ギリシャ系ゲイ青年の複雑なアイデンティティ(映画「ヘッド・オン!」)

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※2021年9月13日更新

ヘッド・オン!

Head On

(オーストラリア1998年、日本2000年公開/104分/R18+/ゲイ・ドラマ)

監督:アナ・コッキノス
出演:アレックス・ディミトリアデス

(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)

 オージー作家クリストス・チョルカスが1995年に発表したデビュー小説「ローディッド」を、オージー女性監督アナ・コッキノス(「パルス」)が映画化、同年度オーストラリア・アカデミー(AFI)賞(現AACTA賞)では受賞こそ編集賞のみだったが作品、監督、主演男優(主人公アリ役のアレックス・ディミトリアデス)、助演男優(アリの友人で女装癖を持つジョニー役のポール・カプシス)、脚色、作曲、衣装デザイン、音響賞の主要9部門にノミネイトされた。海外でもカンヌ映画祭を筆頭に多数の映画祭に出品され、日本でも2年後の2000年、第9回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭(現レインボー・リール東京)にて上映された。

ギリシャの民族舞踊をバシッと踊りこなすアリ(アレックス・ディミトリアデス)
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 幼いころ両親に連れられてメルボルンへ移住してきたギリシャ系青年アリの姿を描いたドラマ映画で、アリを演じるアレックス・ディミトリアデス(「ザ・プリンシパル」)自身、ギリシャ系両親の下にオーストラリアで生まれ育った2世であることから非常に説得力のある、だが撮影当時24歳の背伸びしない等身大の演技を見せている。アリはギリシャ系であるだけでなく、ゲイでもあるという二重のアイデンティティ問題に苦悩する青年という役どころで、原作のチョルカス、監督のコッキノスどちらもギリシャ系かつ同性愛者であることをカミング・アウトしており、ストーリー展開も演出もとても自然だ。チョルカス原作の別の小説の映画化作品に、やはりギリシャ系ゲイ青年が主人公の「デッド・ユーロップ」(12)もあり、同映画で主人公の父親役を演じたウィリアム・ザッパは本作では主人公の友人ジョニーの父親役で登場し、どちらも役名はヴァシーリー。また、アリの父親役でトニー・ニコラコポロス(「イースト・ウエスト101 ②」)が出演しており、ザッパとニコラコポロスは主役級の役柄こそ少ないものの、どちらも数多くのオーストラリア映画/同TVドラマで活躍するギリシャ系オージー男優として知られる。

 もう一人、アリの友人で映画の後半、実は彼もゲイだったと分かるショーン役のジュリアン・ガーナーは2017年の連ドラ「パルス」でも妻子がありながら男性とも性行為を持つ役柄で出演。

メルボルンに住むギリシャ系オージーであると同時にゲイでもあるという二重のアイデンティティ問題に苦悩するアリ(アレックス・ディミトリアデス)
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 ストーリーそのものには大きな起承転結があるわけではなく、ドラッグとセックスに溺れひたすら落ちていくアリを追う形で進行する。ディミトリアデスはもともと学園ドラマ出身でそれまでどちらかといえばアイドル色が強かったが、本作では性器まではっきりと映る全裸でのマスターベイション・シーンにも挑戦し、見事アイドルからの脱皮に成功した。ギリシャ系だからもともと踊れたのか、ギリシャの民族舞踊もバシッとこなしており、アリが踊るシーンが何度も出てくる。ディミトリアデス自身はゲイではないが、本作の劇場公開後、彼宛にゲイのファンからストーカーまがいのファン・レターが届いたほどで、ゲイが見てもゲイだと信じ込ませるに足る熱演だったという証明になるだろう。本作の17年後にはディミトリアデスが再度ゲイの役柄で主演した連続ドラマ「ザ・プリンシパル」(15)もオンエアされた。

アリ(アレックス・ディミトリアデス:写真右)は友人ショーン(ジュリアン・ガーナー)もゲイだったことを知り…
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 本作が公開された98年当時は既に、特にシドニーやメルボルンなどの大都市ではゲイが世間一般に受け入れられていたので、メルボルンに住みながらゲイであることに悩む青年の図というのはナンセンスだろうが(※世界的に有名なLGBTQ+の祭典シドニー・ゲイ&レズビアン・マルディ・グラも98年には開催20周年を迎えている)、ここでは現在もゲイの存在に否定的な、家族の絆を重んじるギリシャ系というのがキーとなっている。本作の2年後、こちらはイタリア系移民の家に生まれた少女のアイデンティティ探求をテーマにした別のオージー映画「アリブランディを探して」が世に出たが、さわやかな青春映画とも呼べる「アリブランディ〜」とは違って、二重のアイデンティティ問題を抱える青年を描いた本作は、より複雑かつダーク、そしてヘヴィである。アリの自暴自棄に近い不特定多数の男性との行きずりの性行為、仕事もせずコカインやヘロインなどドラッグに溺れクラブで踊るだけの無為の日々など、ルーザーと言ってしまえばそれまでなのだがルーザーとしてバッサリ切り捨てるにはあまりにも気の毒な、出口のない状態にもがく主人公の姿が巧みに描写される。

 唯一、どういう意図あってか、アリが性行為を持つ不特定多数の男性というのが、ラストに近い最後の一人を除き、そろいもそろって醜悪なルックスである。丸々と太ったアジア系男性や、老人に近いみすぼらしい外見の男性などで、醜悪な見た目の相手との性行為によって観客に、よりアリが落ちていく様をグロテスクに見せたかったのかもしれないが、いくらなんでもという印象を拭えず、その点だけ不自然な違和感が残る。

 アリの友人で女装癖を持つジョニー役を演じ豪アカデミー助演男優賞にノミネイトされたポール・カプシスも、やはりグロテスクな女装ぶりが強烈だが、こちらはグロテスクだからこそ切なく、観る者の胸を打つ。

アリの友人で女装癖を持つ、こちらもギリシャ系ゲイのジョニー役で豪アカデミー助演男優賞候補となったポール・カプシス
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 ちなみにゲイをテーマにしたそのほかのオージー映画にいずれも本コーナーで過去に紹介の、冒頭でも触れたが本作と同じクリストス・チョルカス原作のミステリー・ドラマ「デッド・ユーロップ」(12)のほか、日米を含む世界規模でヒットしたヒューゴ・ウィーヴィングとガイ・ピアース出演のコメディ・ドラマ「プリシラ」(94)、実話に基づいたヒューマン・ドラマ「ホールディング・ザ・マン—君を胸に抱いて—」(15)、ラッセル・クロウがゲイの青年役に挑んだヒューマン・コメディ「人生は上々だ!」(94)、前述の通り本作のアレックス・ディミトリアデスが再度ゲイの役柄で主演した連続ドラマ「ザ・プリンシパル」(15)などもあり、機会があればそちらもぜひご観賞を。

【名称が登場する実在のナイトクラブ】名前だけだが映画の中で登場人物の口から出てくる“シェヴロン(Chevron)”と“スリー・フェイシズ(3 Faces)”はどちらも本作の公開当時メルボルンに実在した有名なナイトクラブで、シェヴロンはストレートの若い男女に、スリー・フェイシズはゲイに人気のクラブだった。

Story

 ギリシャ系両親の下に生まれ、幼いころ両親に連れられてメルボルンへ移住してきた青年アリ(アレックス・ディミトリアデス)は、実はゲイであることを周囲に隠していて、不特定多数の男性とのセックスとドラッグに溺れる毎日。母親や妹とは良好な関係だが、仕事にも就かずフラフラしているアリに父は早く職を見つけ、結婚して身を固めろと迫る。アリはゲイであることだけでなくギリシャ系に生まれついたことにもある種の嫌悪感を感じているが、だからといって自分に何ができるかということも分からず…。

映画「ヘッド・オン」予告編

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