3人の登場人物のみによって展開する海洋サスペンス(映画「デッド・カーム/戦慄の航海」)

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※2022年12月11日更新

デッド・カーム/戦慄の航海

Dead Calm

(オーストラリア1989年公開、日本1991年ヴィデオ・ソフト化/96分/M/サスペンス)

監督:フィリップ・ノイス
出演:ニコール・キッドマン/サム・ニール/ビリー・ゼイン

(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)

 オージー・オスカー女優ニコール・キッドマン(「LION/ライオン 〜25年目のただいま〜」「虹蛇と眠る女」「オーストラリア」「ムーラン・ルージュ」「BMXアドベンチャー」「ブッシュ・クリスマス」)がハリウッド進出を果たすきっかけとなった作品であると同時に、本作を観たトム・クルーズがキッドマンに一目惚れして、キッドマンを彼の次の主演作「デイズ・オブ・サンダー」(90)の相手役にと自ら指名したというエピソードを持つオーストラリア映画。米国人作家チャールズ・ウィリアムズ(1909〜1975)が1963年に出版した同名小説を基に、本作の2年前のオーストラリア映画「ラスト・ジゴロ(Echoes of Paradise / Shadows of the Peacok)」(87)でハリウッドでの基盤を築き後に「パトリオット・ゲーム」(92)や「硝子の塔(Sliver)」(93)などこちらも本格的にハリウッドに進出し数々の大ヒット作を放つフィリップ・ノイスが監督、米豪合作ではなくあくまでもオーストラリア単独出資だが配給は米大手ワーナー・ブラザーズ、「マッドマックス」シリーズの監督ジョージ・ミラーがプロデューサーの一人として名を連ねるという豪華作で(ちなみにミラーは子豚の成長記を描いたファミリー娯楽映画「ベイブ」シリーズなどでもプロデューサーとしての才能を発揮)、本国オーストラリアでの劇場公開の1カ月前にまず全米で封切られた。実は本作の前にも60年代後半にオーソン・ウェルズ監督の下「ザ・ディープ」というタイトルで映画化が試みられたがそちらは未完のまま終わっている。撮影はオープニング・シーンでシドニーのセントラル駅が出てくる以外、全編クイーンズランド州グレイト・バリア・リーフで行われ、同年度オーストラリア・アカデミー(AFI)賞(現AACTA賞)において作品、監督、脚色、美術賞など8部門にノミネイトされ、作曲、音響、編集、撮影賞の4部門を受賞した。

ニコール・キッドマンとサム・ニールが夫婦役で初共演
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 キッドマンを含む俳優陣は、ワーナー・ブラザーズ配給の、オーストラリア国内だけでなく“海外市場を意識した作品”として本作が公開された時点で考えると“スター性”という意味では微妙な3人が顔をそろえた。前述の通りキッドマンは当時オーストラリア国外ではまだ全くの無名だったし、キッドマンと夫婦役で登場するニュー・ジーランド出身のサム・ニール(「パーム・ビーチ」「ハウス・オブ・ボンド」「リトル・フィッシュ」「マイ・マザー・フランク」「クライ・イン・ザ・ダーク」「わが青春の輝き」)と米国人男優ビリー・ゼインは当時ハリウッドでそれなりの知名度があったとはいえ、自身の名前だけで確実な観客動員が期待できる、いわゆるAリストに名前を連ねるわけではない。2人の代表作はニールが「ジュラシック・パーク」(93)、ゼインが「タイタニック」(97)だが、どちらも本作の後で出演(しかも「タイタニック」はゼインの主演作ではないし、ニールのファンには失礼だが「ジュラシック・パーク」も人間よりも恐竜のインパクトの方が強い)。

ヒューイ(ビリー・ゼイン)は二人きりになったのをいいことに人妻であるレイ(ニコール・キッドマン)を誘惑しようとし…
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 本作の最も特筆すべき点は、主要キャラクターがこの3人だけであるということ。冒頭のシドニーのシーン以外、すべて360度の海景色に囲まれた中、この3人だけでストーリーが進行するから、当時は特に“演技派”とも呼ばれていなかった3人が映画全体を最後まで引っ張ったのは見事だ。中でもニールは浸水してくるヨットの船室に閉じ込められ、頭まで水に浸かって鉄パイプの端からかろうじて呼吸できるというシーンがあって一番大変だったはず。キッドマンとゼインは“水難”シーンがなかった代わりに、ともにプルンとしたお尻を露出、キッドマンに至っては上半身も裸で胸まではっきり映り込む濡れ場を演じている。なのでキッドマンがヨットの周りを優雅に泳ぐシーンはなぜ全裸ではなく水着を着ているのか、周りは360度水平線であることも思えばそこだけ謎だが、キッドマン演じるレイが普段は周りに絶対誰もいない状況でもちゃんと水着を着て泳ぐような貞淑な妻だというキャラクター設定を強調したかったのかもしれない。そのことによって水着を着て泳ぐシーンと濡れ場シーンとのコントラストもくっきりし、濡れ場自体も強調される。最愛の一人息子を亡くした夫婦の絆も本作の重要な要素なので、それはあながち全くの見当違いともいうわけではないだろう。

キッドマンが胸まであらわにしての濡れ場もあり
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 肝心の海洋シーンに移行する前の最初の10分が実は一番怖いというのも不思議で、タイトルを直訳するとそのままの意味の“死の静寂”を映画の冒頭でじわじわと感じさせておきながら、後はカラッと晴れた美しいグレイト・バリア・リーフというのは失敗だったかもしれない。夜のシーンに突入するのは映画の最後の方だけで、やはりサスペンスものは夜でないと怖さ半減。ということで、本格的なサスペンス・ファンには少々物足りないストーリー展開であることは否めないが、本作で豪アカデミー作曲賞を受賞した元SPKのグレーム・レヴェルの音楽がそれなりに恐怖心を盛り上げている。

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 どんな役もそつなくこなすゼインがなぜかちっとも怖くないサイコ・キラーを演じる点も腑に落ちないが、実年齢が20歳も違うキッドマンとニールの夫婦役にあまり違和感が感じられないのは救い。ニールがそれだけ若く見えるからか、キッドマンが当時無名で30歳くらいの設定年齢に対応できたからか(本作公開時のキッドマンは22歳)、それぞれにご判断を。

 なお、映画とは直接関係ない興味深い偶然だが、前述のキッドマンとクルーズ以外に、サム・ニールも本作のメイクアップ・アーティストだった渡辺典子さんと、そしてビリー・ゼインも本作に脇役として出演のオージー女優リサ・コリンズと出会い結婚している(※コリンズはゼイン扮するヒューイが遭難するボートに乗船していた中のひとりで、そのボートに残っていたヴィデオ映像にほんのチラッと出てくるだけ)。3組のカップルが誕生した(誕生するきっかけになった)映画だが、3組ともその後、破局を迎えたのは皮肉な話。

【タイトルにおける英語のヒントタイトルの“デッド・カーム”は海洋用語で“無風状態/大なぎ”を意味する(“大”ではなく波が一切ない穏やかな“大なぎ”)。海洋ドラマである本作にふさわしいだけでなく、日本語に直訳すると“死の静寂”というのはサスペンス映画という点でもセンス抜群のタイトルだといえるだろう。

【シーンに見るシドニーの名所冒頭の駅のシーンはシドニーのセントラル駅で、その名の通り中央駅としてシドニーのみならずニュー・サウス・ウェールズ州最大の規模と25のプラットフォーム数を誇り、東京でいう東京駅のような存在でもある。歴史建造物指定の石造りの重厚な外観と、このシーンが撮影された長距離列車の発着コンコースは天井も高くゆったりとしており、一見の価値あり。

STORY
 自らの運転する車で最愛の息子を事故死させてしまったレイ(ニコール・キッドマン)を事故のショックから立ち直らせるために、夫ジョン(サム・ニール)はレイとともに自家用ヨットでグレイト・バリア・リーフへのホリデイに出かける。見渡す限り水平線に囲まれた穏やかな海上で、ある日2人は遭難船に遭遇し、ヒューイ(ビリー・ゼイン)を助け出す。取り乱した様子のヒューイは、彼の乗っていたヨットの乗組員全員が食中毒で死んでしまったと話すが、不審に思ったジョンは、ヒューイが眠っている間にレイを残し、小型ボートで遭難船に乗り込むが…。

「デッド・カーム/戦慄の航海」予告編

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