スカルノ政権最末期のジャカルタで若きオージー・ジャーナリストは…「危険な年」

poster危険な年

The Year of Living Dangerously

(オーストラリア1982年、日本1984年公開/115分/M/ドラマ)

監督:ピーター・ウィアー
出演:メル・ギブソン/シガーニー・ウィーヴァー/リンダ・ハント

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 オーストラリア人作家クリストファー・コッチ(1932〜2013)の1978年出版の同名小説を、オーストラリア映画界が世界に誇る不朽の名作「ピクニックatハンギングロック」(75)で世界的な注目を集めたピーター・ウィアー監督が81年の監督作品「誓い(Gallipoli)」の翌年、「誓い」で組んだメル・ギブソン(「ティム」)を再度起用して映画化した作品。「マッドマックス」(79)と「マッドマックス2」(81)で既にハリウッドでの地位を確固たるものにしていたメル・ギブソンの相手役に、こちらも「エイリアン」(79)のヒロイン役でスターダムを築いていたシガーニー・ウィーヴァーと、もう一人の主要キャストにリンダ・ハントの2人をハリウッドから招き、同年度オーストラリア・アカデミー(AFI)賞(現AACTA賞)では受賞こそリンダ・ハントの助演女優賞のみだったものの作品、監督、主演男優賞(ギブソン)を含み実に12部門13候補となった。また、仏カンヌ映画祭コンペティション部門にも正式出品された。ウィアー監督は本作の後に本格的にハリウッドに進出、ともにハリソン・フォード主演の「刑事ジョン・ブック 目撃者(Witness)」(85)と「モスキート・コースト」(86)、「いまを生きる(Dead Poets Society)」(89)、「グリーン・カード」(90)、「トゥルーマン・ショー」(98)、「マスター・アンド・コマンダー」(03)、と駄作知らずの名監督の地位を築き上げている。

ジャカルタで出会い引かれ合っていくオーストラリア放送局ジャーナリストのガイ(メル・ギブソン)と英国大使館職員のジル(シガーニー・ウィーヴァー)
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男性役を演じて米豪のアカデミー助演女優賞を受賞したリンダ・ハント
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 邦題も原題とほぼ同じ意味の「危険な年」というタイトルからして、予備知識なしに本作を観ると、ここに掲載の劇場公開用ポスターの上部に掲載されているギブソンとウィーヴァーのキス・シーンに象徴される男女の危険な恋愛の、とある一年を描いた「ナインハーフ(Nine 1/2 Weeks)」(86)のような映画かと勘違いする人もいるだろうし、実際二人のロマンスも本作の主軸ではあるが、それ自体が“危険”なのではないし、恋愛映画と言い切ってしまえるジャンルでもない。原題をより近い日本語に訳すと“危なく生きた年”となり、本作はスカルノ政権がいよいよ崩壊へと至る1965年の揺れに揺れていたインドネシアの首都ジャカルタを舞台に、シドニーから海外特派員として新たに赴任してきたオーストラリア放送局のジャーナリスト、ガイ・ハミルトン(ギブソン)が現地で間近に見て肌で感じるインドネシアの緊迫した“危険な状況下で生きた年”を、史実を絡めつつ描いたシリアスなフィクション・ドラマなのだ(※全編インドネシアを舞台にした映画だが、撮影自体はインドネシアではなくフィリピンとシドニーで行われた)。

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危険な目に遭いながらもジャーナリストとして真実を追うガイ(メル・ギブソン)とビリー(リンダ・ハント)
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 ガイがジャカルタで出会う中国系ハーフのオーストラリア人男性ジャーナリスト、ビリー・クワン役を演じ豪アカデミー助演女優賞を受賞したリンダ・ハントは、同年度米アカデミー賞でも本作からの唯一の候補となり、シェール(「シルクウッド」)、グレン・クローズ(「再会の時」)、エイミー・アーヴィング(「愛のイエントル」)というそうそうたる顔ぶれの強敵を抑え見事オスカー助演女優賞に輝いた。女優が男性役を演じてオスカーを受賞した初の例で、確かに本作公開時のハントは本国米国でもまだ新人だったし、女性であるハントが短髪の男装で男性役を演じても観客を騙せるだろうとウィアー監督や関係者は思ったのだろうか、または本作はアメリカの大手映画会社MGMも出資した米豪合作映画だから、MGMサイドが米国人であるハントの起用を強く主張したのかもしれない。いずれにせよ、本作を機に一躍有名女優の仲間入りを果たしたその後のハントを知らなければ無名時代の本作でのハントは男性に見えなくもないし、アジア系の血も受けたハーフといわれても違和感がない。さらにクワンは “小人症の人物(dwarf)”でもあり、なるほど小人症で英語が堪能な中国系ハーフの男優を探すのは1980年代前半当時は難しかったと思われ、一般的な白人女性と比較してもかなり小柄で、こういっては失礼かもしれないが女性の色気のようなものがないルックスのハントの起用は妥当だったといえるかもしれない。米豪のアカデミー助演女優賞受賞には何の文句もない存在感ある演技力で、貧困にあえぐインドネシアの人々を救いたいと心底願い実際、行動に移している正義感溢れるクワン役を好演している。

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 映画はどちらもインドネシアの伝統文化であるガムラン音楽と影絵芝居の映像をバックにしたオープニング・クレジットで始まり、この時点で既に観る者をインドネシアのエキゾティックな雰囲気の世界へ引き込むことに成功している。オーストラリア人であるガイを含む現地駐在の欧米人たちが夜ごと華やかなパーティを楽しんでいる中、貧困層の人々の暮らしぶりは当時のインドネシアの状況を知らない者が見ても明らかで、両者の異様とも受け取れるコントラストも印象的だ。

ピーター・ウィアー監督、メル・ギブソン主演コンビの前作(「誓い」)に出演していたビル・カー(中央右)もジル(シガーニー・ウィーヴァー:中央左)が秘書を務める上司・英国大使館駐在武官のラルフ・ヘンダーソン大佐役で本作に出演
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 若きジャーナリストとして初の海外赴任に際し特ダネを得たいと野心満々でインドネシアに乗り込んできたものの、貧困層の現実に触れ徐々に揺れ動いていくガイの繊細な心情の変化を、ギブソンは巧みに演じている。それもそのはず、ギブソンはどちらも本作の前に出演したオーストラリア映画「ティム」(79)と「誓い」(81)で既に2度も豪アカデミー主演男優賞を受賞しており、ハリウッドに進出する以前からオーストラリアでは演技力があることを十分証明していたのだ。それにしても当時のギブソンがなんと非の打ちどころのない美男子だったことか! ハリウッド進出後はそのルックスにばかり注目されて海外ではあまり演技力を高く評価されなかったのが気の毒でもある。

 ガイがジャカルタで出会う現地英国大使館勤務のジル役シガーニー・ウィーヴァーも、「エイリアン」シリーズに代表されるようにもともと長身でスラリとした体型を生かしたどちらかというとストイックな役柄を演じることが多く、リンダ・ハントとは別の意味で女性の色香をあまり感じさせないイメージが強いように思われるが、本作公開当時はハンサムな男性主人公を魅了するに足る、れっきとした“美人女優”だったことが分かる。

 スカルノ政権はもとよりインドネシアの近世の歴史について、スカルノ元大統領の第3夫人がデヴィ夫人だという程度の知識しかない日本人も少なくないのではないだろうか。スカルノ政権が揺れ動く中、インドネシア共産党(PKI)がどういう立場にありどういう役割を果たしていたのか、そしてインドネシアという国家がどういう激動の時代を迎えていたのかが本作からもそれなりにうかがい知ることができ、クライマックスに向け緊迫感を盛り上げるウィアー監督お得意の見事な演出力によって観る者を最後まで引っ張るエンターテイメント映画の秀作としておすすめ。

【セリフにおける英語のヒント】シドニーからジャカルタに到着したガイを空港で出迎えた現地アシスタントから、ガイに仕事の引き継ぎをするはずだった人物が既にオーストラリアに帰国したと聞き、理由を尋ねたガイにアシスタントが「彼の妻が病気だったから(His wife was sick)」だと答えるシーンがある。それに対してガイが「亭主にか?(Of him?)」と言うと、アシスタントは「いえ、ジャカルタにです、ボス(No. Of Djakarta, Boss)」と答える。最初の「彼の妻が病気だったから」というのはその通りの意味だが、ガイが「亭主にか?」と返したことによって、“His wife was sick”は「彼の妻が“うんざりしていた”から」という意味になる。

Story

 1965年、不安定かつ不穏な政治状況下にあるスカルノ政権最末期のインドネシアの首都ジャカルタにオーストラリア放送局の海外特派員としてシドニーからガイ・ハミルトン(メル・ギブソン)が赴任してくる。ガイは現地で知り合った中国系ハーフのオーストラリア人フォトジャーナリストで小人症のビリー・クワン(リンダ・ハント)と友情を深めていき、初の海外赴任で特ダネを得たいと野心的なガイのために、ビリーは独自のコネを使って大物政治家であるインドネシア共産党(PKI)のリーダー、アイディットとの独占インタヴューをアレンジし、ガイはインタヴューに成功する。ある日、ビリーは英国大使館駐在武官のラルフ・ヘンダーソン大佐(ビル・カー)と同じく英国大使館職員のジル・ブライアント(シガーニー・ウィーヴァー)をガイに紹介する。ジルは3週間後にはロンドンに帰任することになっていたが、ガイとジルは互いに引かれ合っていき…。

「危険な年」予告編

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