オージーが米オスカー主演男優賞を受賞した史上初の映画「シャイン」

oz_movie_top

shine_poster

※2024年4月18日更新

シャイン

Shine

(オーストラリア1996年、日本1997年公開/105分/PG/伝記ドラマ/DVDNetflixApple TVAmazonプライムYouTubeムービーGoogleプレイで観賞可能

監督:スコット・ヒックス
出演:ジェフリー・ラッシュ/ノア・テイラー/アーミン・ミューラー・スタール/リン・レッドグレイヴ/ジョン・ギールグッド

(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)

 それまで主に舞台での活動がメインで映画界では遅咲きだったジェフリー・ラッシュ(「ホールディングマン君を胸に抱いて」「台風の目」「キャンディ」「ケリーギャング」「ランタナ」)が45歳にして、そしてオーストラリア人俳優として史上初の米アカデミー主演男優賞に輝き、その後一挙にハリウッド・スターの仲間入りを果たすことになった大出世作でもある1996年公開のオーストラリア映画。監督のスコット・ヒックスも本作を機にハリウッドに進出し、イーサン・ホークと工藤夕貴共演の「ヒマラヤ杉に降る雪(Snow Falling on Cedars)」(99)、アンソニー・ホプキンス主演の「アトランティスのこころ(Hearts in Atlantis)」(01)、キャサリン・ゼタ・ジョーンズ主演の「幸せのレシピ(No Reservations)」(07)、ザック・エフロン主演の「一枚のめぐり逢い(The Lucky One)」(12)などのアメリカ映画を監督するようになる。ちなみにラッシュに続き米オスカー演技賞を受賞したオージー俳優は現段階でニコール・キッドマン(主演女優賞)、ケイト・ブランシェット(主演女優賞と助演女優賞の2度受賞)、ヒース・レジャー(助演男優賞)、とラッシュを含み合計4人、俳優としての初期の活動の場がもっぱらオーストラリアだったニュー・ジーランド出身のラッセル・クロウ(主演男優賞)を入れても5人だけだが、“オーストラリア映画でオスカーを受賞したオージー俳優”は今のところラッシュただ一人である。

大人時代のデイヴィッド・ヘルフゴットを演じ英米豪3カ国の栄誉ある映画賞の主演男優賞を受賞したジェフリー・ラッシュ
1

 実在のオーストラリア人ピアニストで青年時代に統合失調感情障害に陥ったデイヴィッド・ヘルフゴット(1947〜)の半生を映画化したヒューマン・ドラマで、英国からサーの称号を持つヴェテラン俳優ジョン・ギールグッドと、こちらも米国のバリモア一家に匹敵する英国の名門俳優一家レッドグレイヴ家出身の女優リン・レッドグレイヴ、そしてドイツからアーミン・ミューラー・スタールを招いて主に南オーストラリア州とロンドンなどで撮影された(※ギールグッド出演のシーンはいずれもロンドンで撮影されたのでギールグッドはオーストラリアでの撮影には参加していない)。ヘルフゴット役にはラッシュ演じた大人時代だけでなく少年期、青年期と3人の俳優が扮しており、青年時代役のノア・テイラー(「ヒーダイドウィズファラフェルインヒズハンド」)はこちらも本作の演技により海外で注目され、ハリウッド映画「トゥームレイダー」シリーズのブライス役などで海外でもお馴染みになった英国出身のオージー男優。同年度オーストラリア映画協会(AFI)賞(現オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞)では11部門12候補となり(※主演男優賞にはラッシュとテイラーがダブル・ノミネイションを受けていた)、作品、監督、主演男優(ラッシュ)、助演男優(デイヴィッドの父ピーター役のミューラー・スタール)、脚本、作曲、音響、編集、撮影賞の主要9部門受賞に輝いた(受賞を逸したのは美術賞と衣装デザイン賞の2部門のみ)。ラッシュは本作で米オスカーだけでなく米ゴールデン・グローブ賞でも主演男優賞を受賞し、両賞での受賞こそラッシュのみだったがオスカー7部門、ゴールデン・グローブ5部門、どちらも作品、監督賞を含み候補となった。

ロンドンの王立音楽大学に留学した青年時代のデイヴィッド(ノア・テイラー)はセシル・パークス教授(ジョン・ギールグッド)に師事してピアノの腕を磨き
2

 本作におけるラッシュの演技は文句なしに素晴らしい。本当に素晴らしいのだが、主演男優賞受賞は少々ズルい。というのも前述の通りラッシュが演じるのはあくまでもヘルフゴットの大人時代のみであって、実質的なラッシュの出番は本編中の3分の1とはいわないまでも、ラッシュの演技だけで映画を最初から最後まで引っ張ったわけではない。実際、少年期も青年期もかなり深く掘り下げて描かれているし、ピアニストとしてのヘルフゴットの、そして本作でも一番の見せ場と言っても過言ではないロンドンで開かれたコンクールでオーケストラとともにヘルフゴットがピアノを弾くシーンは非常に長く、そのシーンを演じたのは青年時代役のテイラーである。厳格な父(ミューラー・スタール)の下で抑圧された少年期と青年期あっての大人時代なわけで、ラッシュの演技賞受賞は“美味しいとこ取り”感が否めない。

少年時代のデイヴィッドに扮したアレックス・ラファロウィッツ3

 だがまあ、穴の開くほど見つめても決して美男子には見えないラッシュは、その恵まれない容姿のせいで映画界では遅咲きだったと思われ、だからこそルックスに頼らず実力だけで名だたる映画賞の主演男優賞を勝ち得たともいえるわけで、本作の後は次々と大作・話題作に出演し、国内外で演技派俳優としての地位を揺るぎないものにしている。

 青年時代役のテイラーも、本作出演時の実年齢は27歳でありながら、18歳の、ちょっとギークなヘルフゴットを嘘みたいな説得力で演じ切る。

 ヘルフゴットの父でポーランド系ユダヤ人移民であるピーターは、本作の中では唯一の“悪役”と呼べるようなキャラクター設定で、息子デイヴィッドを幼いころからコンクールに出場させ、そのたびに勝つことを言い聞かせてきたくせに、いざ息子に海外留学の話が持ち上がるとそれには断固として反対する。ピーター自身、本当はヴァイオリニストになりたかったが今は亡き父親に許してもらえなかった過去を持ち、実際のヘルフゴット父子がどんな親子関係にあったのかは分からないが、映画で見る限り、ピーターは実に自分勝手な父親である。息子に対するある種の“嫉妬”でもあるのだろう、留学話以前にも、デイヴィッドが才能を認められ地元の上流社会でもてはやされるようになっても少しも嬉しそうな顔を見せない。デイヴィッドが少年、青年、大人時代3人の俳優に演じ分けられた一方、ドイツ人俳優アーミン・ミューラー・スタールは最初から最後まで父ピーターを演じ、本作公開時のミューラー・スタールの実年齢は65歳なので、さすがにデイヴィッドの少年期と青年期は無理がありそうなものだが不思議なほど違和感はなく、むしろ彼の存在感と確かな演技力も本作の成功に貢献している。

デイヴィッドの父ピーター役でオーストラリア映画協会賞助演男優賞を受賞、米オスカーでも助演男優賞にノミネイトされたドイツ人俳優アーミン・ミューラー・スタール
4

 そのほかの俳優たちも全員、安定した演技を見せ、中でもリン・レッドグレイヴは映画の中盤以降に初めて登場するが、長い道をさまよってきたデイヴィッドがついに巡り会う“心のオアシス”、彼の妻となって支える太陽のような女性ジリアン役を好演する。

デイヴィッド(ジェフリー・ラッシュ)が統合失調感情障害であることを知りながらも、自分に思いを寄せるデイヴィッドに引かれていくジリアン(リン・レッドグレイヴ)
5

 実はジリアン以外にも、というか父ピーターを除くとデイヴィッドは周囲の人々には恵まれていた(ピーターも息子デイヴィッドを愛していたことは間違いないが、その愛情の注ぎ方は誰が見ても明らかに歪んでいる)。父ピーターの強烈な印象を際立たせたかったのだろうか、常に夫の顔色をうかがい物静かな母とデイヴィッドの関係がどんなふうであったかは本作ではほとんど描かれないが(同じ家に住んでいながらデイヴィッドと実母の会話シーンは一切ない)、姉や妹たちはデイヴィッドと仲がいい。家族以外でも少年時代のデイヴィッドの才能を見抜き、貧しい父ピーターが月謝を払えないと言うと無償でデイヴィッドにピアノを教えるピアニストのローゼン氏、サロン演奏会で青年となったデイヴィッドの演奏を聴いて「もしよかったらたまに私の家にピアノを弾きにきてほしい」と頼み、以降、孫ほど歳の離れたデイヴィッドを可愛がり、デイヴィッドがロンドンへの留学に旅立つまで親交を深めていく実在のオーストラリア人小説家キャサリン・スザンナ・プリチャード、情熱を持ってデイヴィッドを指導する王立音楽大学のパーカー教授(ジョン・ギールグッド)、精神を病んでしまい夢半ばでオーストラリアに帰国したデイヴィッドが精神科病院に入院中、入院患者の娯楽のためにピアノを弾いていたヴォランティアの女性でデイヴィッドがかつて神童と呼ばれたヘルフゴットだと知りデイヴィッドを退院させるべく行動に移すベリル、退院後のデイヴィッドが専属ピアニストとして働くようになったレストランの女性スタッフでデイヴィッドに常に優しく接するシルヴィア…といった具合に。そのレストランのオーナーで最初はデイヴィッドがピアノを弾けるなどとは思わず鼻であしらっていた、クリス・ヘイウッド(「ミュリエルの結婚」「英雄モラント傷だらけの戦士」)演じるサムも結果的にはデイヴィッドを雇い、そのおかげで店がさらに繁盛したとはいえ、店の2階にデイヴィッドが住めるよう部屋まで提供したのだからいい人だといえるだろう。

青年時代のデイヴィッドと親交を深めた実在のオーストラリア人作家キャサリン・スザンナ・プリチャード(グーギー・ウィザース)
6

 映画の中でのピアノ演奏はすべてデイヴィッド・ヘルフゴット本人によるもので、大人時代のデイヴィッドがピアノを弾くシーンの手のアップもヘルフゴット本人。全編に散りばめられたクラシックの名曲の中では、映画の重要なキーとなるラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」に注目が集まりがちだが、ラストに流れるヴィヴァルディのモテット「まことの安らぎはこの世にはなく」も非常に印象的で、観る者の心を優しく動かす感動的なエンディングにふさわしい選曲といえるだろう。

STORY
 1947年、南オーストラリア州アデレードの貧しいポーランド系ユダヤ人の両親の下に生まれたデイヴィッド・ヘルフゴット(少年期:アレックス・ラファロウィッツ、青年期:ノア・テイラー、大人時代:ジェフリー・ラッシュ)は、父ピーター(アーミン・ミューラー・スタール)の若き日の夢だった音楽家への道を歩むべく、幼少のころから父の厳しい指導の下、ピアノのレッスンに励む。14歳の時に出場したコンテストで世界的に名高いヴァイオリニスト、アイザック・スターン(ランドール・バーガー)に才能を認められ、アメリカでの音楽留学に招かれたが父の頑なな反対に遭い、18歳の時に再度奨学生として招かれた際、またも父から反対されるも勘当同然でロンドンの王立音楽大学に留学、セシル・パークス教授(ジョン・ギールグッド)に師事する。パークス教授の的確な指導によりめきめきとピアノの腕を磨いたデイヴィッドはコンクールでラフマニノフの難曲「ピアノ協奏曲第3番」にチャレンジ、見事に弾きこなすが、弾き終わった途端、舞台で倒れ…。

「シャイン」予告編

「オージー映画でカウチ・ポテト」トップに戻るoz_movie_top