ドラァグ・クイーンたちの豪州大陸横断珍道記(映画「プリシラ」)

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※2022年8月28日更新

プリシラ

The Adventures of Priscilla, Queen of the Desert

(オーストラリア1994年、日本1995年公開/103分/M15+/ゲイ・コメディ・ドラマ)

監督:ステファン・エリオット
出演:ヒューゴ・ウィーヴィング/ガイ・ピアース/テレンス・スタンプ/ビル・ハンター

(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)

 世界的な人気と知名度という点で、それまで「マッドマックス」と「クロコダイル・ダンディー」しかなかったオーストラリア映画界に一躍世界の注目を集めるきっかけとなった作品が1994年に劇場公開された。オージーたちの間でも長ったらしい正式名称(直訳すると「砂漠の女王プリシラの冒険」)ではなく邦題と同じ「プリシラ」として親しまれている本作がそれだ。本作の前年にフィル・コリンズとオージー男優ヒューゴ・ウィーヴィング主演のオージー映画「保険屋に気をつけろ!(Frauds)」(93)で監督デビューし仏カンヌ国際映画祭にて最優秀作品賞に当たるパルム・ドール候補となったステファン・エリオット監督(「ア・フュー・ベスト・メン」)が、再度ヒューゴ・ウィーヴィングを主要キャラの一人に起用しデビュー作を大きく上回る国際的な注目を集めた出世作として知られ、同年度オーストラリア・アカデミー(AFI)賞(現AACTA賞)において作品、監督、脚本、音楽、撮影、さらには主演男優賞にもテレンス・スタンプとウィーヴィング2人同時に主要8部門9候補となり美術賞と衣装デザイン賞を受賞、米アカデミー賞でも唯一、衣装デザイン賞のみだったがノミネイトされ、こちらも見事オスカー受賞に輝いている。映画の公開から12年後にはミュージカル舞台化もされ、2006年のシドニーでの初演が大ヒットし、その後ロンドン、ブロードウェイ、東京でも公演された。

左からガイ・ピアース、ともに同年度豪アカデミー主演男優賞に同時ノミネイトされたテレンス・スタンプ、ヒューゴ・ウィーヴィング
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 テレンス・スタンプ、ヒューゴ・ウィーヴィング、そしてガイ・ピアース演じる3人のドラァグ・クイーンたち(ウィーヴィングとピアースはゲイの役で、スタンプは性別適合手術を受けて女性になった役柄に扮している)が、その名も「プリシラ」と名付けた大型バスに乗り込み、北部準州のリゾート・ホテルでショウを行うためにシドニーからアリス・スプリングスまでオーストラリア大陸横断の旅に出発、道中で起こる悲喜こもごものハプニングやドラマを描いたいわゆる“ロード・ムーヴィー”だ。本作の全米でのヒットを受け、翌95年には3人のアメリカ人ドラァグ・クイーンを描いた“ハリウッド版プリシラ”とも呼べるパトリック・スウェイジ主演のロード・ムーヴィー「3人のエンジェル(To Wong Foo, Thanks for Everything! Julie Newmar)」も製作されたほど。

ドラァグ・ショウのシーンはとにかくド派手(左からガイ・ピアース、
テレンス・スタンプ、ヒューゴ・ウィーヴィング)
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 世界規模でのヒットの要因はさまざまに考えられる。まずは米豪両国の権威ある映画賞を受賞した衣装デザインだ。ドラァグ・クイーンの衣装なので、とにかく派手ではあるが、広大な砂漠の中を走るバスの屋根の上に主演の一人ガイ・ピアースがドラァグ・クイーンの衣装とメイクで座り、オペラを口パクで歌うシーンは、ピアースの衣装が風で大きく後方にひるがえる様が圧巻で、単に華麗な衣装を用意しただけではなく、“見せ方”も抜群だった。サントラもABBAを筆頭に誰もが1曲は知っているであろう新旧ダンス・ミュージックの数々やバラードを取り混ぜ、耳でも十分楽しませてくれる。

映画のポスターにも使用された有名なシーン
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 第2は、オーストラリアという国そのものの観光ヴィデオを観るかのような風景・生活描写にある。国内最大の都市であるシドニーを出発し、カメラは世界遺産シドニー・オペラ・ハウス(世界遺産登録は2007年)をくっきりフレイムに入れつつ、シドニー・ハーバー・ブリッジを渡るバスを空撮でとらえ、内陸部の砂漠地帯、アボリジニの人々がジプシーのように夜ごと満点の星空の下で繰り広げる夜宴、田舎町の荒っぽい男たちや住民の好奇とあからさまな嫌悪の視線など、それぞれの土地とそこで暮らす人々が、フィクションとはいえリアルに描かれる。内陸部の厳しい、だが筆舌に尽くしがたい美しい大自然がスクリーンいっぱいに映し出され、これを見たら誰もがオーストラリアに行きたくなるだろう。

 加えて、主要キャラである3人のドラァグ・クイーンを演じる男優が、いずれもバッチリのキャスティング。英国から招かれて来豪出演のテレンス・スタンプはサイコ・スリラー「コレクター(The Collector)」(65)の主演によりカンヌ映画祭男優賞を受賞しており本作出演の時点でハリウッドでも既に大御所だったが、ともにオージー俳優であるヒューゴ・ウィーヴィングとガイ・ピアースは本作を機にハリウッド映画界にも進出するほどの人気を博し、ヒューゴ・ウィーヴィング(「リベンジャー 復讐のドレス」「虹蛇と眠る女」「リトル・フィッシュ」「ストレンジ・プラネット」「ベイブ<声>」)は「マトリックス」三部作と「ロード・オブ・ザ・リング」三部作、ガイ・ピアース(「ホールディング・ザ・マン—君を胸に抱いて—」「アニマル・キングダム」「月に願いを」)は「L.A.コンフィデンシャル」(97)や「メメント」(00)などで世界的にその名を知られる存在になった。キャスティングに当たっては当初、ウィーヴィングの役にルパート・エヴェレット、ピアースの役はジェイソン・ドノヴァンに出演交渉があったらしく、また、スタンプはこれまでのキャリアで全く演じたことのない役柄(性別適合手術を受けて女性になったドラァグ・クイーン)に躊躇したらしいが、蓋を開けてみたらこの3人以外には考えられないと思えるほど3人とも見事な演技力でそれぞれの役に説得力をもたらし、なりきっている。

 上記3人のほかには、砂漠のど真ん中でバスがエンストしたのをきっかけに3人の助っ人としてバスに乗り込むボブ役のビル・ハンター(「オーストラリア」「ミュリエルの結婚」「ダンシング・ヒーロー」「誓い」)が、映画の中盤以降における重要なキャラクターとして大御所俳優の存在感を示している。また、ミッツィ(ヒューゴ・ウィーヴィング)に電話をかけてドラァグ・ショウをやらないかと声をかけるリゾート・ホテルの女性マネジャーでサラー・チャドウィック(「バッドコップバッドコップ」)演じるマリオンにも注目。マリオン自身の出番は多くはないが、映画の前半部分で実は非常に重要なキャラクターであることが明らかになる。ちなみにステファン・エリオット監督本人もリゾート・ホテルのドアマン役で出演しており、これがなかなかのイケメンで、エリオット監督は同年公開の「ミュリエルの結婚」でもミュリエルの女友達が旅先で知り合う男の子たちのグループの一人として登場しているほか、2011年の監督作品「ア・フュー・ベスト・メン」でもドアに挟まれたネクタイを切られる男性役で顔を出している。

オーストラリア映画界の大御所ビル・ハンターも重要な役どころで出演
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 2017年に同性婚が正式に法律上認められ、世界的に名高いLGBTQ+の祭典シドニー・ゲイ&レズビアン・マルディ・グラが毎年開催されているゲイ大国オーストラリア、今でこそゲイに対するあからさまな差別はほぼなくなったといえるが本作公開の1990年代当時はまだ、特に田舎町では同性愛者に対する偏見が根強く存在していた。道中そのために辛い思いも経験しながらも、基本的に3人はすがすがしいほどにたくましく、観る者に勇気と元気を与えてくれる壮快感に溢れた映画として大勢の人におすすめ。ちなみにゲイをテーマにしたそのほかのオージー映画にいずれも本コーナーで過去に紹介の、実話に基づいたヒューマン・ドラマ「ホールディング・ザ・マン—君を胸に抱いて—」(15)や、本作と同じ94年に公開されたラッセル・クロウがゲイの青年役に挑んだコメディ・ドラマ「人生は上々だ!」、どちらもオージー・ゲイ作家クリストス・チョルカス原作の小説を映画化したドラマ「ヘッド・オン!」(98)とミステリー・ドラマ「デッド・ユーロップ」(12)、そして「ヘッド・オン!」で主人公のゲイの青年役を演じたアレックス・ディミトリアデスがゲイの校長役で主演した連続ドラマ「ザ・プリンシパル」(15)などもあり、機会があればそちらもぜひご観賞を。

【セリフにおける英語のヒント(その1)ミッツィ(ヒューゴ・ウィーヴィング)からのアリス・スプリングスでのショウ出演の誘いを最初は断ったバーナデッド(テレンス・スタンプ)だが、気が変わってミッツィに電話をかけ「公演期間はどれだけなの?」と尋ねると、ミッツィが顔を輝かせて「4週間、最低賃金保証、一晩2回公演、宿泊先提供!」と言うシーンの“最低賃金”は、実際のセリフでは“エクイティ・ミニマム(equity minimum)”という言葉が使われている。オーストラリアには芸能・芸術・報道・出版業界などで働く人々の権利を守る“メディア、エンターテイメント&アーツ・アライアンス(Media, Entertainment & Arts Alliance = MEAA)”という正式名称の組合が存在するが、その名で呼ぶ人はほとんどおらず、“エクイティ”と呼ばれることがほとんど。エクイティはオーストラリアやイギリスでは“俳優組合”を指す言葉でもあり、ドラァグ・ショウを行うミッツィたち“パフォーマー”も含まれる。

【セリフにおける英語のヒント(その2)主要キャラクターのドラァグ・クイーン3人がホテルの部屋で「チューカーズ!(Chookas)」と言って乾杯するシーンがある。舞台などの公演を控えたパフォーマーに「Good luck」という激励の言葉は直接的すぎて逆に不吉であると見なされることから「ブレイク・ア・レッグ(Break a leg)」と言うのが英語圏では一般的だが、チューカーズはそれと同義のオージー・イングリッシュである。

【セリフにおける英語のヒント(その3)女装姿のフェリシア(ガイ・ピアース)がレンタル・ヴィデオ・ショップに行くシーンがあり、店員に借りたいヴィデオとして尋ねたのは日本でもヒットした米ホラー映画「悪魔のいけにえ」(74)である。原題は「ザ・テキサス・チェーンソー・マサカー(The Texas Chain Saw Massacre)」で、最後の“マサカー(Massacre)”は“大虐殺/大量殺人”という意味だが、フェリシアは「『ザ・テキサス・チェーンソー・マスカラ(Mascara)』(のヴィデオ)はあるかしら?」と聞く。ドラァグ・クイーンならではのジョークである。

【セリフにおける英語のヒント(その4)何も知らないボブ(ビル・ハンター)に3人はどんなショウをやるのかと聞かれ、フェリシア(ガイ・ピアース)が正直に「女装して他人の曲に合わせて口パクで踊るの」と答えると、「いわゆるレ・ガールズみたいなやつだな。俺も若いころにシドニーで観たことあるよ。最高だった!」とボブが言うセリフの“レ・ガールズ(Les Girls)”とは、シドニーの繁華街キングス・クロスに実在した有名なドラァグ・ショウ専門のキャバレー・パブのことで、一種の観光名所としてストレート客にも人気だった。

【セリフにおける英語のヒント(その5)ラストに近いシーンで、出発するバスを見送るバーナデッド(テレンス・スタンプ)に向かいバスの中から子役が笑顔で叫ぶ一言が、背景にBGMも重なり日本人には聞き取りづらく、なぜその一言でバーナデッドがムッとした表情を見せるのかが分からないが、子役は年齢を気にするバーナデッドにモロに「さよなら、おばあちゃん!(Bye, Gran!)」と叫んでいるのだ。

STORY
 シドニーでプロのドラァグ・クイーンとしてショウを行うミッツィ(ヒューゴ・ウィーヴィング)は、北部準州アリス・スプリングスのリゾート・ホテルから同ホテルでドラァグ・ショウをやらないかと仕事のオファーを受け、ショウ仲間のバーナデッド(テレンス・スタンプ)とフェリシア(ガイ・ピアース)を誘い、“プリシラ”と名付けた大型バスでシドニーを出発、豪州大陸横断の旅に出る。立ち寄る田舎の町々ではそこに住む人々から怪訝な目で見られたりあからさまな嫌がらせを受けたりもする一方、砂漠のど真ん中でバスが故障して立ち往生した際にはアボリジニたちに助けられ、彼らの素朴な優しさに触れる。相変わらず調子が悪いポンコツバスの助っ人メカニックとして、途中の町で知り合ったボブ(ビル・ハンター)が同乗、一行は無事アリス・スプリングスに到着するが、ミッツィには実はバーナデッドやフェリシアにも隠しているある重大な秘密があり…。