※2023年4月16日更新
「エルヴィス」
Elvis
(オーストラリア、日本ともに2022年公開/159分/M/伝記ドラマ)
監督:バズ・ラーマン
出演:オースティン・バトラー/トム・ハンクス/オリヴィア・デヨング/デイヴィッド・ウェナム/リチャード・ロクスバラ
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20世紀後半の伝説のアメリカ人ロックン・ローラー、エルヴィス・プレスリー(1935〜1977)の生涯を描いた豪米合作伝記映画で、ハリウッド進出後は本作も含め手がける映画が一本残らずことごとく興収1億ドル突破の大ヒットを記録するという、オーストラリアが世界に誇るバズ・ラーマン監督(「華麗なるギャツビー」「オーストラリア」「ムーラン・ルージュ」「ダンシング・ヒーロー」)の下、舞台は全編アメリカだが実際の撮影はアメリカではなくこちらも全編オーストラリア・クイーンズランド州で行われた。ラーマン監督夫人で夫が監督したすべての映画の美術監督を務めているキャサリン・マーティンが本作でも美術監督と衣装デザインを担当、同年度オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー(AACTAの頭文字から“アークタ”と呼ばれる)賞では実に15部門もにノミネイトされ見事、作品、監督、主演男優(オースティン・バトラー)、助演女優(オリヴィア・デヨング)、撮影、美術、衣装デザイン、編集、音響、ヘア&メイクアップ、視覚効果賞の主要11部門を受賞(受賞を逸したのはトム・ハンクスの助演男優、脚本、作曲、キャスティング賞の4部門)、米ゴールデン・グローブ賞ではドラマ部門の作品、監督、主演男優賞の3部門にノミネイトされバトラーが主演男優賞を受賞、そしてこちらはいずれも受賞を逸したとはいえ米オスカーでも作品、主演男優、美術、衣装デザイン賞など8部門で候補となった。ちなみにキャサリン・マーティンは「ムーラン・ルージュ」と「華麗なるギャツビー」で2度オスカー受賞(両作品とも美術賞と衣装デザイン賞の2部門を制覇)、本作と「ロミオ+ジュリエット」「オーストラリア」を含めるとこれまでに合計5作品(つまりハリウッド進出後のすべてのラーマン監督作品)でオスカーにノミネイトされている。
若いころのエルヴィスが歌うシーンはクチパクではなくエルヴィス役のオースティン・バトラー本人が歌っている
バズ・ラーマン監督はハリウッドで大成を収めて以降も自分を育ててくれたオーストラリア映画界に義理堅い映画人として知られ、ハリウッド進出作となったレオナルド・ディカプリオ主演版「ロミオ+ジュリエット」(96)が大当たりした後は自身のハリウッド映画界での影響力と映画製作に当たっての発言力を“いい意味で”最大限に行使するようになったと思われ、「ロミオ〜」以外はすべての監督作品で多数のオージー俳優を起用している。本作も例外ではなく、主要登場人物のほとんどが実在のアメリカ人であるにもかかわらず、エルヴィスの両親役にはリチャード・ロクスバラ(「ブレス あの波の向こうへ」「ムーラン・ルージュ」「サンク・ゴッド・ヒー・メット・リズィー」)とヘレン・トムソン(「パルス」「バッド・コップ、バッド・コップ」「サンク・ゴッド・ヒー・メット・リズィー」)、妻プリシラ役にオリヴィア・デヨング、アメリカで活躍したカナダ出身の大御所カントリー・ミュージシャン、ハンク・スノウ役はデイヴィッド・ウェナム(「LION/ライオン 〜25年目のただいま〜」「ドリッピング・イン・チョコレート」「オーストラリア」「ムーラン・ルージュ」「ハーモニー(1996年版)」)、その息子でこちらも歌手のジミー・ロジャーズ・スノウ役にコディ・スミット・マクフィー(「パワー・オブ・ザ・ドッグ」「デッド・ユーロップ」)、名ギタリスト、スコティ・ムーア役にゼイヴィア・サミュエル(「美しい絵の崩壊」「ア・フュー・ベスト・メン」)、エルヴィス出演のTV番組プロデューサー兼ディレクター、スティーヴ・ビンダー役に「パワーレンジャー(Power Rangers)」(17)のレッドレンジャー役で世の注目を集めたデイカー・モンゴメリーといった具合に何人ものオージー俳優が起用された(※日本ではリチャード・ロクスバラの名字を“Roxburgh”という綴りからか“ロクスバーグ”と書かれるが、エディンバラ<Edinburgh>と同じ発音でロクスバラが正解)。
同様の観点から、ラーマン監督は俳優やスタッフなどの“人材面”だけでなく、こちらも「ロミオ〜」以外はすべてオーストラリアで撮影している事実も注目に値する。特に本作と「華麗なるギャツビー」は全編の舞台がアメリカ、「ムーラン・ルージュ」もパリが舞台であるにもかかわらずである。大勢の俳優やスタッフが現地で滞在するホテルの宿泊費が最も分かりやすい例えだが、撮影現場で毎日用意される全員分の食事の食材費なども含め実際にラーマン作品に携わった関係者だけでなく、撮影期間中に現地にもたらされる経済効果という点でもラーマン監督のオーストラリアへの貢献度は計り知れないほど大きいと言っても過言ではない(※「タイタニック」のジェイムズ・キャメロン監督は、冗談半分とはいえ大勢のエキストラを動員した「タイタニック」の撮影中にかかった食費だけで別の映画が1本作れただろうと語ったことがある)。
左からエルヴィス、母グラディス(ヘレン・トムソン)、マネジャーのトム・パーカー大佐(トム・ハンクス)、父ヴァーノン(リチャード・ロクスバラ)
エルヴィスと妻プリシラ・プレスリー(オリヴィア・デヨング)
アメリカで活躍したカナダ出身の大御所カントリー・ミュージシャン、ハンク・スノウ(デイヴィッド・ウェナム:左)とその実子でこちらも歌手のジミー・ロジャーズ・スノウ(コディ・スミット・マクフィー)
本作の4年前の2018年には、こちらも伝説のUKロック・バンド、クイーンのリード・ヴォーカリスト、フレディ・マーキュリーの生涯を映画化した「ボヘミアン・ラプソディ」が公開され世界中で爆発的な大ヒットを記録しており、プレスリーが42歳、マーキュリーも45歳という若さで早世したという共通点もあることから両者の比較は避けられないだろう。両作品を観た記者のあくまでも個人的な意見としては、「ボヘミアン〜」は非常に高く評価され作品自体は脚本も素晴らしかったが、出っ歯だった実際のマーキュリーのルックスに似せようとマーキュリー役のラミ・マレックが挑んだ異様に不自然で滑稽な出っ歯にばかり目が釘付けとなり全く感情移入できなかった。また、フレディ・マーキュリーが全身から放っていた神々しいまでのスターのオーラはマレックからは一切感じられなかった。
一方の「エルヴィス」は、髪型とファッション以外、エルヴィスを演じたオースティン・バトラーも、そしてラーマン監督もあえて実際のエルヴィスに似せようとしなかったことが明らかで、そこがまず好感度が高い。実際のエルヴィスはスリムだった若いころも唇が厚かったせいかどこか“むっちり”したルックスという印象があったが、バトラーはシャープなルックスのまま、晩年も太ることなくスリムなままのエルヴィスで最後まで通す。なのにバトラーは全盛期のエルヴィスが世界中の若い女性たちを熱狂させたのと同じ、ある種のカリスマ性をちゃんと体現しており、顔を無理に似せなかった代わりに表情や仕草に至るまで時に瓜二つ状態のパフォーマンス・シーンは圧巻だし、中でも若いころのエルヴィスが歌うシーンではクチパクではなくバトラー本人が歌っていて、それも驚くほどエルヴィスの歌声と歌い方に近くすこぶる自然なのも特筆に値する。
エルヴィスといえばこのポーズが印象に残っている人も多いはずのシーン
いつもながらきらめきたる映像美のラーマン監督のセンスが全編に溢れ、ストーリーも、黒人が多く住む貧しい居住地区で育ったエルヴィスの少年時代から掘り下げて、彼の音楽のルーツがゴスペルなど黒人たちの音楽にあり、だからこそ彼が人種的偏見を持たないピュアな青年、そして才能あるミュージシャンへと成長していく姿が丁寧に描かれていく。デビュー後ほどなくして成功を手にしたエルヴィスのライヴで若い女性ファンが金切り声を上げて熱狂する様は決して映画における誇張ではなく、エルヴィスの人気がいかにすさまじかったかを今に伝えてくれる。
エルヴィスの才能を見出しスターへと押し上げるマネジャー、トム・パーカー大佐(トム・ハンクス)
エルヴィス役のオースティン・バトラー、エルヴィスの悪名高いマネジャー、トム・パーカー大佐役のトム・ハンクスの名演は言うまでもないが、その他の出演者で非常に印象的なのが、エルヴィスの最愛の母グラディス役のヘレン・トムソンだ。トムソンは生年月日を公にしていないが本作公開時にはまだせいぜい40代半ばと推察され、本作以前に演じてきた役柄からは“ブロンド美人女優”というイメージが強かったにもかかわらず、そんなトムソンがかなり老け込んだ地味なメイクで当時のアメリカ労働者階級のどこにでもいそうなごく普通の専業主婦だったグラディスになりきっているのはあっぱれ。
エルヴィスと最愛の母グラディス(ヘレン・トムソン)
映画はエルヴィスの死から20年後、パーカー大佐が心臓発作で倒れ、死にゆくパーカー大佐が過去の栄光を振り返る形のオープニングで幕を開けるが、前述の通り映画はエルヴィスがパーカー大佐と出会う何年も前の少年時代から描かれており、この“パーカー大佐目線”が少々邪魔に感じられるのは事実。実際、パーカー大佐役のトム・ハンクスはオーストラリアでこそ助演男優賞候補となったが母国アメリカではオスカーからもゴールデン・グローブ賞からも無視され候補にすらならなかったばかりか、全米の“最低映画”を選出する同年度ゴールデン・ラズベリー賞では本作から唯一、トム・ハンクスだけがそれも2部門にノミネイトされ(最低助演男優賞と最低スクリーン・コンボ賞)、どちらも受賞している。最低スクリーン・コンボ賞は実際のパーカー大佐の顔立ちに似せようとしてラテックスを塗りたくった特殊メイクの顔と滑稽なアクセント(パーカー大佐はオランダ出身)がよろしくないと判断されての受賞で、2度のオスカー主演男優賞受賞歴を誇る演技派トム・ハンクスにとっては踏んだり蹴ったりだっただろう。こちらも前述の通りオースティン・バトラーのエルヴィスはバトラーの顔自体はほぼ一切いじっていなかったから、その点を踏まえ、それでも立派にエルヴィスになりきったバトラーと比較しての皮肉とも受け取れる。ちなみに撮影に際してハンクスは妻でこちらもハリウッド女優リタ・ウィルソンを伴って来豪したが、コロナ禍の2020年1月末に始まった撮影は同年3月にハンクスとウィルソンが滞在先のゴールド・コーストで夫婦そろってコロナウイルス陽性となり隔離生活を余儀なくされたことを受け半年以上も中断されたから、ハンクスにとってはなおさら災難だったといえる(ハンクス夫妻は二人とも無症状ではなかった)。なお、ハリウッド・スターが新型コロナウイルス陽性を公にしたのはハンクス夫妻が世界初だった。
もう一点、「ボヘミアン〜」と比較した際の「エルヴィス」の難点は歌のシーンが多すぎること。例えば「ボヘミアン〜」では映画のタイトルにもなったクイーン最大のヒット曲「ボヘミアン・ラプソディ」がどのようにして生まれたかを、レコーディング風景などとともにとても興味深く描いていたが、「エルヴィス」にはそういった描写はなく、ライヴでの迫真のパフォーマンスぶりはあれほど何曲も盛り込まなくとも十分伝わるので、もう少し“ドラマ”として見せてほしかったというのが本音。だが、今に残るエルヴィスのスタンダード・ナンバーの数々はいずれも、エルヴィスのファンはもちろん、エルヴィス・プレスリーの名前にもうピンとこない若い世代が聴いてもやはり珠玉の名曲であることには間違いなく、カメラ・アングルなどによってはまるでエルヴィス本人が21世紀の今によみがえったかのような見事な見せ方で、ファンでなくとも思わず胸を熱くさせるのは、さすがバズ・ラーマン監督。
STORY
20年前の1977年に42歳の若さにして急死したエルヴィス ・プレスリー(オースティン・バトラー)の生前のマネジャーで年老いたトム・パーカー大佐(トム・ハンクス)は1997年に心臓発作で倒れ、緊急搬送された病室でひとり死を待つばかりの身で過ぎ去った日々を振り返っていく。1954年、売れっ子カントリー・ミュージシャン、ハンク・スノウ(デイヴィッド・ウェナム)のマネジャーをしていたパーカー大佐はまだ駆け出しのシンガーだったエルヴィスと出会い、その才能に気付き、エルヴィスをスノウのツアーに参加させる。最初のうちこそスノウのコンサートの前座にすぎなかったエルヴィスだが着実に若い女性ファンを増やしていき…。
「エルヴィス」日本版予告編