1970年代のシドニー上流社会を舞台に描かれる親子3人の家族ドラマ「台風の目」

poster台風の目
(※映画自体は日本未公開だが原作の邦訳本が全編ではなく上巻だけ「台風の目」という邦題で三笠書房より発売)

The Eye of the Storm

(オーストラリア2011年公開、日本未公開/114分/MA15+/ドラマ)

監督:フレッド・スケピシ
出演:シャーロット・ランプリング/ジェフリー・ラッシュ/ジュディ・デイヴィス/ヘレン・モース/アレクサンドラ・スケピシ

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 20世紀全豪文学界を代表するオーストラリア人作家の一人でノーベル賞受賞のパトリック・ホワイト(1912〜1990)がノーベル賞受賞と同じ1973年に出版した同名小説の映画化。原作は日本でも「台風の目」という邦題で、だがなぜか全編ではなく上巻のみが出版された。映画化に当たっては「愛しのロクサーヌ(Roxanne)」(87)、「ロシア・ハウス」(90)、「ミスター・ベースボール」(92)、「星に想いを(I.Q.)」(94)などハリウッドでも数々の大ヒット作を放ったヴェテラン・オージー、フレッド・スケピシ監督の下、主人公である富豪の老未亡人エリザベス・ハンター役に英国からイタリア映画「愛の嵐(英題:The Night Porter)」(74)で名高い大女優シャーロット・ランプリングを招き、その息子と娘役に「シャイン」(96)で米オスカーを受賞したジェフリー・ラッシュ(「ホールディング・ザ・マン—君を胸に抱いて—」「ケリー・ザ・ギャング」)と同候補歴を持つジュディ・デイヴィス(「わが青春の輝き」)という演技派オージー男女優を配し、シドニー、メルボルン、そしてゴールド・コーストなどで撮影された(シドニーでのシーンではシドニー・オペラ・ハウス、ルナ・パーク、シドニー・フェリーなども出てくる)。メルボルン国際映画祭、トロント国際映画祭などに出品され、特別賞(メルボルン映画祭)、審査員特別賞(ローマ映画祭)を受賞、同年度オーストラリア・アカデミー(AACTA)賞において作品、監督、脚色、主演男優(ラッシュ)、助演男優(ハンター家の顧問弁護士役のジョン・ゲイデン)、助演女優(ハンター家のハウスキーパー役のヘレン・モース)、豪映画協会会員選出賞などに加え、主演女優賞には母娘役のランプリングとデイヴィスが2人同時にダブル・ノミネイションという形で10部門11候補となり、主演女優(デイヴィス)、美術、衣装デザイン賞の3部門受賞に輝いた。

息子役のジェフリー・ラッシュと母親役のシャーロット・ランプリング
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娘役のジュディ・デイヴィス(左)と母親役のシャーロット・ランプリング
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 シドニーのビジネス中心街から車で10分ほどの便利な距離にある広大なセンテニアル・パーク周辺のお屋敷街に大邸宅を構える富豪の老未亡人エリザベス・ハンター(ランプリング)は脳梗塞により寝たきりで、ハウスキーパーの女性と2人の女性看護師に身の回りの世話をしてもらっていながら、依然として家の中の一切を取り仕切っている。エリザベスには英国演劇界で大成しサーの称号も与えられた名シェイクスピア俳優である息子バジル(ラッシュ)と、フランスの貴族と結婚し公妃(プリンセス)の称号を持つ娘ドロシー(デイヴィス)がいるが、子供たちは2人とも海外生活が長く、エリザベスが脳梗塞で倒れたことを知ってオーストラリアへ里帰りし、家族3人が再会するところから物語が始まる。

 オージーというとグダイ・マイトのイージー・ゴーイングなイメージが強いが、本作はシドニーの上流社会を舞台に、言われなければまるでイギリス映画を観ているかのようなクラシカルかつ重厚な雰囲気が漂う。エリザベスの屋敷に住み込みで働いているのはハウスキーパーだけのようだが2人の女性看護師以外にも庭師や掃除婦を雇っていて、通いの掃除婦は運転手付きの自家用ベントレーでの送迎付きという高待遇。立派な大人である息子と娘に弁護士を通してそれぞれ5,000ドルずつ小切手をプレゼントしたりもする。5,000ドルは21世紀の現在でも大金だが70年代当時という設定を踏まえると、特に理由もない“お小遣い”感覚のプレゼントとしてはまさに巨額である(実際、小切手をもらった後で礼を言いに来た息子に、母エリザベスが「一気に全部使っちゃダメよ」と返すシーンがある)。

 ランプリング、ラッシュ、デイヴィスの3人が親子という設定も非常に説得力がある。実年齢は3人の中で最年長のランプリングとラッシュは5歳、一番若いデイヴィスとも9歳しか違わないので正直、映画の最初のほうでは子供役にはもう少し若い俳優がよかったのではないかと思えなくもないが(特にラッシュは昔から俳優としてだけでなく実生活でも女性が夢中になるような美男子だと例えられたことは一度もないし、ましてや本作のように若い女性看護師が色目を使う“人気俳優”という役柄を演じるには少々歳を取りすぎている)、ランプリングは老け込んだメイクで撮影に望み、また、回想シーンではランプリングの実年齢よりはるかに若かりしころのエリザベスも違和感なくこなしている。名舞台俳優になった息子バジルに、笑顔で「あなたが最近やった『リア王』の批評はさんざんだったようね」と辛辣な言葉を投げかけたり、こちらも貴族になった娘で公の場では母親である自分よりも序列が上になるはずのドロシーにも手厳しい。対する子供たちも、バジルは実際、俳優としてはスランプ気味だったり、フランス生活が長いとはいえ時に英語での会話の中にフランス語が出てきてしまうドロシーもとんちんかんなキャラクターだったりはするが、それぞれが憎めない味を出している。女性とセックスしている最中、鏡に映る自分の顔を見るナルシストのバジルや、父親が亡くなる前に自分から父に宛てた手紙を見つけたドロシーが「私ったら、お父様への最後の手紙をフランス語で書くなんて!」と若いころフランスかぶれしていた自分にゲンナリした表情を見せるシーンもある意味、可愛い。

本作で豪アカデミー主演女優賞候補となったシャーロット・ランプリングは回想シーンでの若かりし日のエリザベスも自然に演じる
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幼いころに遊んだ田舎で童心に返ってはしゃぐバジル(ジェフリー・ラッシュ)
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本作で豪アカデミー主演女優賞を受賞したジュディ・デイヴィス
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兄と妹役を演じるジェフリー・ラッシュとジュディ・デイヴィス
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 上記演技派3人の演技力だけでも文句なしだが、ハウスキーパー、ロッテ役で豪アカデミー助演女優賞候補となったヘレン・モース(「ピクニックatハンギングロック」)にも注目。ロッテはホロコーストの難を逃れたドイツからの移民で、女主人であるエリザベスに心酔しており、料理も完璧にこなすが、夜にはケバケバしい衣装とメイクに身を包み、エリザベスの寝室でドイツ・キャバレーのショウまでやってのけ女主人を喜ばせるという、ある意味倒錯した要素も感じさせる。ドイツ時代はキャバレーのショウガールだったロッテは歌も上手いがロッテ自身も初老といってもいい年代なので、年増女のショウガール姿はグロテスクでしかない。なのにエリザベスは大喜びで、踊りながらくるくるとターンするロッテに「もっと速く! もっと!」と目を輝かせながら、というよりも目をギラギラさせながらリクエストする様も不気味だ。「ピクニックatハンギングロック」(75)で美しいフランス語教師役をフランス語訛りの英語で違和感なく演じた英国生まれのオージー女優モースが、本作でも強いドイツ語訛りのロッテになりきっている。

 ほかにも看護師の一人フローラ役のアレクサンドラ・スケピシ(「LION/ライオン 〜25年目のただいま〜」)は本作のスケピシ監督の実子、また、ドロシー(デイヴィス)が友人主催のランチ・パーティで出会い、帰りの車の中でドロシーに迫る役を演じるのは実生活でのデイヴィスの夫コリン・フリールズ。フローラに関してはバジル(ラッシュ)とのセックス・シーンもあり、ダリオ・アルジェント監督版「オペラ座の怪人(Phantom of the Opera)」(98)でも監督の実の娘アーシア・アルジェントとジュリアン・サンズのセックス・シーンがあったが、実の娘のセックス・シーンを撮る(撮れる)映画監督の心理は時に謎である。とはいえ、アレクサンドラ・スケピシはどことなくトニ・コレットを思わせるルックスで役柄的にもバッチリのキャスティングかつ演技力も申し分ないし、本作の格調高さを踏まえ、そのへんはあまり突っ込まずにいるべきかもしれない。屈託のない明るい性格から女主人エリザベスのお気に入りであるフローラに対し、もう一人の看護師でマリア・セオドラキス(「ホールディング・ザ・マン—君を胸に抱いて—」「ザ・キャッスル」)演じるメアリーは生真面目すぎてエリザベスから好かれていないが、同じ白衣の制服に身を包むフローラとメアリーの対照的な描かれ方も印象的。

本作のフレッド・スケピシ監督の実子アレクサンドラ・スケピシはエリザベス(シャーロット・ランプリング)お気に入りの看護師フローラを演じる
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 映画の中盤以降、若かりし日のエリザベスに注目。本作で豪アカデミー助演男優賞候補となったジョン・ゲイデン演じるハンター家の長年の顧問弁護士アーノルドも、単なる脇役にしては、例えば彼の家での妻との会話シーンなど妙に“掘り下げて”そのキャラクターを描写されることにも意味がある。そういうテーマだったのか!?という意外な発見が隠されている。タイトルの「台風の目」そのままに、物語は静かに、だが何かが起こることを観る者に予感させながら展開していく。親子3人、子供たちももう初老の域に達していながら、そこにはかつて燃え盛っていた、そして今も火が消えることのない“何か”が明らかに存在する…。

セリフにおける英語のヒント(その1)】ドロシー(ジュディ・デイヴィス)はフランスの貴族と結婚し公妃(プリンセス)の称号を手にしているが、ご存知の通りフランス革命によってフランスでは王政はもとより貴族制度も廃止されている。だが、フランスに限らず王政が廃止されたヨーロッパ諸国の元王侯貴族の子孫たちは現在でも先祖から受け継いだ称号を自称しており、他国の上流社会にも敬意を持って受け入れられている。

セリフにおける英語のヒント(その2)】ドロシー(ジュディ・デイヴィス)が実家にかつてのまま残されている自分の寝室のベッドに寝転がって少女時代を懐かしんでいる最中、急に看護師メアリー(マリア・セオドラキス)が入ってきてあわてて飛び起きるシーンで、たった今自分が頬ずりしていた毛皮のベッド・カヴァーを「それは何の毛皮なの?」とメアリーに聞いて返ってきた答え“プラティパス(platypus)”とはオーストラリア東海岸及びタスマニア州のみに生息するカモノハシのこと。

セリフにおける英語のヒント(その3)】ハンター家のハウスキーパーでドイツ人のロッテ(ヘレン・モース)がキッチンで看護師のフローラ(アレキサンドラ・スケピシ)に「何か焦げてない?」と言われ、「私のシュトゥルーデルが!」と叫んでオーヴンから取り出すのは、オーストリア発祥の焼き菓子でオーストリアだけでなくドイツ語圏内で広く作られているシュトゥルーデル(strudel)のこと。最も有名なのはアプフェル(ドイツ語でアップル)シュトゥルーデル。

シーンに見るオージー・ライフスタイル(その1)】バジル(ジェフリー・ラッシュ)とドロシー(ジュディ・デイヴィス)がハンター家の顧問弁護士アーノルド(ジョン・ゲイデン)のオフィスを訪れる際、来客用にデスクに置かれている四角いチョコレート菓子をバジルが食べるシーンで使われたのは、オーストラリア土産として日本人の間でも絶大な人気を誇るアーノッツ・ビスケット社のロング・セラー商品「ティム・タム(Tim Tam)」。ティム・タムは1963年に発売開始されたので本作の時代設定である1970年代には当然既に存在していた。

シーンに見るオージー・ライフスタイル(その2)】バジル(ジェフリー・ラッシュ)とドロシー(ジュディ・デイヴィス)が田舎にあるハンター家の別荘へ行く途中、立ち寄った店でバジルが買って2人が車内で食べるのはミートパイで、日本のどのコンビニにもおにぎりがあるように、オーストラリアではどのコンビニにも保温器に入った状態の温かいミートパイが売られている。

Story

 1970年代シドニー。老いた未亡人である母エリザベス・ハンター(シャーロット・ランプリング)が脳梗塞で倒れ寝たきりの状態になったことを知り、英国在住の息子でサーの称号も与えられている名シェイクスピア俳優のバジル(ジェフリー・ラッシュ)と、フランス在住の娘ドゥ・ラスカバヌ公妃ドロシー(ジュディ・デイヴィス)が一時帰国し、エリザベスがセンテニアル・パークに構える大邸宅に駆けつける。表面上は久々の家族の再会を喜んでいるように見えながらも、子供たちはどちらも母の屋敷に以前のまま残されている自分たちの寝室ではなくホテルに投宿し、母と息子、母と娘それぞれに何かしらの確執があることが明らかで…。

「台風の目」予告編

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