※2022年11月22日更新
「英雄モラント/傷だらけの戦士」
Breaker Morant
(オーストラリア1980年公開、日本1987年ヴィデオ・ソフト化/104分/PG/実話に基づいた歴史ドラマ)
監督:ブルース・ベレスフォード
出演:エドワード・ウッドワード/ジャック・トンプソン/ブライアン・ブラウン/ルイス・フィッツ・ジェラルド/チャールズ‘バッド’ティングウェル
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米アカデミー作品賞と主演女優賞を受賞したアメリカ映画「ドライビングMissデイジー」(89)で世界的にその名を知られるオージー監督ブルース・ベレスフォード(「しあわせの百貨店へようこそ」)がハリウッド進出を果たすきっかけとなったオーストラリアの軍事裁判ドラマ映画で、1901年の南アフリカを舞台にしつつ全編南オーストラリア州で撮影された。同年度オーストラリア・アカデミー(AFI)賞(現AACTA賞)では主要10部門13候補となり(※主演男優賞に2人、助演男優賞に3人が同時ノミネイションを受けた)、作品、監督、主演男優(弁護人役のジャック・トンプソン)、助演男優(裁かれる3人の軍人の一人を演じたブライアン・ブラウン)、脚本、音響、美術、衣装デザイン、編集、撮影賞、とノミネイトされた全部門を制覇した。海外でも高く評価され、カンヌ映画祭の最優秀作品賞に当たるパルム・ドール及びジャック・トンプソンがここでは助演男優賞候補となり、トンプソンが見事受賞。残念ながらパルム・ドールは逸したが、黒澤明監督の「影武者(英題:The Shadow Warrior)」と「オール・ザット・ジャズ」が同賞を同時受賞した同年度にノミネイトされただけでも大変名誉なことだといえるだろう。また、米アカデミー賞でも脚色賞候補となった。
軍事裁判にかけられる3人のオーストラリア軍人(左からいずれも同年度豪アカデミー助演男優賞候補のルイス・フィッツ・ジェラルド、同助演男優賞受賞のブライアン・ブラウン、同主演男優賞候補のエドワード・ウッドワード)
3人の弁護人を演じ豪アカデミー主演男優賞とカンヌ映画祭助演男優賞を受賞したジャック・トンプソン
映画「ジャッカルの日(The Days of the Jackal)」(73)の脚本を手がけたケネス・ロス原作の史実に基づいた戯曲の映画化で、第二次ボーア戦争下における3人のオーストラリア軍人の戦犯を問う軍事裁判劇中心のストーリー展開だが、そもそも日本人にとってはボーア戦争自体、あまり馴染みがないだろう。その昔、現在の南アフリカに入植しトランスヴァール共和国とオレンジ自由国を建国したオランダ人たちのことを“ボーア人”と呼び、第二次ボーア戦争は両国に対して英国が仕掛けた侵略戦争で、1899年から1902年にかけて繰り広げられた。両国は同盟を結んで英軍に対抗、素人軍人の寄せ集めにすぎなかったボーア軍だったがゲリラ戦に長け英軍を手こずらせ、わずか2万のボーア軍相手に英国側はオーストラリア、ニュー・ジーランド、カナダの英連邦軍も含む50万の大軍を派遣したほど。結局1902年にボーア軍が敗れて両国は英国の支配下に置かれ、1910年に南アフリカ連邦の建国へと至る。
世界史上、第二次ボーア戦争は英国の最も恥ずべき侵略行為といわれていて、命令を受けずに多数のボーア軍捕虜を処刑したとしてその罪を問われる実在の3人の豪軍人は、いわばスケイプゴート的な存在だというのが物語のキーとなる。映画はもともとが舞台劇だった原作ならではの裁判シーンとそこで取り上げられる事件のフラッシュバック・シーンを交互に挟んで進む。
ふんだんに盛り込まれる裁判シーン(左からルイス・フィッツ・ジェラルド、ブライアン・ブラウン、エドワード・ウッドワード、ジャック・トンプソン)
人間ドラマを描かせると天下一品の巨匠ベレスフォード監督は、本作でも被告人となった3人に昨日までの味方が次々に不利な証言をしていく中、3人の怒りや焦燥、法廷で激しくやり合う弁護人と検察官の様子を緊迫感を盛り上げつつ、だが同時に人間味溢れる描写によって展開させる。
ほとんどの登場人物が実在し、裁かれる3人の豪軍中尉は、軍人になる以前の職業が馬の調教師(breaker)だったことから当時の新聞報道などでも“調教師モラント(Breaker Morant)”として知られるタイトル・ロールのモラント中尉役に英国から招かれて撮影参加の名優エドワード・ウッドワードを筆頭に、ブライアン・ブラウン、ルイス・フィッツ・ジェラルドが演じる。中でも日本人に最も馴染みがあるのはブライアン・ブラウン(「パーム・ビーチ」「オーストラリア」「トゥー・ハンズ/銃弾のY字路」「デッド・ハート」)で、本作の後、「F/X 引き裂かれたトリック」(86)や「カクテル」(88)などでハリウッドでもその名を知られるに至った。3人の中で最も若手のルイス・フィッツ・ジェラルド(「デッド・ハート」)はキリリとした正統派のハンサムでデビュー早々本作での演技が認められ豪アカデミー助演男優賞候補となったが、残念ながら本作の後は主役級の役柄は少なく、とはいえコンスタントにさまざまな映画やTVドラマに出演している。フィッツ・ジェラルド以外の2人もウッドワードが同年度豪アカデミー主演男優賞に、ブラウンが助演男優賞にノミネイトされ、ブラウンが受賞。
3人の弁護人となるトーマス少佐役でこちらも豪アカデミー主演男優賞を受賞したジャック・トンプソン(「華麗なるギャツビー」「オーストラリア」「人生は上々だ!」「サンデイ・トゥー・ファー・アウェイ」)も、本作によるカンヌ助演男優賞受賞を機にハリウッドに進出、大島渚監督の「戦場のメリー・クリスマス(Merry Christmas Mr. Laurence)」(84)にも出演しているほか、「スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃(Star Wars: Episode II Attack of the Clones)」(02)のクリーグ・ラーズ役などでお馴染み。米オスカー作品賞と監督賞を受賞したスティーヴン・スピルバーグ監督の93年のアメリカ映画「シンドラーのリスト(Schindler’s List)」は、トンプソンが主人公シンドラー役でほぼ決まりかけていたが最終段階でリーアム・ニーソンが起用され、トンプソンは後年、当時を振り返って「残念だった」と語っている。
3人が収容されている独房は中央に見えるように高い塀に仕切られているとはいえそれぞれのドアが廊下ではなく陽の当たる中庭に面していて自由時間なども与えられている
主要キャラを演じた俳優たちはもちろんいずれも存在感ある演技を見せ、前述の4人の主要キャラを演じた俳優以外もデニー中佐役で豪アカデミー助演男優賞候補となったチャールズ‘バッド’ティングウェル(「ザ・ウォグ・ボーイ」「ザ・キャッスル」)とジェイソン・ドノヴァンの実父テレンス・ドノヴァンという当時既に大御所だった2人に、若かりしころのジョン・ウォーターズやクリス・ヘイウッド(「シャイン」「ミュリエルの結婚」)といった具合に演技派オージー男優陣が脇を固め、映画に深みをもたらしている。
豪アカデミー助演男優賞候補となったデニー中佐役のチャールズ‘バッド’ティングウェル
ジェイソン・ドノヴァンの実父として知られるハント大佐役のテレンス・ドノヴァン
テイラー大佐役のジョン・ウォーターズ
シャープ伍長役のクリス・ヘイウッド
ボーア戦争最中の戦地における軍事裁判劇ということもあり女性の登場シーンは少ないながらも、裁かれる3人が遠い祖国オーストラリアに残してきた妻子を、婚約者を、父母を思い出す回想シーンが非常に効果的に挿入されている。祖国からはるかかなたの地、南アフリカで裁判を受ける身となった3人は果たして祖国へ無事帰ることができるのか? そもそも彼らは大英帝国のために、それとも祖国のためにこの戦争を戦ったのか? 物語はクライマックスへ向けて大きな盛り上がりを見せ、そして意外な結末を迎える。
STORY
第二次ボーア戦争が終局に近づいた1901年、大英帝国軍の援軍として従軍したいずれもオーストラリア軍の騎兵隊の中尉であるモラント(エドワード・ウッドワード)、ハンドコック(ブライアン・ブラウン)、ウィットン(ルイス・フィッツ・ジェラルド)の3人は、ハント大佐(テレンス・ドノヴァン)をボーア軍に殺害された恨みから命令を受けずして多数のボーア軍捕虜を処刑した罪に問われ、軍事裁判にかけられることになる。3人はすべては亡き隊長の命令であったと主張し、3人の弁護人トーマス少佐(ジャック・トンプソン)も鮮やかな弁舌を展開するが、テイラー大佐(ジョン・ウォーターズ)を筆頭に証人喚問を受けるほかの隊員たちからは次々に不利な証言が出されていき…。
「英雄モラント/傷だらけの戦士」予告編