ワインの話をし始めたら止まらない異色のソムリエ弁護士
上田大介さん(41歳)
弁護士(H & H法律事務所)
Daisuke Ueda
来月号(2020年5月号)よりジャパラリア初のオーストラリアにおける身近な法律についての連載コラムがスタートする。執筆してくれるのは、シティのマーティン・プレイスにオフィスを構えるH & H法律事務所の弁護士・上田大介さんで、なんと上田さんは弁護士になる以前はソムリエとしてシドニーの一流レストランで働いていたというユニークなバックグラウンドの持ち主でもある。連載開始を前にそんな上田さんにインタヴューしてみた。
■もともと大学は法学部で、ソムリエの仕事にも興味があってまずはソムリエになったとか?
「いえ、日本の高校を卒業後、大学は日本ではなくシドニー(※マコーリー大)だったんですが、専攻はビジネス・マネジメントとコマースでした(笑)。中でもホテル・マネジメントとホスピタリティに特化していて、在学中にシティの5つ星ホテルで研修したら気に入ってもらい、卒業と同時に正社員として働き始めました。2年目に人事部に希望を聞かれて、日本の支店で働くという選択肢もあったのですが、もっと世界を見たいという思いが強く、どこでもいいから日豪以外に飛ばしてほしいと頼んだら米テキサス州ダラスの支店に転勤させてくれました。ダラスは富裕層が多くホテル内のレストランのワイン・リストも非常に充実しており、同ホテルにはテキサスで三本の指に入るといわれるマスター・ソムリエがいて、彼に師事してみっちりワインについて学び、ソムリエ試験を受け資格を取得しました」
■その後またシドニーへ?
「ダラスのホテルでは1年半働きましたが、大学1年の時から付き合っていた彼女(※現夫人)がシドニーに帰ってこいと(笑)。シドニーに戻ってからはホテルを離れ、ザ・ロックスのファイン・ダイニングの店などでソムリエ兼レストラン・マネジャーとして働きました」
■弁護士になる以前は飲食業に興味があったと?
「高校在学中に幼馴染の大親友と地元・新潟のレストランで一緒にバイトしたことがあり、彼はキッチン、私はフロア。楽しかったです。そこで彼は料理に目覚め、高校卒業後は大阪の調理師専門学校に進み、つてあってアメリカに渡りました。私はというと、10代にありがちな『自分が何をしたいのか分からない若者』でして、卒業後もしばらく進路を決めあぐねていました。そんな時、アメリカから休暇で戻っていた親友から『いつか二人でファイン・ダイニングの店を持とう! 俺がキッチンで、ダイちゃんはフロア・マネジメントとソムリエをやればいいじゃん』と言われました。人生に指針が与えられたように思い、嬉しかったですね。その後、プロのサーヴィスマンになることを決意し、大学でホスピタリティ・マネジメントを学んだ次第です。親友はというと、ワシントンDCの高級和食店で修業した後はNYに移り、ミシュラン3つ星のファイン・ダイニングで腕を磨きました」
■高校時代に親友と熱く語り合った夢の実現は?
「はい、それを目標に二人とも頑張っていました。私がアメリカに移住するのは難しいため、親友が『じゃあ俺がシドニーに行くよ』と言って、ある日本当にアメリカから移住してきてくれて、当時オブザーヴァトリー・ホテル(※現ランガム・ホテル)にあったファイン・ダイニングの『ガリレオ』でシェフになり、ますます腕を上げていきました。私自身もソムリエ・レストラン・マネジャーとして多くの経験を積んでいましたし、本当に二人で店を構えることはもはや夢ではなく、いよいよ現実になろうかという、ある日…」
■何か問題が?
「親友が…交通事故で亡くなったんです。バイクの後ろに彼の奥さんを乗せて運転中、大型トラックに巻き込まれて二人とも。すぐに二人の家族が日本から来たのですが、みんな英語はおろか右も左も分からず。私は親友のシドニーでの唯一の身寄りみたいな存在でしたが、近しい人間が亡くなるなんて、オーストラリアでは初めてことですから、やはりどうしていいか分からず途方に暮れました。その際、法律関係を担当したのが林先生(※H & H法律事務所の林由紀夫・主任弁護士)だったんです」
■それがきっかけで弁護士に転身を?
「親友が亡くなって、いつか二人でレストランをやるというゴールが突然なくなり、高校卒業時の『自分が何をしたらいいのか分からない』状態に逆戻りしました。しばらくは茫然自失の状態でしたが、林先生と巡り会ったことをきっかけに、突然、『俺もロイヤーになる! ロイヤーになってシドニーの日本人コミュニティのために残りの人生を捧げる!』と決めました。林先生にそのことを伝えたら、『まあ頑張りなさい』と笑っておられましたが(笑)。思い立ったが吉日、すぐに大学のロウ・スクールに入学しました。在学中、林先生から電話があり、林先生の事務所にインターン枠があるけどどうだとおっしゃっていただいて。卒業後は無事弁護士登録し、そのままずっと林先生の事務所で働いています」
■弁護士として得意な分野は?
「ホテルマン時代もレストラン時代もマネジャーとして雇用法の理解は必須でしたし、最初の大学でも雇用法を学んでいたという下地があるため、雇用法については強いと自負しています。また、雇用法に限らず、飲食業に関連した法律でしたら包括的なアドヴァイスができます。ほかにも、親友が亡くなったことから相続法、それと私自身の両親が離婚していることもあり家族法にも興味があったため、そういった案件に率先してかかわり続けた結果、今となってはこれらの案件は主に私が担当するようになりました」
■弁護士の醍醐味は?
「法律の仕事に限った話でもないのでしょうが、クライアントの皆様にご満足いただける結果を出せた時の達成感が一番ですね。何よりその人の人生を左右すると思うと責任の重さを感じますし、書類一つ作るのにも気を抜けません。あと、弁護士の仕事には、知識欲が常に刺激されるという楽しさがあります。勉強には限りがないのはいうまでもなく、すべての案件が大なり小なり注意深い分析が必要となる問題を含みます。毎日さまざまな問題にぶち当たっては、分析し解決し、新しい知識を得て、死ぬまで勉強できるのが弁護士だと思っています。知識や経験値の上で、毎日のように『今日の自分は昨日の自分よりベター・パーソン』と思えるのが醍醐味です」
■ソムリエと弁護士、何か共通点は?
「ソムリエも弁護士もサーヴィス業だというのは根本的な共通点です。どちらの職業も、最終的に目指すところはお客様の求めるサーヴィスを提供し、それぞれのお客様の期待に応えることだととらえています。もう一つ、ワインと法律って、知識の扱い方が似ていると思うんです。基本的なコンセプトを理解した上で、例えばワインなら産地やブドウ品種やヴィンテージなど個別の要素を学び、それを基に一本一本の銘柄の分析をして、目の前のお客様に最も適した一本を選ぶわけです。法律も、大原則としての法理を学んだ後は、一つひとつの法令、条文、判例を読み、それを目の前の案件に当てはめて分析し、そのクライアントに最も適した解決方法を導き出す、という流れが共通しているなと」
■来月号からのジャパラリアでの連載はどんな感じに?
「ゆる~い連載にしたいです(笑)。あまり深く突っ込まず、『面白法律豆知識』といった感じで。プラス、コラムの後半は『今月のおすすめワイン』として、美味しい、でも近所のボトル・ショップで気軽に買えるような、わりとお手ごろ価格のワインをご紹介したいと思います」
取材は1時間ほどで終わり、その後、記者が個人的に抱いていたワインについての疑問点を聞いてみたら、『ワインの話をさせたら長いですよ(笑)。お時間大丈夫ですか?』とそれから軽く30分近くも、とても丁寧に、かつ楽しく分かりやすく記者の質問に答えてくれた上田さん。同じ夢に向けて互いに励まし合ってきた親友夫妻を突然交通事故で失うという悲しみを乗り越え、ソムリエから見事に弁護士に転身した異色のキャリアを持つ上田さんの来月号から始まる新連載に乞うご期待!
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