一度観て気づかなければ、必ず二度見したい心理ドラマ(映画「パワー・オブ・ザ・ドッグ」)

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※2022年5月25日更新

パワーオブドッグ

The Power of the Dog

(オーストラリア、日本ともに2021年公開/126分/M/心理ドラマ)

監督:ジェイン・カンピオン
出演:ベネディクト・カンバーバッチ/キルスティン・ダンスト/ジェシー・プレモンス/コディ・スミット・マクフィー

(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)

 豪仏合作映画「ピアノ・レッスン(The Piano)」(93)で仏カンヌ映画祭最高賞に当たるパルム・ドールを受賞した初の女性監督として世界的な注目を集めた、ニュー・ジーランド(NZ)出身だが監督としての初期の活動の場はオーストラリアだったジェイン・カンピオンによる豪・NZ・英・米・カナダの5カ国合作映画で2021年の劇場公開に続き同年末に全世界のNetflixでも一斉配信された心理ドラマ。原作は米国人作家トーマス・サヴェージ(1915〜2003)が1967年に発表した同名小説で(※日本でも映画の公開と同じ2021年に初の邦訳本が角川文庫より出版された)、全編1920年代アメリカの田舎の牧場を舞台に、イギリスの演技派男優ベネディクト・カンバーバッチ、ともにアメリカ人ハリウッド・スターであるキルスティン・ダンストとジェシー・プレモンス、そして「ぼくのエリ 200歳の少女(英題:Let the Right One In)」(08)のリメイク「モールス」(10)の主人公オーウェン役で知られるオージー男優コディ・スミット・マクフィー(「デッド・ユーロップ」)の4人が主要キャラクターを演じた。本作で夫婦役のダンストとプレモンスは実生活でも夫婦で、本作以前にアメリカの連ドラ「FARGO/ファーゴ」の2015年オンエアのシーズン2でも夫婦役を演じたことがきっかけとなり結婚へ至った。撮影はコロナ禍の2020年、アメリカではなく全編NZで行われ、コロナ感染者数拡大によるNZでのロックダウンに伴いいったん撮影がストップしたがその間も上記出演者はほぼ全員NZに留まったといい、ロックダウン解除によって無事撮影再開、クランクアップを迎えた。

各国の映画賞で主演男優賞候補となったベネディクト・カンバーバッチ
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 世界各国の批評家から絶賛され、今年3月27日に授賞式が開催された第94回米アカデミー賞では作品、監督、主演男優(カンバーバッチ)、助演女優(ダンスト)、脚色、美術、音響、撮影、編集、作曲賞など本年度最多の主要11部門12候補となり(助演男優賞にプレモンスとスミット・マクフィーの2人が同時候補に)1部門だけとはいえ栄えある監督賞を受賞、オスカーの前哨戦として知られる米ゴールデン・グローブ賞では主演男優(カンバーバッチ)、助演女優(ダンスト)、脚本、作曲賞など主要7部門にノミネイトされ見事、作品、監督、助演男優賞(スミット・マクフィー)の3部門を受賞。本作のように“合作”ではなく純然たるオーストラリア映画だけを対象にしたオーストラリア・アカデミー(AACTA)賞とは別に、こちらは国を問わずオーストラリアで公開された全作品が対象となるAACTA国際賞でも監督、助演女優(ダンスト)、脚本賞など6部門で候補となり作品、主演男優(カンバーバッチ)、助演男優賞(スミット・マクフィー)の3部門を受賞、それ以外にも世界各国の名だたる映画祭に出品され、そうそうたる数の候補・受賞歴を誇るに至った。

実生活でも夫婦のジェシー・プレモンスとキルスティン・ダンストがジョージとローズの夫婦役で共演
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 オーストラリアも出資した映画だからか、登場人物は全員アメリカ人という設定ながら前述のスミット・マクフィー以外にも牧場主バーバンク兄弟の屋敷のハウスキーパー、ミセス・ルイス役にカンピオン監督作品常連女優ジェネヴィーヴ・スミス(「リベンジャー 復讐のドレス」)、同兄弟の父親役にピーター・キャロル、バーバンク家に雇われているカウボーイの一人にショーン・キーナン(「虹蛇と眠る女」)といった具合にほかにも何人かのオージー俳優も起用されている。また、NZ出身のトーマシン・マッケンジーがバーバンク家のメイド、ローラ役で出演しており、重い雰囲気も漂いがちな本作の中で唯一、キュートな魅力を振りまいている。さらにバーバンク兄弟の母親役にフランセス・コンロイ、そしてこちらは1シーンだけだがバーバンク家での晩餐会に招待される州知事役でキース・キャラダイン、と大御所アメリカ人俳優が脇を固めている。

親子間の愛情を自然な演技によって感じさせる母子役のキルスティン・ダンストとコディ・スミット・マクフィー
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 1925年の米モンタナ州、フィル(ベネディクト・カンバーバッチ)とジョージ(ジェシー・プレモンス)のバーバンク兄弟はもともと裕福な生まれで、父親がビジネスとして始め成功を収めた大牧場を、父が引退して母とともに遠く離れた場所に移り住んで以降、父から受け継いで経営している。バーバンク兄弟の牧場で雇われているカウボーイたちとともに兄弟が牛を移動させる旅の途中で立ち寄った食堂付きの宿を経営する未亡人ローズ(キルスティン・ダンスト)はジョージに見初められ再婚、ジョージの経済的援助によりローズの一人息子ピーター(コディ・スミット・マクフィー)を医大に進学させ学生寮に送り、ローズはジョージが兄フィルと暮らす屋敷に移り住むが、フィルはローズが金目当てで弟と結婚したにすぎないと決めつけローズに冷たく接する。また、夫は優しいが、屋敷にはハウスキーパーやメイドがいるほか何人ものカウボーイを雇い、地元の名士とも交流がある夫の豊かな環境にローズは馴染めず次第に孤立感を募らせる。大学の夏休みで屋敷を訪れたピーターは、以前は酒嫌いだったはずの母ローズが再婚して以来、アルコール依存症になっている事実を知る。一方、最初はピーターのことをなよなよとして女々しいとカウボーイたちと馬鹿にしていたフィルだったが、ある日を境になぜか突然ピーターを可愛がるようになり…というのがストーリーの大筋だ。イギリス人俳優ながら1920年代のモンタナ州で牧場主として生きたアメリカ人に完璧なまでになりきり、イヤ〜な性格のフィルを演じたカンバーバッチの演技が絶賛されているが、ダンスト、プレモンス、スミット・マクフィーの3人も全員見事な演技力で、2時間以上の映画、それも見渡す限り隣家もない辺鄙な田舎を舞台にどちらかというと淡々と描かれる作品でありながら、最後まで飽きさせないカンピオン監督の演出も素晴らしい。余談ではあるが本作で親子役のダンストとスミット・マクフィーはどちらも子役としてまず芸能界デビューし脚光を集め、その後、大人の俳優への転身に成功し、成人俳優としても演技力を高く評価されるに至った数少ない例でもある。

一種のカリスマ性はあるが高圧的なフィル(ベネディクト・カンバーバッチ:左)と、そんな兄の前で時に卑屈にも見えるジョージ(ジェシー・プレモンス)という対照的なバーバンク兄弟
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 現代ではその表現自体が疑問視されている“男らしさ”をフィルは体現していることになるが、ローズやピーターに対する陰湿なまでの言動は“そういう意味での男らしさ”からはかけ離れていて、それ自体がフィルという大いに屈折した人間を形成している要素だといえるだろう。

 孤立して精神的に追い詰められていく新妻というローズ役のダンストは、過去にもソフィア・コッポラ監督の「マリー・アントワネット」(06)で似たような境遇の役柄を演じている。嫁ぎ先のフランス宮廷で「オーストリア女」と陰で呼ばれ冷ややかな視線にさらされ孤立し、また、なかなか世継ぎの子宝に恵まれないことで精神的に追い詰められ、ローズと違って酒ではないものの贅沢に溺れていく王妃マリー・アントワネット役は、正直20代前半当時のダンストの演技力では役不足だったようにも感じられたが、30代後半という円熟した年齢になって挑んだ本作のローズ役は非常に説得力がある。

 ただ、同時に唯一引っかかるのがそのローズのキャラクター設定でもある。もともと内気な性格の女性だったとしても、ローズは物語が始まる4年前に前夫と死別した後、ジョージと再婚するまで女手一つで愛息子ピーターを育て上げ、こちらもほとんどひとりで食堂付きの宿を切り盛りしてきた女性である。ピアノも達者で食堂を訪れる地元の常連客のリクエストに応えて陽気な酔客を前に流行歌を弾いたりしたこともあったということになっているのに、再婚後、州知事夫妻や夫の両親を招いての晩餐会では緊張のあまり一切ピアノが弾けない。やはりそれら地元の上流階級の人たちを前に気の利いた会話もできず終始だんまりを決め込む。家族以外とは話す機会もなかったという田舎娘だったら、玉の輿でセレブ妻となった環境の変化を前に「夫に恥をかかせたくない」と焦る気持ちも分かるのだが、人と接する仕事である宿の、しかも雇われメイドなどではなく経営者という過去を持ちながら、そこまでおどおどするのは腑に落ちない。だが、その点を抜きにすると本作によってダンストは立派に演技派女優の仲間入りを果たしたと誰もが納得する名演を見せている。

フィル(ベネディクト・カンバーバッチ:左)はそれまで小馬鹿にしていたローズの息子ピーター(コディ・スミット・マクフィー)のことをなぜか急に可愛がるようになり…
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 見事なストーリー展開と俳優たちの演技に加え、UKロック・バンド、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドが手がけた時に物悲しく時に不安を煽る音楽と、そんな音楽同様の風景描写をはじめとするカメラワーク、本作のために建てられたバーバンク兄弟の屋敷のセットなどもセットとは思えないほどリアルで素晴らしい。

 観終わった時に本作の一番肝心な、とある“伏線”に一切気づかないまま「いやあ、いい映画だった」と思う人もいるだろう。何を隠そう記者がそうだった。二度見して初めて気づいた記者のような鈍感な人のためにヒントを教えると、牛や馬などの家畜に発生する伝染病で人間にも皮膚の傷口などから伝染する“炭疽症(anthrax)”がそれだ。その伏線を踏まえると、映画の冒頭のスミット・マクフィー扮するピーターのモノローグがすべてを物語っているし、その後も彼の行動に注意して観ることをおすすめ。だが、それでも気づかなければ二度見すればいいだけだし、初めて観た際に気づかなかった人は2回目に「え、そういうことだったの!?」と思えるという意味では2度楽しめる映画でもある。

 もう一点、本作はヴェネツィア国際映画祭でも監督賞に相当する銀獅子賞を受賞したほか、最高賞である金獅子賞とクィア獅子賞にもノミネイトされた。クィア獅子賞とはLGBTをテーマにした、またはそれに関連した登場人物が出てくる作品が対象になっている。こちらもネタバレを避けるため、どういうことなのかはやはり観てのお楽しみ。

 これまた全くの余談ではあるが、映画の中でローズが作りバーバンク兄弟とカウボーイたちが食べる1920年代当時のアメリカのフライド・チキンはどんな味だったんだろう、KFCに近いのかなあなどと思ったのは記者だけだろうか? ふと、日本の唐揚げではなくフライド・チキンが食べたくなった記者だった。

STORY(※本作のストーリーについては上記本文に掲載!)

「パワー・オブ・ザ・ドッグ」日本予告編

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