう意味なの?」と尋ねた際、「はい」には英語の“Yes”だけではなく状況に応じてさまざまな意味があることを説明するくだりなどは日本人にもうなずけるものがあり、その点に関しては合格。
トニ・コレットと綱島郷太郎が演じたサンディとヒロミツ以外のキャラクターでは、サンディの母親役でリネット・カラン(「マイ・マザー・フランク」「恋に走って」)、鉱山を訪れたサンディとヒロミツを出迎える職員役でジョン・ハワード(「月に願いを」「クライ・イン・ザ・ダーク」「ブッシュ・クリスマス」)が顔を出しているほか、日本からもう一人、ヒロミツの妻役で文学座所属の田中由美子が来豪参加。田中由美子は出番も少なくほとんどセリフのない役柄にもかかわらず、顔の表情からその心情が手に取るように分かる演技を見せ、こちらもとても印象的。
砂漠地帯のど真ん中で車が動かなくなり野宿することになった二人
綱島郷太郎のキャラクター設定のほか、もう一点、残念なのは、本作公開時に配給会社が「決して観ていない人にクライマックスで起こる出来事を話さないでください」とまで特記していた、その“ある出来事”。ネタバレを避けるためここでは触れないが、なぜこんな展開が必要だったのか、本作でAFI脚本賞まで受賞したアリソン・テイルに聞いてみたいほど。その後の話の流れから必要な出来事ではあったのだろうがあまりに唐突すぎて、ここにも違和感を感じざるを得ない。
映画自体は退屈なわけではない。トニ・コレット演じるサンディは初め日本についての知識がゼロに等しく、綱島郷太郎演じたタチバナ・ヒロミツという名前のどっちが名字かさえも分からない。サンディのことをドライヴァー・ガイドとして横柄に扱うヒロミツの態度についても、オーストラリアではほとんどの人が相手の性別や年齢、職種にかかわらず分け隔てなくフレンドリーに接するお国柄であることから受け入れがたい。対するヒロミツもサンディのことなど眼中にないといったところだが、砂漠地帯のど真ん中で車がストップし、二人だけでその場で一晩、野宿したことをきっかけに“連帯感”のようなものが芽生え、その後、徐々にお互いのことが気になる存在になっていくという展開も自然だ。特筆事項はベッドで上半身裸で眠っているヒロミツの身体をサンディが優しく触れるシーン。大部分の日本人男性特有の、特に上半身は体毛のないスベスベしたヒロミツの身体を、まるで壊れ物に触るかのようにそっと触れるサンディの図、というのは、ショート・ヘアかつ服装もごくカジュアルなパンツ姿で色気のないサンディのキャラクター設定を踏まえると、通常の映画だと男性キャラが女性キャラをそんなふうに触るシーンを連想させる。映画の中で描かれるような、人間味のかけらもない退屈な日本人ビジネスマンだと思っていたヒロミツが、本当はとても繊細な生き物だということをサンディの目を通して観る者にも気づかせてくれる素敵なシーンでもある。
エリザベス・ドレイクが手がけAFI賞作曲賞を受賞したサウンドトラックも素晴らしく(ちなみにヒロミツが一人で車を運転しているシーンで彼が聴いているのは日本でもワールド・ミュージックがもてはやされた1990年代前半に話題を集めたことがあるアボリジナル・バンド、ヨス・インディの大ヒット曲「トリーティ」)、効果的に挿入される有名な沖縄民謡の「ちんさぐの花」も、沖縄出身者以外の日本人としてはこれが「ジャパニーズ・ストーリー」というタイトルの映画に使われたことを最初は意外に感じるかもしれないが、全編を通して観るとジーンと胸を打つ最高の選曲だったと思えるだろう。
西オーストラリア州の砂漠地帯でのロケにより見事な大自然も堪能させてくれるし、トニ・コレットも胸をあらわにしての大熱演で、だがもともと天才肌の女優なので、やりすぎの演技では決してない。終盤近くでトニ・コレットが日本語のセリフを話すシーンもあり、“拙いながらも一生懸命練習しました”という設定そのままに、そちらも感動させてくれる(一方で前述のジョン・ハワードは日本語が話せるという設定のキャラを演じるが、その日本語は明らかに映画のためだけに台本に書かれたセリフを練習して本来は日本語を話せない人であることが分かる)。話のタネという意味でも日本人として一度は観ておいてソンはないだろう。
【シーンに見るオージー・ライフスタイル】ヒロミツに会う以前の普段のサンディの家での暮らしぶりが描かれるシーンでサンディが鍋で温めてトーストと食べる缶詰の食べ物は、日本ではあまり一般的ではないがイギリスを代表する、そしてオージーたちの間でもごく一般的なベイクド・ビーンズである。感覚としては日本の納豆ご飯に限りなく近く、通常は朝食として食べられるが(ホテルの朝食ビュッフェなどでもメニューにあることがほとんど)、特に若い独身者の場合はサンディのようにこれを夕飯代わりにして簡単に食事を済ませるオージーたちもいる。
STORY
西オーストラリア州パースで共同パートナーと地質学系ソフトウェア・デザインの会社を経営するサンディ(トニ・コレット)は、自社開発のソフトを売りつけるという使命を帯びて、日本から鉱山の視察に来るという日本人ビジネスマン、タチバナ・ヒロミツ(綱島郷太郎)を歓待する目的で同州ピルバラ地区へと飛ぶ。空港にカジュアルな服装で迎えに来たサンディをヒロミツはドライヴァー・ガイドと勘違いし、横柄に振る舞う。サンディの運転であちこち見て回るヒロミツは、「ここから先、立入禁止」の表札があるエリアであえてサンディにもっと奥まで行くようにと命令口調で要求、サンディは渋々車を走らせるが途中で砂に車輪を取られてしまい砂漠地帯のど真ん中で車は完全にストップし…。
「ジャパニーズ・ストーリー」予告編