※2023年2月16日更新
「ゴデス」
Goddess
(オーストラリア2013年公開、日本未公開/104分/PG/ロマンティック・コメディ・ミュージカル/DVD、Stan、Apple TV、YouTubeムービー、Google Playで観賞可能)
監督:マーク・ランプレル
出演:ローラ・ミシェル・ケリー/ローナン・キーティング/マグダ・ズバンスキー/ダスティン・クレア
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主にロンドンやブロードウェイのミュージカルの舞台で活躍するイギリス人女優/歌手ローラ・ミシェル・ケリーをヒロインに、その夫役にアイルランドの5人組男声アイドル・グループ、ボーイゾーン出身でソロ歌手としても大成を収めているローナン・キーティングという海外スター2人を招いて撮影された、実はオーストラリアではジャンル自体が珍しい“ミュージカル映画”。共演に全豪TV界を代表するコメディエンヌ、マグダ・ズバンスキー(「キャス&キムデレラ」「ベイブ」)のほか、アメリカの連ドラ「スパルタカス」シリーズの主要キャラ、ガンニクス役が有名なオージー男優ダスティン・クレア(「台風の目」)も出演。マーク・ランプレル監督(「マイ・マザー・フランク」)の下、撮影は物語の舞台と同じタスマニア(TAS)州とシドニーで行われ、世界遺産シドニー・オペラ・ハウスも出てくるし、マグダ・ズバンスキーがバック・ダンサーを従えて歌うシーンはシドニーの格式ある劇場ステイト・シアターで撮影された。同年度オーストラリア・アカデミー(AACTA)賞ではいずれも受賞は逸したが撮影、美術、衣装デザイン賞の3部門にノミネイトされた。
キッチンに設置したウェブカムの前で洗い物をしながら自作の歌を歌うエルスペス(ローラ・ミシェル・ケリー)
最愛の夫ジェイムズ(ローナン・キーティング)と、どちらもやんちゃな3歳の双子の息子たちとロンドンからTAS州の辺鄙な田舎町へ越してきたエルスペス(ローラ・ミシェル・ケリー)は、慣れない土地でまだママ友もおらず、育児に追われる毎日。夫はクジラ保護の仕事で長期間、家を空け船上にいることが多く、結婚前はロンドンのパブのシンガーだったエルスペスの唯一の気晴らしは子供たちを寝かしつけた後、自作の歌を歌うことだけ。エルスペスは歌のキャリアを諦めたわけではないが、それは子供たちが学校に上がるまでお預けというのが夫婦間の取り決めとなっている。やっと家に帰ってきたかと思ったらまたすぐ仕事に戻らなければならないジェイムズが、いつでもエルスペスとヴィデオ・チャットができるようにとウェブカムを置いていってくれたはいいが、船上のネット回線が悪いのかジェイムズとは繋がらない。だったら誰でもいいから自分が歌う姿を見てほしいとウェブカムの設定を一般公開配信にしたところ、徐々にエルスペスのファンが増えていき、ついにシドニーの大手広告代理店の女社長カサンドラ(マグダ・ズバンスキー)の目に留まる。カサンドラが探し求めていた、女性をターゲットにした新商品であるラップトップ “ゴデス(女神)”のCM出演のオファーを受け、エルスペスは急遽ベビーシッターをアレンジして子供たちを託し、喜び勇んで単身シドニーへ飛ぶ。短い日程の中、本格的なスタジオで衣装やメイクを変えて何曲かの持ち歌の撮影を終えたら家に帰る予定だったが、なんと今度はNY行きの話も持ち上がり、そうなるとさらに3カ月は子供たちに会えない。家族を取るか、夢だった歌手としてのキャリアを取るかの選択に悩むエルスペスに、カサンドラのアシストタント、ラルフ(ヒューゴ・ジョンストーン・バート)はNYに行って得られるギャラがあれば子供たちが一人立ちするまでの教育費にも決して困らないと説得し、契約書にサインをするエルスペスだったが…というのが話の大筋。
エルスペスの最愛の夫ジェイムズ(ローナン・キーティング)と双子の息子たち
そのほかの出演者には、地元のマザーズ・グループのひとりソフィー役に劇場映画デビュー作「アリブランディを探して」(00)で豪アカデミー主演女優賞に輝いたピア・ミランダ、エルスペスがシドニーに行っている間、最初のベビーシッターとして雇われるメアリー役で本作と同じマーク・ランプレル監督の別の映画「マイ・マザー・フランク」にも出演していたシリア・アイルランド(「サンク・ゴッド・ヒー・メット・リズィー」)が起用されている。また、エルスペスの配信を各国で観る多種多様な人種・職業の人々の中にはヨーロッパの豪華な宮殿の一室でティアラを被った美しいプリンセスもいて、映画ではそれがどこの国のプリンセスかは分からないが、脚本上は“デンマーク王女(Danish Princess)”となっており、つまりそれはオーストラリア出身の現メアリー・デンマーク王太子妃のこと。
マグダ・ズバンスキーがバック・ダンサーを従えて歌うシーン
華やかな衣装にバック・ダンサーもふんだんに使った歌と踊りのシーンも随所に盛り込まれ楽しませてくれるが、全編歌で綴られるわけではなく、会話部分は通常のセリフなので、ミュージカルはちょっと苦手という人も楽しめる。夫婦役のローラ・ミシェル・ケリーとローナン・キーティングはもともとプロの歌手だが、マグダ・ズバンスキーと、エルスペスがシドニーで出会うバスカー、ローリー役のダスティン・クレアがこちらもプロ並みの歌唱力で、その二人がそれぞれ歌うシーンも見どころ。曲自体もケリーが歌う楽しい曲調の「私のキッチン流し台へようこそ(Welcome to My Kitchen Sink)」や、ケリーとキーティングがすれ違う夫婦の切ない気持ちをデュエットで表現する美しいバラードの「こごえる心(Frozen Heart)」、はたまたキャリア一筋の凄腕女社長カサンドラの心情をズバンスキーがこちらも凄みを利かせて歌う「私を誰だと思ってるの(Do You Know Who I Am)」など、本作を2度3度観たら覚えてしまえそうな印象的なナンバーが多い。それら本作で出てくる曲を収録したサントラも発売されているので興味がある人はぜひ。
シドニー滞在中にエルスペスはバスカーのローリー(ダスティン・クレア)と出会い…
2004年から05年までロンドン・ウエスト・エンドのオリジナル版「メリー・ポピンズ」の初代ヒロインを演じローレンス・オリヴィエ賞最優秀女優賞を受賞したことからも想像できるように、ローラ・ミシェル・ケリーはもっぱら舞台での活躍がメインで映画にはほとんど出ていないため日豪では馴染みが薄いが、ティム・バートン監督のミュージカル映画「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」(07)にジョニー・デップ演じた主人公の妻役で出演している。
夫婦役のローラ・ミシェル・ケリーとローナン・キーティング
コメディ・タッチの映画なので突っ込みどころとして指摘するほどではないのだろうが、わずか数日の予定でシドニーへ向かったエルスペスが映画の中で出てくるCM撮影をすべてこなすのは実際にはまず不可能。何パターンものCM用にあらかじめ衣装なども、それもかなり凝ったものがいくつも用意されているが、衣装合わせでまず1日は余裕で潰れるはずだし、CMの中でエルスペスが歌う歌も、ミュージック・ヴィデオ風のちゃんとしたものだから、そういう場合は映画の中で描かれるように同時録音ではなくあらかじめレコーディング・スタジオで歌だけ先に録音するからこちらにも最低でも1日はかかる。そもそもエルスペスの自作の曲なわけで、カラオケも事前に用意しなければならないから、どう考えても3日やそこらの滞在日数では逆立ちしても無理なのだ。
いずれにしてもケリー、キーティング、ズバンスキー、クレアの4人が演じる主要キャラは全員、とても魅力的で、本来は歌が本業のローナン・キーティングも自然な演技を見せる(ついでにキーティングはエプロンをかけて洗い物をしているシーンがあり、クルリと背中を向けるとエプロンの下は全裸でプリッとしたお尻も披露)。また、カサンドラのアシスタントで普段はカサンドラにこき使われているラルフ役のヒューゴ・ジョンストーン・バートもいい味を出している。
オーストラリアで撮影されたオーストラリア産ミュージカル映画の代表格にバズ・ラーマン監督、ニコール・キッドマン主演の「ムーラン・ルージュ」(01)があり(※正確には「ムーラン・ルージュ」は豪米合作)、本作は「ムーラン・ルージュ」ほどの話題も集めずさしたるヒットにもならなかったが、夫婦の愛を主軸にしたロマンティック・コメディであるだけでなく、子供たちにもたっぷりの愛情を注ぐ、歌が大好きな専業主婦の心温まる物語としておすすめ。
【セリフにおける英語のヒント】CM撮影の休憩中で楽屋にいたエルスペスにもうすぐ出番だと知らせに来たラルフが、「あと何ショットか撮ったら終わりだよ」と言った後に続けて「そしたらお酒に豪華なディナーが待ってるよ(And then it’s drinkies and a fancy-shmancy din-dins)」と言う。ドリンクを指す“ドリンキーズ”、ディナーを指す“ディンディンズ”、どちらも赤ちゃん言葉で、このシーンでは撮影に疲れていてやや気落ちしているエルスペスをなだめるためそういう口調を使ったとも受け取れるが、オーストラリアでは性別を問わず大の大人がこのように赤ちゃん言葉を大人同士の会話で使うことも珍しくない。
STORY(※本作のストーリーについては上記本文に掲載!)
「ゴデス」予告編