ヴァレンタイン・デイに忽然と姿を消した美少女たち

picnic_poster1802ピクニックatハンギングロック

Picnic at Hanging Rock

(オーストラリア1975年、日本1986年公開/107分/PG/ミステリー)

監督:ピーター・ウィアー
出演:アン・ルイーズ・ランバート/レイチェル・ロバーツ/ヘレン・モース/ジャッキー・ウィーヴァー/ジョン・ジャラット

 オージー監督ピーター・ウィアーが国際的な注目を集めた出世作として知られるだけでなく、それまで低迷気味だったオーストラリア映画界を一躍活気づけるきっかけとなった最初の映画のひとつとして1975年に全豪劇場公開、日本でも遅れること11年後の86年に封切られた不朽の名作。オージー女性作家ジョーン・リンゼイ(1896~1984)が1967年に出版した同名ミステリー小説の映画化で、植民地時代最後の年である1900年のオーストラリアを舞台に非常に格調高い文芸作品に仕上がり、同年度オーストラリア・アカデミー(AFI)賞(現AACTA賞)では残念ながらいずれも受賞は逸したとはいえ作品、監督、脚本、撮影、主演女優(ヘレン・モース)、助演男優(トニー・ルウェリン・ジョーンズ)、助演女優賞(アン・ルイーズ・ランバート)の主要7部門で候補となった。映画の公開から40年以上を経て2018年、オーストラリアの有料放送フォックステル系列のショウケイスが初めてリメイク、1話1時間・全6話の連続ドラマとして5月に全話一斉配信した。

絵画的な映像美にも注目
picnic_main1802.png

 物語は1900年2月14日の聖ヴァレンタイン・デイ、メルボルンが州都として知られるヴィクトリア(VIC)州郊外にあるハンギング・ロックへ地元の名門女学院の生徒たちが同校の女性教師2人に引率されてピクニックへ出かけた際、生徒3人と教師のひとりが忽然と姿を消してしまうというミステリー・ドラマだ。ハンギング・ロックとその近くにある田舎町ウッドエンドなど実在の場所を舞台にしていることと、1900年には原作者リンゼイが既に生まれていたという事実がリアルで、同じVIC州出身のリンゼイが幼かったころに実際に起こった失踪事件を基にしていると長らく世界中で信じ込まれていた。リンゼイ本人がその問いに死ぬまで口を閉ざしたことから、本作の持つミステリー性がさらに高まったが、現在では完全なるフィクションであることが明らかになっている。

ピクニック先での昼食後、「すぐ戻りますから」と教師の許可を得て集団から離れた少女たちだったが…(左から2人目がミランダ役のアン・ルイーズ・ランバート)
picnic1802-1.png

 撮影は、ハンギング・ロックでのシーンは実際に現地で行われた。メルボルンの北西約70キロの地点にあるハンギング・ロックは、600万年以上前にマグマが地表に押し上げられてできた岩山で、映画のヒットによって観光名所となっている。一方、全寮制の名門女学院という設定で監督の気に入る物件がVIC州内になかったせいか、それとも南オーストラリア(SA)州政府が本作の出資団体のひとつだったからか、女学院のシーンはわざわざSA州で撮影された。19世紀後半に建てられたジョージアン様式のその大邸宅マーティンデイル・ホールは、映画の時代背景に合致しているだけでなく良家の子女が集う女学院として文句なしのエレガントな雰囲気を漂わせ、結果としては映画に十分な深みを与えた。建築様式は異なるが真四角のファサードがフランスのヴェルサイユ宮殿の敷地内にある離宮プティ・トリアノンを彷彿させ、この建物内部も現在一般公開されている。

全寮制のアップルヤード女学院の建物として使用されたSA州にある大邸宅
picnic1802-6.png

 主要キャラクターには、亡き夫の姓を冠したアップルヤード女学院の院長である厳格なアップルヤード夫人役に英国から故レイチェル・ロバーツを招き、植民地時代最後の年であると同時にヴィクトリア朝最後の年でもある時代設定にぴったりの存在感を示し、堂々のトップ・ビリング(※映画の一番最初に名前がクレジットされること)を飾る。ちなみにロバーツは、日本人には本作の前年に出演した「オリエント急行殺人事件(Murder on the Orient Express)」(74)のロシア公妃に仕える忠実なメイド役でお馴染み。

アップルヤード女学院の厳格な院長役に英国から招かれて出演のレイチェル・ロバーツ
picnic1802-3.jpg

 優しく繊細なフランス語教師マドモワゼル・ドゥ・ポワティエ役には、本作で豪アカデミー主演女優賞にノミネイトされたヘレン・モースがオージー女優ながらフランス語訛りの英語でこちらもリアリティをもたらしている。

フランス語教師マドモワゼル・ドゥ・ポワティエ役で豪アカデミー主演女優賞候補となったヘレン・モース(左)と、ピクニック先で失踪してしまう数学教師ミス・マクロウ役のヴィヴィアン・グレイ
picnic1802-4.png

 また、「アニマル・キングダム」(10)で米アカデミー賞にノミネイトされたのが還暦を過ぎてからなので海外市場では“遅咲き”ではあるが、オーストラリア国内では71年の銀幕デビュー作で早々に豪アカデミー主演女優賞を受賞していた実力派でもある若き日のジャッキー・ウィーヴァーが女学院のメイド、ミニー役に扮している。名門女学院の上品なお嬢様たちと、とりすました女性教師ばかりの中で、午後のヒマな時間帯に同じく女学院の使用人として働く恋人のトムとこっそりエッチしたりする人間味溢れるミニー役を好演。

 唯一、ミニーの恋人トム役で豪アカデミー助演男優賞候補となったトニー・ルウェリン・ジョーンズに関して、もちろん演技的には何の文句もないのだが、トムはどちらも短い2シーンほどしか出番がない。例えば失踪した少女たちを懸命に探す英国人青年マイケル役としてレイチェル・ロバーツ同様、英国から招かれて撮影に参加したドミニク・ガードや、マイケルの叔父の屋敷で使用人として働くアルバート役のジョン・ジャラット(「オーストラリア」)など、ほかにもっと物語に絡む重要な役どころで出演した男優が何人かいた中(特にアルバートは後半で、とある登場人物との意外な関係が明らかになる)、ドミニク・ガードは英国人だから候補対象外とされたとしても(※レイチェル・ロバーツも同様の理由で主演女優賞候補になれなかったと思われるが、後年にはトニ・コレット主演の2003年の映画「ジャパニーズ・ストーリー」でコレットの相手役として共演した日本の綱島郷太郎が同賞主演男優賞にノミネイトされるなど外国人俳優にも門戸が開かれている)、なぜジョン・ジャラットではなくジョーンズが助演男優賞候補に選ばれたのか解せない部分もある。

ジャッキー・ウィーヴァー(右)と、本作で豪アカデミー助演男優候補となったトニー・ルウェリン・ジョーンズ
picnic1802-5.jpg

 だがなんといっても本作のある意味での本当のヒロインは、失踪してしまう少女のひとりミランダを演じ豪アカデミー助演女優賞候補になったアン・ルイーズ・ランバート(「ハウス・オブ・ボンド」)だろう(※本作公開時はミドル・ネイムのルイーズなしのアン・ランバートとクレジットされた)。原作者リンゼイが撮影現場を訪れた際、その場に生徒役の女優たちが何人もいた中で真っすぐランバートのもとへ歩み寄り「あなたがミランダね」と声をかけたというエピソードもうなずけるほど絶世の美貌を誇り、しかもミランダは失踪するので映画の最初の30分しか登場しないにもかかわらず、観る者の脳裏に鮮明にその印象を焼き付ける。“残像”と例えてもいいかもしれない。最初は頭の中でシャッターが押されたようにくっきりしていてそのうちぼやけていく残像、だが記憶の糸をたぐるとまたはっきりした姿を見せる、そんな奇跡的ともいえるファンタジー性を見事に体現し、映画を成功へと導いている。ランバートは本作を機に英国映画TV界にも進出、15〜16世紀イタリアを舞台にした英国の連ドラ「ザ・ボルジアズ」(81)では世紀の美女と呼ばれた実在の人物ルクレツィア・ボルジア役を射止めたほか、日本でもヒットしたピーター・グリーナウェイ監督の映画「英国式庭園殺人事件(The Draughtsman’s Contract)」(82)でも主要キャストのひとりに起用された。

スクリーンをさらう絶世の美貌とファンタジー性から本作で豪アカデミー助演女優賞にノミネイトされたミランダ役のアン・ルイーズ・ランバート
picnic1802-2

 もちろん、本作の撮影時まだ10代の少女だったランバートの魅力をそこまで引き出した功労者はピーター・ウィアー監督である。本作の後、メル・ギブソン主演の「誓い(Gallipili)」(81)を経て一気にハリウッドに進出すると同時にヒット作を連発、ハリソン・フォードを2作続けて起用した「刑事ジョン・ブック 目撃者(Witness)」(85)と「モスキート・コースト」(86)、「いまを生きる(Dead Poets Society)」(89)、「グリーン・カード」(90)、「トゥルーマン・ショー」(98)、「マスター・アンド・コマンダー」(03)といずれも駄作知らずの名監督の地位を築き上げている。どの映画にも共通しているがストーリー展開の巧みさだけでなく、人間の脆く繊細な感情をリアルに描き出す表現力に長けており、加えて、特に本作では名作絵画を観るような極めて叙情的な映像美の数々において卓越した才能を発揮した。

 本作のストーリーにはオチがない。その手の終わり方が嫌いな人にははなはだ不完全燃焼の映画かもしれないが、本作の素晴らしさはまさにそこ、最後まで真相が明らかにされない結末にこそある。観終わった後で残像のようにいつまでも残る余韻を心ゆくまで楽しめるというのがこの映画の最大の魅力であり、それが、公開から40年以上を経た今日に至るまで本作が“最も格調高いオーストラリア映画”としての金字塔を打ち立てた理由のひとつでもある。お気に入りの香り高いお茶を、できれば優雅なティー・セットでいただきながらゆったりと観賞されたし。

 余談ではあるが記者はミランダ役のアン・ルイーズ・ランバート本人に過去に2度会ったことがある。初めて会ったのは、「ピクニックatハンギング・ロック」の劇場公開30周年を記念してシドニーのニュー・サウス・ウェールズ州立美術館に関係者を集めてのカクテル・パーティとそれに続き館内劇場で本作のディレクターズ・カット版の上映会が開催された時だった。ランバートを直接知る友人に頼んでパーティに来ていたランバートに紹介してもらったのだ。ランバートは50歳になっていたがミランダの美しさと気品は当時のままで、実際の本人もとても穏やかかつ上品な雰囲気に溢れた優しい女性だった事実に感激したものだった。パーティの後、皆が上映会のために場所を移動し始めた際、上映会場ではなく美術館の出口へ向かってひっそりと歩いていくランバートに気づいた記者は、思わずランバートに駆け寄り、「映画を観ていかないんですか?」と聞いた。ランバートはふっと寂しげな微笑を浮かべ、「この映画にはいろんな思い出がありすぎて…」と言った。その表情にいたたまれなくなった記者が「でも、いい思い出もあるんですよね?」と聞いたら、パッと顔を輝かせて「もちろん!」と笑顔で答えてくれた。本作とランバートのファンである記者にとっての忘れがたい思い出である。

【セリフにおける英語のヒント】失踪した少女たちを探しに使用人のアルバート(ジョン・ジャラット)と二人でハンギング・ロックへ行ったマイケル(ドニミク・ガード)は、夕方になっても自分は今夜家に帰らずその場に残ると言い、ひとり屋敷に戻ったアルバートが主であるマイケルの叔父に「マイケル様はウッドエンドの町のパブで酔い潰れてそのままパブにいます」と嘘の報告をするシーンがある。オーストラリアのパブには当時、店の上階に宿泊施設を設けることが義務付けられており、なのでマイケルはパブのカウンターやソファではなくちゃんとパブの上の階にある寝室のひとつで寝ているという意味である。古くからあるオーストラリアのパブの多くが現在でも”XXホテル”またはこちらもホテルを意味する”XXイン”という店名なのは、その名残である。つまりホテルの体裁を取って初めてアルコール類を提供することが許されたわけで、パブの場合、ホテルといっても各部屋にベッドがあるだけでトイレとシャワーは共同といった簡素な造りのところがほとんどだった。

Story

 1900年2月14日の聖ヴァレンタイン・デイ、ヴィクトリア州郊外にある全寮制の名門アップルヤード女学院の生徒たちは、2人の女性教師に引率され、近郊のハンギング・ロックへ一日研修を兼ねたピクニックに出かける。そこで3人の生徒と教師のひとりが神隠しに遭ったかのように忽然と姿を消してしまう。失踪した教師を最後に見たと思われる目撃者の女生徒は、その教師が「スカートを履かずにズロース姿だった」と奇妙な証言をし…。

「ピクニックatハンギング・ロック」予告編

「オージー映画でカウチ・ポテト」トップに戻る
oz_movie_top