※2023年5月4日更新
「月に願いを」
Dating the Enemy
(オーストラリア1996年公開、日本ヴィデオ・ソフト化/97分/M15+/ロマンティック・コメディ)
監督:ミーガン・シンプソン・ヒューバーマン
出演:クローディア・カーヴァン/ガイ・ピアース/マット・デイ/リサ・ヘンズリー/ピッパ・グランディソン
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「プリシラ」(94)でブレイクしたガイ・ピアース(「ホールディング・ザ・マン—君を胸に抱いて—」「アニマル・キングダム」)が、ハリウッド進出作「L.A.コンフィデンシャル」(97)の前年に主演したオーストラリアのロマンティック・コメディ映画。ピアースの相手役かつもう一人の主演は、当時から現在に至るまで実に20年以上にわたり全豪TVドラマ界における高視聴率クイーンの座に君臨し続けているクローディア・カーヴァン(「ストレンジ・プラネット」「ペイパーバック・ヒーロー」)で、同年度オーストラリア映画協会(AFI)賞(現オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞)ではカーヴァンが本作から唯一の候補者として主演女優賞にノミネイトされた。高視聴率クイーンの異名を誇るからには当然、カーヴァンは映画よりTVドラマへの出演のほうが目立つが、本作のほかにもヒュー・ジャックマンと共演した「ペイパーバック・ヒーロー」(99)やヒューゴ・ウィーヴィングと共演した「ストレンジ・プラネット」(99)など劇場映画にも何本か出演している。本作だけでなく「ペイパーバック・ヒーロー」「ストレンジ・プラネット」いずれも、それぞれの共演者でまだハリウッド進出前だったガイ・ピアース、ヒュー・ジャックマン、ヒューゴ・ウィーヴィングより先に名前がクレジットされるトップ・ビリングを飾るのは、カーヴァンがそれだけ当時から売れっ子だった証拠(※本作の本編オープニング・クレジットではカーヴァンとピアースは左右並列だが、この画面一番上に掲載のポスターなどではカーヴァンがピアースの名前の上にクレジットされた)。
ガイ・ピアースとクローディア・カーヴァン
ストーリーは大林宣彦監督の名作「転校生」(82)や、メグ・ライアンとアレック・ボールドウィン主演の「キスへのプレリュード(Prelude to a Kiss)」(92)などと同じような男女の肉体入れ替わりもののファンタジー・ドラマだ。ある満月の夜、元恋人同士だったブレット(ガイ・ピアース)とタッシュ(クローディア・カーヴァン)の身体が入れ替わってしまうというもので、ピアースが女性(タッシュ)、カーヴァンが男性(ブレット)の心を持つキャラクターをそれぞれ演じる。
男女の肉体が入れ替わったことから演じられるドタバタ劇も見どころ
「プリシラ」のドラァグ・クイーン役で見せた強烈なインパクトがハリウッド進出へと繋がったピアースの本作での女役は、なぜかあれほど自然だった「プリシラ」の時と比べると多少やりすぎの気がするものの、とりあえず無難にこなしている。
肉体が入れ替わる前のブレット(ガイ・ピアース)は自分大好き人間
特筆すべきはカーヴァンの男役演技で、親指を立てるOKサインや男になりきった言動が、宝塚の男役トップ・スターも顔負けなほど板についていて見事。本作での髪型や服装などの外見は女性のままなのだが、もともと非常に目鼻立ちの整った化粧映えする美人で、アップになった時の表情は凛々しいの一語に尽きる。
クローディア・カーヴァン
コメディであることに加えピアースとカーヴァンは本作の3年前に別のオージー映画「マイ・フォーゴトゥン・マン」(93)でも共演歴があることから、本作では二人ともいかにも楽しんで撮影に望んだであろう様子が伝わってくるし、ピッタリ息の合った演技を見せる。
そのほかの出演者では、「ミュリエルの結婚」(94)でトニ・コレット扮するミュリエルに思いを寄せる男性役を演じたマット・デイがブレットの親友でありながら実はタッシュに恋心を抱いているロブ役、対するタッシュの親友でブレットのことをろくでもない男だと毛嫌いしているラティーシャ役に日本でも(なぜか)ヴィデオ・ソフト化されたオージーB級ホラー映画「鮮血の13階(The 13th Floor)」(88)のヒロイン役だったリサ・ヘンズリー(「ペンギンが教えてくれたこと」「パーム・ビーチ」「ブライズ・オブ・クライスト」)、こちらも「ミュリエルの結婚」で親友の男を寝取る役を演じたピッパ・グランディソン(「ブライズ・オブ・クライスト」)がここでも隙あらばブレットを誘惑しようとたくらむコレット役、そしてブレットがプレゼンターを務めるTV音楽番組のプロデューサー役で舞台での活躍も目立つ演技派ジョン・ハワード(「ジャパニーズ・ストーリー」「クライ・イン・ザ・ダーク」「ブッシュ・クリスマス」)が脇を固めている。また、オージー・ミュージシャンのクリスティン・アヌーがカメオ出演、全豪トップ20入りを果たした彼女の95年のヒット曲「パーティ」が本作でも船上パーティのシーンでバックに流れる。さらに、カイリー・ミノーグとオージー・ロック・バンドINXS(インエクセス)の故マイケル・ハッチェンスを思いきり意識した架空のキャラも、実生活でのミノーグ&ハッチェンスと同じく“かつて付き合っていた有名ミュージシャン同士”という設定で登場する。
ブレット(ガイ・ピアース)をあの手この手で落とそうとするコレット(ピッパ・グランディソン)
撮影は全編シドニーで行われ、オープニングのイルミネイションで飾られた夜のハイド・パークの並木道、パディントン・マーケットやオックスフォード・ストリート、そしてポッツ・ポイントから見た海景色ウルムルー・ウォーフを含むシティの景観などが随所に出てくるのも見どころ。
生まれてこのかた全く体験したことのない逆ジェンダーになったことからくるドタバタ喜劇が描かれていくわけだが、ホロリとさせられるシーンもちゃんと用意されている。性格も趣味も全く異なる男女が出会い、なぜか恋に落ちたまではいいが、結局お互い相手のことを全く理解できず、またしようともせずケンカ別れしてしまい、そんな二人が、肉体が入れ替わったことにより初めて、文字通り“相手の身になって”物事を考えられるようになっていく過程が興味深い。
ヴァレンタインデイに出会い翌年のヴァレンタインデイに別れるという冒頭の設定は、特にヴァレンタインの時期の観賞にぴったり。最近、パートナーとの関係がギクシャクしているという人は特に、“相手の身になって”という、分かってはいるけれどついつい見過ごしてしまいがちな点をもう一度見つめ直すためにもぜひとも観てほしい映画。きっと優しい気持ちになれるはず。
【余談】記者はクローディア・カーヴァンに何度か会ったことがある。会ったといってもいずれも映画関係者のパーティだったので、短い会話を交わしただけだが、映画やドラマで見るまま、とてもフレンドリーな女性だった。
【無理矢理っぽいシーン】ブレット(ガイ・ピアース)とタッシュ(クローディア・カーヴァン)が初めて出会うシーンで、タッシュは頭にニット帽を被り分厚いコート姿に手袋まで着用という完全真冬の服装だが、この日は2月14日ヴァレンタインデイ、つまり南半球オーストラリアでは真夏である。タッシュは「とても寒いの」とは言うが、いくらなんでも真夏にこんな格好をしているオーストラリア人はいない。おそらく本作の北半球諸国での公開を見越して、ヴァレンタインデイは冬であるという北半球の人々のイメージを壊さないよう無理矢理こういう設定にしたのではないかと思われる。
STORY
TVのポピュラー音楽紹介番組の人気プレゼンター、ブレット(ガイ・ピアース)と、新聞の科学関連記事担当のジャーナリスト、タッシュ(クローディア・カーヴァン)は、ヴァレンタインデイに出会い、電撃的に恋に落ちて付き合い始めるが、お互い性格も趣味も全く異なり結局、翌年のヴァレンタインデイに別れる。別れて間もないある満月の夜、二人はそれぞれ付き合っていたころの互いの夢を見る。目覚めた時には二人の肉体が入れ替わっており…。
「月に願いを」予告編