オージー・ハリウッド・スター、サイモン・ベイカーの初監督作品(映画「ブレス あの波の向こうへ」)

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※2023年4月16日更新

ブレス あの波の向こうへ

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(カナダ・トロント国際映画祭で2017年にプレミア上映の後、オーストラリア2018年、日本2019年公開/115分/M/ドラマ)

監督:サイモン・ベイカー
出演:サムソン・コールター/ベン・スペンス/サイモン・ベイカー/エリザベス・デビッキ/リチャード・ロクスバラ

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 オージー・ハリウッド・スター、サイモン・ベイカー(「シークレット・メンズ・ビジネス」)の初監督作品で2017年、カナダのトロント国際映画祭でのワールド・プレミアの後、翌18年に本国オーストラリア、日本でも19年に劇場公開されたサーフィン映画。トロントのほかスイスのチューリッヒ映画祭、ともに米国のヴァージニア映画祭とリヴァーラン国際映画祭公式参加、さらには日本でも通常の一般公開に先駆けて東京で開催された19年度「カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション」オープニング作品に選出された。

左からサイモン・ベイカー、ベン・スペンス、サムソン・コールター
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 原作は、全豪文学界で最も権威あるマイルズ・フランクリン賞を本作を含み過去4回受賞したオージー作家ティム・ウィントンが08年に発表した半自伝的同名小説(※日本でも「ブレス:呼吸」というタイトルの邦訳本が現代企画室より出版されている)。撮影は全編西オーストラリア州で行われ、インディーズ映画ながらオーストラリアでは5週連続トップ10入りを記録するヒットとなり、同年度オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー(AACTAの頭文字から“アークタ”と呼ばれる)賞でも作品、監督、助演女優(エリザベス・デビッキ)、脚色、撮影、編集、キャスティング賞など主要9部門にノミネイトされ、助演男優賞(サイモン・ベイカー)と音響賞の2部門を受賞した。

 サーフィンに夢中になる主人公パイクレットとその親友ルーニーの2人の少年役のオージー俳優はどちらも本作が芸能界デビュー作となり、オーディションでは演技経験よりも“サーフィンができること”が重視されたというが、2人とも演技初挑戦とは思えない自然体だし演技力も十分ある(自身も俳優であるサイモン・ベイカーが初監督するに当たって、「演技経験のある子にサーフィンを教えるよりも、サーフィンができる子に演技を教える方がラク」という考えからだったそうで、なぜか妙に納得)。特に主人公パイクレット役のサムソン・コールターは、まるで女の子のようなあどけない顔立ちの少年だったのが、物語が進むにつれ次第に“男”の顔つきになっていくから、サイモン・ベイカーも監督デビュー作とは思えない見事な演出力だ。パイクレットはどちらかというとシャイで控えめなのに対し、ルーニーは向こう見ずで怖いもの知らずという両極端な性格分けも効果的だ。“お互い性格は正反対で全然違うけど大の仲良し”というのは、ほとんどの人が自分の子供のころを思い出せば一人や二人、思い当たる仲良しの友人がいたのではないだろうか。

映画の進行に伴い男の子から男へと表情を変える主人公パイクレット役のサムソン・コールター
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性格は正反対なのに大の仲良しのパイクレット(サムソン・コールター:右)とルーニー(ベン・スペンス)
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 ベイカーは本作の監督・共同脚本・同製作に加え2人の少年が憧れる伝説のサーファー、サンドー役で出演し、見事AACTA賞助演男優賞を獲得。ラッセル・クロウ、ガイ・ピアースと同じく「L.A.コンフィデンシャル」(97)でハリウッドに進出、もっぱら映画界での活躍が目立つクロウとピアースと違って全米でのベイカーはTVドラマ界の大スターとして人気で、ともにベイカー主演の連ドラ「堕ちた弁護士(The Guardian)」(01〜04)と「メンタリスト(The Mentalist)」(08〜15)両シリーズは日本でも放映された。劇場映画に関しても、残念ながら主役級での出演作に際立ったヒットがないだけで、脇役では「プラダを着た悪魔(The Devil Wears Prada)」(06)でアン・ハサウェイ演じるヒロインを誘惑する色男役や、こちらもヒラリー・スワンク扮するヒロインを誘惑して一緒に悪事を企む役柄で登場の「マリー・アントワネットの首飾り(The Affair of the Necklace)」(01)など大ヒット作/話題作にも何本か出演している。高級腕時計ロンジンのアンバサダーとしてロンジンの広告モデルに起用されるなど、世界規模での知名度は申し分ない。やはりどちらかというとワイルドな印象のクロウやピアースと異なり、育ちの良さそうな甘いマスクの正統派のハンサムというイメージが強かったが、本作では髭を生やし、時にクロウにも非常によく似たモサい雰囲気も自然に醸し出している(それでも十分ベイカーは男前だが、そこはご愛嬌)。本作での役柄同様ベイカー自身もサーフィンが得意で、かつて地元ニュー・サウス・ウェールズ州の大会で優勝した実績の持ち主ということもあり、サーフィン映画である本作を監督する当たって相当の情熱を傾けたであろうことが画面からも伝わってくる。ちなみにサーフ・シーンは2人の少年もベイカーもいずれもスタントなしに本人がこなしている。

監督・出演のサイモン・ベイカーは伝説のサーファー、サンドー役を演じる
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圧巻のサーフ・シーンは全員スタントなしで本人によるもの!
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 ほかにもサンドーのアメリカ人の妻で美しくはあるがどこか陰のあるクールでミステリアスな女性イヴァ役に「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス(Guardians of the Galaxy Vol. 2)」(17)のエリザベス・デビッキ(「華麗なるギャツビー」「ア・フュー・ベスト・メン」)、パイクレットの優しい両親役に「ムーラン・ルージュ」(01)の公爵役や「ヴァン・ヘルシング」(04)のドラキュラ伯爵役でお馴染みのリチャード・ロクスバラ(「エルヴィス」「サンク・ゴッド・ヒー・メット・リズィー」)とレイチェル・ブレイク(「ランタナ」)、といずれも本作以前に主演または助演で現AACTA賞/旧オーストラリア映画協会(AFI)賞受賞経験を持つ演技派オージー俳優たちが作品に深みをもたらしている(※ロクスバラの名前は“Roxburgh”という綴りからか日本では“ロクスバーグ”と書かれるが、エディンバラ<Edinburgh>と同じ発音でロクスバラが正解)。

ミステリアスな雰囲気のイヴァ役を好演するエリザベス・デビッキ
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成長していく息子パイクレット(サムソン・コールター)が自分の手を離れていくのを寂しく感じながらも包容力ある父親であり続ける役柄を演じるリチャード・ロクスバラ
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 また、ルーニーの父親役に「ムーラン・ルージュ」(01)でアルゼンチン・タンゴをバシッと踊り印象を残した性格俳優ヤセック・コーマン(「華麗なるギャツビー」「イースト・ウエスト101 ③」「オーストラリア」「サンク・ゴッド・ヒー・メット・リズィー」)がここでも味のある演技を見せるほか(※こちらも日本では“Jacek”という綴りから彼のファースト・ネイムを“ジャセック”と書かれるが、ポーランド出身のオージーであるためヤセックが正解)、パイクレットと同じスクール・バスで通学し、お互いなんとなく気になる存在の女学生役で期待の新進女優ミーガン・スマートがフレッシュな魅力を振りまいている。さらに、大人になったパイクレットがこの映画の時代設定である1970年代を振り返るモノローグの声は原作者ティム・ウィントンによるもので、プロの声優ばりの味のある声と話し方にも注目。

 上記すべて、オージー俳優である。キャラクター設定が全員オージーならそれも当たり前だろうが、エリザベス・デビッキ演じたイヴァはアメリカ人という設定なのだ。デビッキに限らず現代オーストラリア人俳優のほとんどはハリウッドでの成功を視野に入れてアメリカ英語の発音を習得しているとはいえ、ベイカーがリアリティを求めるタイプの監督ならアメリカ人の女優を起用しただろう。あえてオーストラリア人俳優のみで固めた事実からは、なんとなくベイカー自身のオージーとしてのプライドが感じられて好印象だ。

 タイトルの「ブレス」とは、邦訳本のタイトルにもある通り“呼吸”の意味で、緊張した時のパイクレットが呼吸する音が何度かフィーチャーされるし、皆が寝静まった家の中でパイクレットの寝室まで聞こえてくる父親のイビキもある意味、呼吸にほかならない。興味深いのはエリザベス・デビッキ演じるイヴァの、とある“性癖”である。ネタバレを避けるためにここでは触れないが、そのシーンが初めて出てくる際にはやや唐突で、本作の雰囲気に全くそぐわない異質のものに思われるが、ここでも“呼吸”が重要な意味を持つ。

 映画ファンはもちろん、全サーファー必見、そして少年が主人公のサーフィン映画ということで子供にもおすすめ…と言いたいところだが、エッチシーンが一度ならず出てくるため本作はあくまでも大人のためのドラマ映画だ。劇場の大画面で見たらさぞや迫力があるだろうと思われる圧巻のサーフ・シーンも随所に登場するが、ストーリーそのものは穏やかな波のように静かに展開する。“サーフィン版「スタンド・バイ・ミー」”と絶賛されたのも大いに納得の、大人へと成長していく過程の等身大の少年たちを描いた素晴らしいオージー映画だ。

【セリフにおける英語のヒントその1パイクレット(サムソン・コールター)の家に泊まりに来たルーニー(ベン・スペンス)が夕食を振る舞われ、パイクレットの母(レイチェル・ブレイク)に「ミセス・パイク、とても美味しいです」と言うと、ニッコリ笑って「アイヴァン(※ルーニーの本名)のお母さんも、きっと美味しいコーンド・ビーフ(corned beef)を作ってくれるでしょうね」と返す。日本では缶詰のコンビーフとしてのみ知られる塩漬けの牛肉を使った料理のことで、オーストラリアでは巨大な塊で売られている塩漬け肉を買ってきて家で調理する(※ジャパラリア公式クックパッドで紹介のレシピはこちら!)。コーンド・ビーフは別名“シルヴァーサイド(silverside)”とも呼ばれ、どちらの名称で呼ぶかは家庭によって異なる。

【セリフにおける英語のヒントその2パイクレット(サムソン・コールター)が着飾ったガールフレンド(ミーガン・スマート)とパーティに行くシーンがある。本作では“ソーシャル”、別名“フォーマル”と呼ばれるハイ・スクール高学年の男女生徒がカップルで集うオーストラリアのイヴェントで、アメリカのプロムに相当。

STORY
 1970年代、西オーストラリア州の海沿いの田舎町に住む2人の少年パイクレット(サムソン・コールター)とルーニー(ベン・スペンス)は大の仲良しで、アルバイトして中古のサーフ・ボードを手に入れしょっちゅう海へ繰り出していた。ある日、2人はプロ級の腕前のサーファー、サンドー(サイモン・ベイカー)と出会い、後に彼がかつて伝説のサーファーと呼ばれていた事実を知る。サンドーは少年たちを可愛がり、2人に本格的にサーフィンを教えるようになる。サンドーの妻イヴァ(エリザベス・デビッキ)はそんな3人を半ば冷たい視線で見ていたが、パイクレットはイヴァのミステリアスな魅力に引かれ…。

「ブレス あの波の向こうへ」日本劇場予告編

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