カイリー・ミノーグの劇場映画デビュー作「恋に走って」

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※2023年5月4日更新

恋に走って

The Delinquents

(オーストラリア1989年公開、日本ヴィデオ・ソフト化/101分/MA15+/恋愛ドラマ)

監督:クリス・トムソン
出演:カイリー・ミノーグ/チャーリー・シュラッター/ブルーノ・ロウレンス/メリッサ・ジャファー

(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)

 1987年に歌手デビューしたオージー・アイドル、カイリー・ミノーグ(「ムーラン・ルージュ」)が2年後の89年に主演した、彼女にとっての劇場映画デビュー作となったオーストラリア映画。原作は38歳という若さにして癌により他界したオージー女性作家ディアドレ・キャッシュ(1924〜1963)がクリーナ・ローアンというペンネイムで亡くなる前年の1962年に発表した同名デビュー小説。キャッシュは死の同年に2冊目にして最後の小説を出版、さらに、こちらは日の目を見ることはなかったが病と闘いながら最期まで精力的に執筆活動を行い3冊目の本にも着手していたという。ニュー・ジーランド出身で主にオーストラリアのTVドラマ畑で活躍したこちらも女性のクリス・トムソン(1945〜2015)が監督。

カイリー・ミノーグとチャーリー・シュラッターが新鮮な魅力を振りまく
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まだともに10代のローラ(カイリー・ミノーグ)とブラウニー(チャーリー・シュラッター)は恋に落ち…
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 現在ではオーストラリアを代表する大御所女性ミュージシャンに成長したカイリー・ミノーグだが本作公開当時は21歳になったばかりで、アイドル歌手としてデビューして以来、順調に2枚のアルバムをリリースし、アルバムからのシングルもことごとく世界中で大ヒットさせていた時期でもある。要するに歌手としての人気に乗じて製作された“アイドル映画”なわけで、作品としての評価は当然のように決して高くはなかったが(※原作を気に入ったかのデイヴィッド・ボウイは本作の製作に携わるはずだったが映画化に当たってプロデューサーと意見が合わず手を引き、後に「私が読んだ本と彼らが作ろうとしていた映画は全く別物だった」と語った)、大多数のアイドル映画とは一線を画す完成度を誇っている。

 まず物語が本作公開時の80年代ではなくその30年前の1950年代後半のオーストラリアを舞台にしていることからタイムレスな魅力に溢れていること。次に、これもまたアイドル映画とは思えないほど非常に素晴らしいライティングとカメラワーク、音響が挙げられる。つまり、金をかけなくても売れるアイドル映画(イコール安く上げる傾向が強い)でありながら、金のかかった映画だというのが一目瞭然だ。50年代のオーストラリアをブリスベンが州都であるクイーンズランド州ゴールド・コーストのワーナー・ブラザーズ・スタジオに再現した大がかりなセットにしてもそうだし、リアリティを持たせるために全編スタジオで撮影したわけではなく物語の舞台と同じ同州バンダバーグなどでの現地ロケも抜かりなく盛り込まれている。時代考証のリサーチもしっかりしていて、衣装やヘアメイク、BGMとして流れる当時流行のロックン・ロール・ナンバーなど説得力抜群だ。

 そしてなんといってもヒロイン、ローラ役のカイリーとその相手役としてアメリカから招かれてブラウニー役を演じたチャーリー・シュラッターの2人の存在がある。意外といっては2人に失礼だろうが2人とも“ちゃんとした演技”を見せる。既に21歳だったカイリーが16歳から18歳まで大人へと成長していく少女を演じたわけだから、この場合“等身大の演技”という言葉は当てはまらない。実年齢より若い役柄を、カイリーはブリっ子演技に陥ることなく自然に演じる。カイリーより2歳年上のシュラッターに関してはなおのこと。ちなみにシュラッターは大スターになるには至らなかったが若かりしころ、ジェニファー・アニストンと付き合っていたこともある。

 映画の原題は“不良少年/少女”を意味する“デリンクェント(delinquent)”の複数形で、まさしくローラとブラウニーのことを指しており、ここに掲載の映画のポスターではリーゼント・ルックで革ジャン姿のチャーリー・シュラッターに真っ赤な口紅のカイリーが、まるで1978年の名作ミュージカル映画「グリース」に主演したジョン・トラヴォルタとオリヴィア・ニュートン・ジョンのようだが、「グリース」でニュートン・ジョンが派手なファッションとメイクで登場するのはラスト・シーンだけだし、本作におけるカイリーとシュラッターもこのポスターから想像されるような“スレた”カップルでは一切なくあくまで真面目に純愛するので、派手な格好のポスターの方がより映画の観客動員数に繋がるだろうという映画会社の目論見がポスターに反映されただけとはいえ、このポスターだけを見て蓮っ葉な不良少年少女のチャラい映画だと勘違いして観なかった(観ようとも思わなかった)であろう人も確実にいただろうから、その点、残念ではある。

 そのほかの出演者陣では地元バンダバーグを飛び出したブラウニーが出会う船乗りで、ブラウニーに同じ船での船乗りとしての職を与えてブラウニーのことを可愛がるボサン役のブルーノ・ロウレンスが光る。ロウレンス以外ではローラの母親役にアンジェラ・パンチ・マクレガー(「バッド・コップ、バッド・コップ」)、ブラウニーの母親役にリネット・カラン(「ジャパニーズ・ストーリー」「マイ・マザー・フランク」)、保護観察の身となったローラを一定期間、自宅に住まわせる中年女性役でメリッサ・ジャファー(「マイ・マザー・フランク」「ブライズ・オブ・クライスト」)が登場。

ブラウニー(チャーリー・シュラッター)を息子のように可愛がる船乗りのボサン(ブルーノ・ロウレンス)
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ブラウニーと引き離されたローラ(カイリー・ミノーグ)は友人であるメイヴィスとライル(トッド・ボイス)のカップルの家に住ませてもらい、彼らの赤ん坊もローラによくなつき
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 ストーリー自体は誰が見ても単純で分かりやすく、最初から最後までヒネリなどは何もない。10代の若い男女が恋に落ち、妊娠、中絶、別れ、再会を繰り返していくという、いってみればいつの世にもありがちな青春映画だ。にもかかわらず観る者を最後までぐいぐいと引っ張っていくのは、主演の2人の絶大な魅力と演技力によるもので、決して単に2人が美男美女だからではないのだ。

 日本人でも誰もが知っているプラターズの大ヒット曲「オンリー・ユー」を筆頭に50年代のさまざまなヒット曲のほか、カイリーもオールディーズ・ナンバーのカヴァーである「ティアーズ・オン・マイ・ピロー」を歌い、映画の主題歌としてシングル・カットされUKチャートNo.1を記録した。映画自体もオーストラリア国内では1990年最大の興収を弾き出し、文句なしのアイドル映画といえる。

 ちなみに本作のように原作・監督・主演いずれも女性というオーストラリア映画に、デビュー当時のジュディ・デイヴィスとサム・ニールが共演した「わが青春の輝き」(79)や、グレタ・スカッキとアンソニー・ラパーリアがヒロインの両親役で登場の「アリブランディを探して」(00)、オスカー候補女優ナオミ・ワッツ主演の「美しい絵の崩壊」(13)、オスカー女優ケイト・ウィンスレット主演の「リベンジャー 復讐のドレス」(15)などもあり、機会があればそちらもぜひご観賞を。

STORY
 1957年、ブリスベンが州都であるクイーンズランド州の田舎町バンダバーグに住む少女ローラ(カイリー・ミノーグ)は同じ町の電報配達少年ブラウニー(チャーリー・シュラッター)と出会い、二人は恋に落ちる。ブラウニーの母親の恋人に殴られたブラウニーを慰めるために、こっそりブラウニーの部屋に忍び込んだローラは、その夜を境にブラウニーと深い関係へと踏み出す。ローラは妊娠してしまい、二人はそれぞれの母親に置手紙を残し、汽車に乗って遠い町へと駆け落ちを試みるが…。

「恋に走って」予告編

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