「輝く女性たち」:NSW州COVID-19コンタクト・トレイサーの玉置理智さん

次に生まれ変わってもハーフがいい(笑)」

玉置理智(たまおき・りさ)さん
NSW州のCOVID-19コンタクト・トレイサー
Lisa Tamaoki

main「日本人の父とオーストラリア人の母の下に、当時父の仕事の関係で両親が住んでいたドイツで生まれましたが生後すぐに日本へ行き、高校を卒業してQLD州のボンド大学へ進学するため89年にオーストラリアへ移住する17歳まで東京で育ちました。なのであのころは日本語は会話はもちろん読み書きもネイティヴだったのに、今ではすっかり…(笑)」

 COVID-19の陽性者が出た場合、その人物の居住・行動範囲の周辺にいた人たちに電話をかけるNSW州保健省のコンタクト・トレイサー(追跡調査員)として働く理智(りさ)さんは、日本人との会話に全く困らない流暢な日本語と、とっさに日本語が出ない場合は100%ネイティヴの英語で取材に応じてくれた。現在の仕事は新型コロナウイルス問題がオーストラリアでも深刻化した後に始まったのでまだ数カ月だが、それ以前は8年間、カンタス航空の国際線CAとして働いていた。ロックダウンによりCAの仕事がストップしたため見つけたのが現在の仕事だ。そのさらに前は?「仕事が大好き」と笑顔で言い切る理智さんの職歴はなんと7歳の時にさかのぼり、高校卒業までハーフ・タレントとして東京で活躍していた。

「今ほどハーフ・タレントが日本に溢れていなかったこともあって、日本の有名芸能人の方とも大勢お仕事させていただいたりと、とても楽しかったです。私は歌なんて歌えないのに歌手デビューの話もあったほどです(笑)。でも父が厳しい人で、例えばせっかく大口のCMオーディションに受かったんですが海外ロケだったためダメ。高校を卒業したらとりあえず大学に行きなさい、もし芸能界の仕事を続けたかったら大学を卒業してからにしなさいと言われ、大学はアメリカへ行きたかったんですが、それも治安が悪いからダメ。『大学はお母さんの国であるオーストラリアにしなさい』と(笑)」

 結局、大学卒業後は芸能界に戻ることはなかった。

「昔から好奇心旺盛で、いろんな仕事に興味があったんです。ちょうどシドニー五輪に向けて経済も活気付いていたころで、大学卒業後は日本からのVIP客をヘリコプターで案内するツアー関係の仕事などを経験しました。別れた夫と出会ったのも海外を回るクルーズ船での仕事がきっかけでした」

 大型客船の船長だったイタリア人男性と恋に落ち、33歳で結婚、当然イタリアでも暮らした。結婚生活は8年続いたが…。

「イタリア・サイドのリヴィエラでの結婚生活はいろんな面で恵まれてとても楽しかったですが、家族が恋しくてホームシックになり、それ以外でもまた英語圏で仕事がしたくてたまらなくなり、一人シドニーに戻りました」

COVID-19コンタクト・トレイサーとして働く職場での理智さん
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 日豪のハーフとして生まれたことを誇りに思い、「次に生まれ変わってもハーフがいい」と笑顔で即答する。

「アイデンティティのことについてはいろんな人に聞かれるんですが、自分はホントにフィフティ・フィフティのハーフなんだなと思うんです。17歳まで日本で暮らせたことと両親のおかげで、日本とオーストラリアという2つの国の文化を平等に尊敬することができ、両親に感謝しています。ただ、食べ物に関しては日本食が一番好きです(笑)。中華でも日本の中華がしっくりきます」

 最後にCOVID-19コンタクト・トレイサーとしてのジャパラリア読者へのコメントを求めると次のように答えてくれた。

「症状が少しでもある人は『単なる風邪だろう』とそのままにせず、すぐにテストを受けてください。パブリックのCOVID-19検査クリニックならメディケアがない人も無料で検査を受けられます」

最寄りの検査クリニックの情報も検索できるNSW州政府の公式COVID-19サイト:nsw.gov.au/covid-19

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