シドニーの底辺でもがく”小魚”/映画「リトル・フィッシュ」

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リトルフィッシュ

Little Fish

(オーストラリア2005年公開、日本2006年公開/114分/MA15+/ドラマ)

監督:ローワン・ウッズ
出演:ケイト・ブランシェット/サム・ニール/ヒューゴ・ウィーヴィング/マーティン・ヘンダーソン/ノニ・ヘイゼルハースト

 

 オージー・オスカー女優ケイト・ブランシェット主演の下、サム・ニール(「ハウス・オブ・ボンド」「わが青春の輝き」)、ヒューゴ・ウィーヴィング(「虹蛇と眠る女」「プリシラ」「マトリックス」三部作、「ロード・オブ・ザ・リング」三部作)、ハリウッド版「ザ・リング」(02)のマーティン・ヘンダーソンなど、アメリカから招かれて参加のヴェトナム系男優ダスティン・ヌエンを除き、そのほかの脇役もすべてに全豪映画TVドラマ界のオール・スターを配した2005年のドラマ映画。日本でも翌2006年開催のオーストラリア映画祭で上映され、2013年にはDVD化もされた。同年度オーストラリア・アカデミー(AFI)賞(現AACTA賞)では作品、監督、脚本、助演男優(ヘンダーソン)、音楽、美術、衣装デザイン、撮影賞など実に13部門にノミネイトされ、主演男優(ウィーヴィング)、主演女優(ブランシェット)、助演女優(ノニ・ヘイゼルハースト)、編集、音響賞の5部門を受賞した。ブランシェットが夫とともに起ち上げた映画会社ダーティ・フィルム製作で、撮影は物語の舞台となるカブラマッタを中心に、シティやチャイナタウンなどすべてシドニー及びその周辺で行われた。

元ヘロイン中毒だったヒロイン、トレイシーをケイト・
ブランシェットが好演し、見事豪アカデミー主演女優賞受賞

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本作で豪アカデミー主演男優賞を受賞したヒューゴ・
ウィーヴィング(左)やサム・ニールなど脇を固めるのもオール・スター

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 シドニーの“リトル・サイゴン”として知られるヴェトナム人街カブラマッタを舞台にした本作、タイトルの“リトル・フィッシュ”とは、日本人には特にお馴染み、市販の弁当に付いてくる小さな魚の形をしたプラスティックのしょうゆ入れのことを指し、映画の中で、この容器の中に液体ドラッグを入れて取り引きされるシーンが出てくる。“リトル・フィッシュ”はそれ以外にも人を小馬鹿にして例える際に“小物(雑魚)”という意味で使うこともあり(スモール・フィッシュ<small fish>と同義)、あまり治安の良くないサバーブとしても有名なカブラマッタの底辺でもがく、ブランシェット演じる元ヘロイン中毒のヒロイン、トレイシーのことでもある。幼いころ、水着姿のトレイシーがビーチで家族と戯れていた回想シーンや、大人になった現在もトレイシーがプールで泳ぐシーンがあり、泳ぐトレイシー自身が“小魚”を意味する。そこから、実際にそういうセリフがあるわけではないが「幼いころ小魚だった私は大人になっても小魚のままなのだろうか」というトレイシーの心の声が聞こえてきそうで効果的。

 本作の前年に公開された「アビエイター」(04)で最初のオスカー(助演女優賞)を、2014年に「ブルージャスミン」で2度目のオスカーにして念願の主演女優賞を手にしたブランシェットの本作での演技は、オール・スターの中にあっても別格の輝きを見せる。元ヘロイン中毒の過去を持つというある種の汚れ役でありながら、薬物中毒を克服して酒も断ち、まっとうな人生を歩もうと懸命に生きる、人生に汚点はあるが心は汚れていない、そんなトレイシーを見事な演技力でごく自然に体現。

ヘロイン中毒に陥ってしまった義父ライオネル(ヒューゴ・ウィーヴィング)の
ことをあれこれ世話するトレイシー(ケイト・ブランシェット)

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 トレイシーの弟で取るに足らないドラッグ・ディーラー、レイ役のヘンダーソンも、もともとは正統派の二枚目だが冴えないヒゲ面で望み、さらにはトレイシーの義父ライオネルを演じるウィーヴィングも、元ラグビー界のスター選手からヘロイン中毒者に堕ちてしまった負け犬の中年男役をそれぞれ完璧なまでの説得力を持って演じている。ライオネルとトレイシーの年齢がそう離れてはいないこと、血が繋がっていない義理の親子関係であることを踏まえても、親子にしては妙に親しすぎるような描写にも注目で(最初に二人が一緒に登場するシーンでは恋人同士のようにさえ見える)、意図してのものであれば、これも非常に意味深だといえる。現在のトレイシーのほかは本作の主要キャラで唯一、真面目に働いて生計を立てているトレイシーの母ジャネル役のヘイゼルハーストも、オージー版・肝っ玉母さん的な愛すべきキャラクターを好演。注目といえばサム・ニールとヒューゴ・ウィーヴィングのキス・シーン(!)にも注目。

姉弟役のケイト・ブランシェットとマーティン・ヘンダーソン
(ヘンダーソンは本作で豪アカデミー助演男優賞にノミネイトされた)

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 上記主要キャスト以外にも、麻薬組織のボス、ジョッキー(サム・ニール)の手下モスの妻ジェニー役にスージー・ポーター(「パルス」)が、また、1シーンだけだがラグビー関連のヴィンテージ商品などを扱う専門店の店員役に、元プロ・ラグビー選手でその後俳優に転身したイアン・ロバーツが扮している。

トレイシーの母ジャネル役で豪アカデミー助演女優賞を
受賞したノニ・ヘイゼルハースト

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トレイシーの弟レイ(マーティン・ヘンダーソン:写真左)と、4年ぶりに
海外からシドニーに戻ったトレイシーの元彼ジョニー(ダスティン・ヌエン)

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 カブラマッタ、ドラッグ、犯罪などのいかにもの設定でありながら、目を覆いたくなるような残酷なシーンは一切出てこないし、トレイシーが母と住む家も義父ライオネルが一人で住んでいる家もごく普通の小綺麗な一軒家で、“底辺でもがく”といっても登場人物たちの生活水準自体は誰が見ても決して悲惨ではない。そういう(悲惨な)設定にすることもできただろうが、監督としてはそこに観賞者の目を向けるのではなく、実力派のオール・スターたちの演技で引っ張るストーリーを見せたかったのだろう。純然たるドラマ作品としてぜひとも観ておきたい傑作オージー映画のひとつだ。

【オーストラリアではあり得ない嘘のシーン】トレイシー(ケイト・ブランシェット)が学生時代からの友人ローラ(リサ・マキューン)と同窓会に出かけ、会場入り口で空港などにあるセキュリティ・ゲイトをくぐるシーンがあるが、政府機関などの建物を除きオーストラリアにはこんな大げさなセキュリティ・システムを設置しているパブやパーティ会場といった娯楽施設はまずない。

【シーンに見るオージーライフスタイル】トレイシー(ケイト・ブランシェット)の元彼で2日前に海外から戻ったばかりだというジョニー(ダスティン・ヌエン)がトレイシーの家を訪れ、トレイシーの母ジャネル(ノニ・ヘイゼルハースト)に「まだタバコを吸ってる? 免税品だよ」と言ってお土産のタバコを2カートン差し出すシーンがある。現在、国外から申告なし(免税扱い)でオーストラリアに持ち込める紙巻きタバコはなんとわずか25本までなので、2005年公開当時ならではのシーンといえる。

【シーンに見るオージーライフスタイル】ジョッキー(サム・ニール)が器用に箸を使って細巻きの巻き寿司を食べるシーンがある。オーストラリアでは本作が公開されたころには既に寿司はごく普通のオージーたちの間でもさほど珍しい食べ物ではなく、さらに現在ではどんな辺ぴな田舎町でもそれなりの規模のショッピング・センターには必ず巻き寿司を売る店が入っているほど一般に浸透している。出回っているのはいわゆる日本のコンビニの手巻き寿司のような小型サイズのものが圧倒的に多く、日本同様1本から購入でき、“スシ・ロール(Sushi roll)”と呼ばれている。

Story

 母ジャネル(ノニ・ヘイゼルハースト)と、事故で片足が義足となった弟レイ(マーティン・ヘンダーソン)とともにシドニーのカブラマッタに住むトレイシー(ケイト・ブランシェット)は、働いているレンタル・ヴィデオ店の共同オーナーにならないかと話を持ちかけられており、そのための資金を必要としているが、かつてヘロイン中毒だった過去からどの銀行からも融資を断られている。トレイシーの母の2番目の夫でトレイシーの義父に当たるライオネル(ヒューゴ・ウィーヴィング)は、ラグビー界の元スター選手から今ではヘロイン中毒者に落ちぶれ、彼に秘かに思いを寄せる巨大麻薬組織のボス、ジョッキー(サム・ニール)からヘロインを調達する日々。そんな義父のことをトレイシーは何くれとなく世話する。ある日、トレイシーの元恋人ジョニー(ダスティン・ヌエン)が4年ぶりにカナダのヴァンクーヴァーから戻り、株のブローカーに出世してトレイシーの前に現れ…。

「リトル・フィッシュ」劇場予告編

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