※2023年4月11日更新
「キャンディ」
Candy
(オーストラリア2006年、日本2007年公開/116分/MA15+/恋愛ドラマ)
監督:ニール・アームフィールド
出演:ヒース・レジャー/アビー・コーニッシュ/ジェフリー・ラッシュ/デイモン・ヘリマン/ナサニエル・ディーン
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2008年に28歳の若さで急死したオージー・オスカー男優(※「ダークナイト」で通称オスカーこと米アカデミー賞の助演男優賞を死後受賞)ヒース・レジャー(「ケリー・ザ・ギャング」「トゥー・ハンズ 銃弾のY字路」)が亡くなる2年前に出演した最後のオーストラリア映画で、オージー作家ルーク・デイヴィースが97年に発表した同名小説を基にニール・アームフィールド(「ホールディング・ザ・マン—君を胸に抱いて—」)が監督(※デイヴィースは別のオージー映画「LION/ライオン 〜25年目のただいま〜」の脚本を手がけオスカー脚色賞候補になったこともあり、本作でもアームフィールド監督と共同で脚本も担当)。レジャーの相手役に本作と同じ06年に公開されたラッセル・クロウ主演の「プロヴァンスの贈りもの(A Good Year)」でハリウッドに進出したオージー女優アビー・コーニッシュ、そして脇を固めるのがこちらもオージー・オスカー男優ジェフリー・ラッシュ(「ホールディング・ザ・マンー君を胸に抱いてー」「台風の目」「ケリー・ザ・ギャング」「ランタナ」「シャイン」)という実力派で、同年度オーストラリア映画協会(AFI)賞(現オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞)においては残念ながら受賞こそ脚色賞のみだったものの、作品、主演男優(レジャー)、主演女優(コーニッシュ)、助演男優(ラッシュ)、助演女優(キャンディの母親役のノニ・ヘイズルハースト)、編集、美術賞の8部門にノミネイトされた。海外でも最優秀作品賞に相当する金熊賞候補にもなったベルリン国際映画祭でのワールド・プレミア上映を筆頭に香港、トロント、シカゴなどの名だたる国際映画祭に出品された。
ヒース・レジャーとアビー・コーニッシュが愛し合う若いカップル、ダンとキャンディを演じ、ともに同年度AFI賞主演男女優賞にノミネイトされた
詩人志望のダン(レジャー)と美術学生のキャンディ(コーニッシュ)の若いカップルがセックスとヘロイン漬けの無為の日々を送る姿を描くというのが主なストーリーで、コーニッシュはタイトル・ロールのキャンディを演じ主演女優賞候補になったが、実際の主人公はダンで、ダンのモノローグによって物語は進行する。なお“キャンディ”とはヘロインを指す俗語でもある。
観終わった後につくづく全豪映画界はなんと惜しい逸材を、それも若くして亡くしたものかと脱力感に襲われるほど、ヒース・レジャーが圧倒的な演技力を見せつける。ジェフリー・ラッシュも脇役とはいえ本作では重要な役どころを演じており、ラッシュの存在感も見事だが、レジャーは一歩も引けを取らないどころか主役として映画を引っ張る。
ジェフリー・ラッシュも重要な役どころで出演し、AFI賞助演男優賞候補に
加えてアビー・コーニッシュも素晴らしい。前述の通り本作と同じ年にラッセル・クロウとも共演したということは、本作公開当時まだ20代前半の若さながら同じ年に2人のオスカー男優、そして受賞こそ死後だったものの本作の前年の「ブロークバック・マウンテン」でオスカー主演男優賞候補歴を持つレジャーという3人の演技派と共演したというのは考えてみたらすごいこと。とはいえ、コーニッシュ自身も本作の2年前の「15歳のダイアリー(Somersault)」(04)でAFI賞主演女優賞を受賞済みだから、オーストラリア国内では早々にその実力を認められていた女優だ。非常に目鼻立ちの整った正統派の美人で、本作では胸もあらわにしたヌード・シーンにも臆することなく挑んでいる。全くの余談だがコーニッシュは本作の翌年、こちらも後年オージー・オスカー女優となるケイト・ブランシェット主演の「エリザベス:ゴールデン・エイジ」(07)でブランシェットとも共演、つまりオスカーを受賞したオージー俳優でコーニッシュが(まだ)共演歴がないのはニコール・キッドマンのみということになる(※ラッセル・クロウはニュー・ジーランド出身だが俳優としての初期の活動はもっぱらオーストラリアがメインだった)。
ダン(ヒース・レジャー:前列中央右)とキャンディ(アビー・コーニッシュ:その左)は晴れて結婚するが…(レジャーの右後ろにジェフリー・ラッシュ、右端の2人がキャンディの両親役のノニ・ヘイズルハーストとトニー・マーティン)
ほかにはキャンディの両親役にトニー・マーティン(「バッド・コップ、バッド・コップ」「クライ・イン・ザ・ダーク」)とノニ・ヘイズルハースト(「しあわせの百貨店へようこそ」「リトル・フィッシュ」)が扮しており、マーティンはキャンディを心から愛する優しい父親を、一方のヘイズルハーストはキャンディが煙たがる高圧的な母親を好演し、ヘイズルハーストがAFI賞助演女優賞候補となった。また、チョイ役では話題のタランティーノ監督作品「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(19)で実在の殺人犯チャールズ・マンソン役を演じたデイモン・ヘリマン(「ブライズ・オブ・クライスト」)がここではダンに財布を盗まれるゲイの役に、ダンがその盗んだ財布に入っていたキャッシュ・カードを使って金を引き出す際の銀行窓口の女性行員にエイドリアン・ピカリング(「ハウス・オブ・ボンド」)が、ダンとキャンディが田舎に借りた一軒家の近所にある食料品・雑貨店の店員でその後ダンの留守中にキャンディと身体の関係を持つ青年役にはリドリー・スコット監督の「エイリアン:コヴェナント」(17)のハレット軍曹役により海外でも注目を集めるようになったナサニエル・ディーン(「ワイルド・ボーイズ」「イースト・ウエスト101 ①」)が扮している。そして、こちらはキャンディの叔母役としてキャンディとダンの結婚式とそれに続くパーティのシーンでチラッとだけ出てくるチョイ役にすぎないが、バズ・ラーマン監督の監督デビュー作にして出世作でもある「ダンシング・ヒーロー」(92)でヒロインを演じたタラ・モーリス(「ムーラン・ルージュ」)も登場。
ダンに財布を盗まれるゲイの役で出演のデイモン・ヘリマン
帰宅したダンに妊娠したことを告げるキャンディ
ニール・アームフィールド監督は大作の類とは無縁だが、後に「ホールディング・ザ・マン—君を胸に抱いて—」(15)を監督したことでも分かる通り純愛、それも“ワケありカップル”を描かせると天下一品で、本作ではジャンキー・カップル、「ホールディング〜」ではまだオーストラリアでもゲイが差別されていた時代のゲイ・カップルを見事な説得力で見せてくれる。本作は、設定は全く異なるがなぜかフランス映画「ベティ・ブルー」(86)っぽい雰囲気を持っているのも事実。セックス・シーンやキス・シーンが多いというだけでなく、刹那的な要素を含むという意味でも両作品にはどことなく共通性が感じられる。ジャンキーのダンとキャンディは映画の最初から世間の底辺にいる“ルーザー”だが、観る者はこの二人をどうしてもバッサリ切り捨てることができない。それは、二人がある意味、あくまでも一生懸命“純愛”しているからなのかもしれない。ジャンキーであろうがルーザーであろうが、純愛している二人は崇高で美しいものなのだ。そう、薬で身体はボロボロのはずなのに、さらには薬を手に入れるためなら窃盗や売春もいとわない二人なのに、心は何物にも汚されていない。刹那的だからこそ、二人の純愛に観る者は胸を打たれる。
【登場人物の名前の発音のヒント】ヒース・レジャー演じる主人公の名前ダンはおそらくダニエルを短縮したもので、本文中では“ダン”と記載したが、実際の英語発音は“デン”に近い(もっと正確には伸ばしすぎない程度に“デーン”)。ちなみにダニエル(Daniel)は英語でもダニエルだが、日本で一般にダミアン(Damien)として知られる名前はこちらも英語ではデイミエンに近い。
STORY
家族にも見放された詩人志望の青年ダン(ヒース・レジャー)と、高圧的な母親の呪縛から逃れられない美術学生のキャンディ(アビー・コーニッシュ)の恋人同士は、互いに深く愛し求め合いながらもヘロインとセックスに溺れる日々を送っている。ドラッグを買う金欲しさに、次第に二人は平気で窃盗したり、キャンディはついには売春にも手を出すようになるが、無職のダンにはどうすることもできない。ダンには父親代わりのような存在の大学教授でゲイのキャスパー(ジェフリー・ラッシュ)がいるが、キャスパー自身ヘロイン中毒で、二人にドラッグを提供する始末。ダンとキャンディは思い切って結婚するものの、生活は良くなるどころか悪くなるばかりだった。そんなある日、キャンディが妊娠したことをきっかけに、二人はヘロインを断ち切る決心をするが…。
「キャンディ」日本版予告編