普段ジャパラリアの新着映画コラムはねこパンチさんの担当で、記者は「オージー映画でカウチ・ポテト」担当なのですが(そちらもよかったらぜひご覧ください♪)、オージー・オスカー女優ケイト・ブランシェットが意地悪な継母役に扮するという話題に興味津々で、ねこパンチさんにお願いして2月下旬、現在日豪でも絶賛劇場公開中の実写版「シンデレラ」の試写会に連れて行ってもらいました。「アナと雪の女王(Frozen)」(13)、「マレフィセント」(14)を世界中で大ヒットさせたディズニーが、1950年公開の自社長編劇場アニメ「シンデレラ」からちょうど65年を迎える今年、自信を持って送る実写版ということにも大いに興味をそそられての観賞でした。そして、監督作品ではシェイクスピアなどの純然たる文芸モノやアクション巨編が目立つ俳優・監督のケネス・ブラナーが、完全女性向けのファンタジー・ロマンスである本作を監督するという意外性にも引かれて。
どんな境遇でも笑顔を忘れないシンデレラをリリー・ジェイムズが好演
映画が始まる前にディズニーのロゴが画面に映し出される際、ロゴに付随しているシンデレラ城のイラストが本作では特に際立ち、もしかして映画の中でもシンデレラ城を再現、もしくはシンデレラ城のモデルとなったドイツのノイシュヴァンシュタイン城で撮影されてたら素敵だろうなあと期待も膨らみますが、同映画で王宮として登場するのは、どちらも英国のウィンザー城やブレナム宮殿で、内装はともかく外観はシンデレラ城のようなロマンティックさは皆無、かといってヴェルサイユ宮殿のような華やかさもなく、どっしりとした石造りの城館を使ったのが意外といえば意外でした。英国での撮影にこだわるのであれば、英国王を凌ぐ巨万の富を誇ったデヴォンシャー公爵家の大邸宅チャツワース・ハウスなどもあり、そちら、外観はヴェルサイユ宮殿によく似た華麗な印象だからです。このあたりは“硬派”のブラナー監督のこだわりだったのかもしれません。
実際の宮殿内大広間で撮影された圧巻の舞踏会シーン
映画の最初に名前がクレジットされる堂々の“トップ・ビリング”を飾るのは、シンデレラ役のリリー・ジェイムズではなくオスカー女優ブランシェット。当然といえば当然ではあります。本作の企画段階で真っ先に配役が決まったのもブランシェットで、その時点で本作の成功も決定付けられたようなものです。シンデレラは舞踏会のシーン以外ろくな衣装を着させてもらえないため、ブランシェットの継母役は全登場人物中、最もファッションで観客の目を楽しませてくれるおいしい役どころでもあり、登場シーンごとに目の覚めるような、でも同時に冷たい性格を象徴する見事なセンスのドレスを完璧に着こなしています。
シンデレラ役のリリー・ジェイムズ(左)と継母役のケイト・ブランシェット
その衣装を担当したのは「恋に落ちたシェイクスピア(Shakespeare in Love)」(98)、「アビエイター」(04)、そして「ヴィクトリア女王 世紀の愛(The Young Victoria)」(09)で3度のオスカー衣装デザイン賞を受賞した英国人サンディ・パウエル。受賞作品を含みオスカーには過去10回もノミネイトされています。話がそれますが、映画界の衣装デザイン部門では「ローマの休日(Roman Holiday)」(53)などで受賞したイーディス・ヘッドといい、「マリー・アントワネット」(06)ほかで受賞のミレーナ・カノネロといい、女性デザイナーの台頭ぶりが目覚ましく、しかも3人とも何度もオスカーを受賞している点も興味深いです。映画一本を通しての、ストーリーや各キャラクターの性格分けなどを踏まえた上での衣装デザインは女性のほうが男性より長けているのかもしれませんね。
映画の中で最も多く着替えるのはシンデレラではなく継母役のケイト・ブランシェット
いずれにしてもパウエル、受賞作からも分かる通り時代モノならお任せといった感じで、本作では「1940~50年代に製作された、19世紀を舞台にした映画で用いられたファッションを意識」したそうで、なるほど!といったところ。というのも、当時のそれらハリウッド映画同様、ある意味、本作における衣装の時代考証は一貫しておらずバラバラだったりします。フェアリー・ゴッドマザー(魔法使いのおばあさん)役のヘレナ・ボナム・カーターは18世紀風のいわゆる一番分かりやすい“お姫様ドレス”ですが襟元は18世紀には時代遅れだった16世紀風の襞襟(ひだえり:ペットの犬が手術を受けた後で傷口を舐めないよう首元に装着されるエリザベス・カラーのモデル)、ブランシェットは古き佳き白黒時代のハリウッド女優たちが着ていたようなドレスを、いずれもヴィヴィッドかつシャープに“カラー化”したような出で立ち、そして舞踏会のシーンのシンデレラはアニメ版と同じブルーの、ですがアニメのそれをよりシンプルかつエレガントにした溜め息の出るような美しいドレスといった具合に。舞踏会でシンデレラが王子と踊るシーンで、パウエルはシンデレラが「ふわふわと浮かんでいるように見せたかった」そうで、確かに、踊りながらターンするたびにひるがえるドレスの裾は、まさに青いポピーの花びらが風に吹かれてそっと揺れるような優雅さ。舞踏会のシンデレラのドレスは、実際に使用されたものを含め実に9パターンも事前に用意されたといいます。ドレスに散りばめられたクリスタルやティアラ、そしてガラスの靴を手がけたのはスワロフスキーというのも納得の豪華さ。
スワロフスキーが手がけたガラスの靴
俳優陣は、もちろんブランシェットが一番余裕の演技で、おそらく本人も意地悪な継母役を十分楽しみながら演じたであろうことが観客にも伝わります。これまでの出演作では温かみを感じさせる役柄が多かった彼女ですが、氷のような表情もばっちりサマになっていて、「お母様」と呼びかけるシンデレラに、邪悪な微笑を浮かべつつ、でも決して声を荒げることなくささやくように「わたくしのことは“奥様(マダム)”と呼んでいただくのがいいかしら」と言い放つシーンなどさすがの貫禄で、意地悪な役でも相変わらず綺麗なこと!
王子役のリチャード・マッデン
一方で、リリー・ジェイムズ(シンデレラ)もリチャード・マッデン(王子)も、そしてヘレナ・ボナム・カーター(フェアリー・ゴッドマザー)も、誰一人ブランシェットに“食われる”ことなくそれぞれ好演しています。特に本作の成否の鍵を握るヒロイン、シンデレラに関しては、21世紀の今、どういうふうに描かれるのかという点にも注目が集まっていましたが、清楚でありながら芯の強い少女を、こちらも清楚で凛とした美貌のジェイムズが自然体で演じています。リチャード・マッデンも、笑った際に綺麗に並んだ白い歯が嫌みなく映える正統派のハンサムで、役作りの上でも、国中の女性が夢中になるのもうなずける王子(プリンス・チャーミング)の魅力を放ちます。そしてヘレナ・ボナム・カーターも、おそらくブランシェット同様かなり余裕でフェアリー・ゴッドマザー役を楽しんだことでしょう。
フェアリー・ゴッドマザー役のヘレナ・ボナム・カーター
「シンデレラ」といえば、舞踏会と並んで最大の見せ場は、舞踏会に行く前の“変身”のシーンで、本作でも圧巻です。映画の中のこととは分かっていても、それまでみすぼらしい服で継母にさんざんこき使われていたシンデレラがフェアリー・ゴッドマザーの魔法によって誰よりも美しいドレス姿に変身する時、カボチャがおとぎ話そのままの豪華な馬車になる時、シンデレラ本人に対して「うわぁ、シンデレラ、本当によかったね!」と思わず込み上げてくるものがあります。そう、“観客も魔法をかけられる瞬間”、それがシンデレラの変身シーンなのです。
現代では驚くべきことではなくなりましたが、かつてのヨーロッパでは、王位継承権を持つ王子の結婚相手は、こちらも“プリンセス”として生まれた(通常、他国の)国王の娘だけでした。例え貴族の令嬢であっても王女以外は王子の結婚相手にはなれず、全く例外がなかったわけではありませんが、王女でない女性が王子と結婚した場合は「貴賎結婚」と呼ばれて蔑まれ、通常、その女性には将来、夫が国王として即位した際にも自分には王妃の地位や特権は一切与えられないという決まりになっていました。なので、“シンデレラ・ストーリー”というのは実はこの映画の時代設定のころには存在し得ませんでした。
でも不思議ですね、そういう“興醒め”してしまうような歴然とした事実を目の前に突きつけられても、やはり物語「シンデレラ」には、「こういう話があったっていいじゃない!」と思わせる絶大な魅力があります。本作では、実母が生きていたころの、両親の愛に包まれて幸せいっぱいだった幼少時代のシンデレラも冒頭で丁寧に描写されます。病に倒れた母が息を引き取る前、「どんな時も勇気と優しさを持ちなさい」とシンデレラに言い含め、その母の言葉が全編を通して本作におけるシンデレラの性格を形作ります。ぜひ劇場の大画面で、そして、幼いころに「シンデレラ」のお話に胸ときめかせ、大人になった今の皆さんにこそ観てほしい珠玉の名作が、またひとつ生まれました。
「シンデレラ」日本版予告編