
※2026年2月17日更新
「キャロル」
原題:Carol
(オーストラリア2015年、日本2016年公開/1時間58分/M/恋愛ドラマ/DVD、Foxtel、Binge、Googleプレイで観賞可能なほかABC iviewで無料配信!→ iview.abc.net.au/show/carol/video/ZW3726A001S00)
監督:トッド・ヘインズ
出演:ケイト・ブランシェット/ルーニー・マーラ/サラ・ポールソン/カイル・チャンドラー
(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)
オーストラリア人俳優では今のところ唯一、2度のオスカー受賞歴を持つケイト・ブランシェット(「リトル・フィッシュ」「サンク・ゴッド・ヒー・メット・リズィー」)が主演だけでなくエグゼクティヴ・プロデューサーのひとりとしても名を連ねた2015年公開の英・仏・豪・米4カ国合作映画。
テレーズ(ルーニー・マーラ:左)が働く百貨店のおもちゃ売り場にキャロル(ケイト・ブランシェット)が買い物にきて二人は出会う

アメリカ人女性作家パトリシア・ハイスミス(1921〜1995)が1952年に発表した小説を、「ベルベット・ゴールドマイン」(1998)などの米国人監督トッド・ヘインズが映画化、1950年代前半のNYを舞台に、年齢も社会階級も異なる二人の女性が互いに引かれ合っていくというストーリーで、ブランシェット演じるNY上流社会の有閑マダムという役どころのタイトル・ロール、キャロルと恋に落ちる中流階級出身の若い女性テレーズ役に、本作の4年前の映画「ドラゴン・タトゥーの女(The Girl with the Dragon Tatoo)」(2011)でオスカー主演女優賞候補となったルーニー・マーラが扮し、オスカーではいずれも受賞を逸したが主演女優(ブランシェット)、助演女優(マーラ)、脚色、撮影、衣装デザイン、作曲賞の6部門にノミネイトされ、カンヌ国際映画祭でも高い評価を受け最高賞であるパルム・ドールを含む3部門で候補となり女優賞(マーラ)とLGBT作品対象のクィア・パルムを受賞した。オーストラリアでも本作のように“合作”ではなく純然たるオーストラリア映画だけを対象にした全豪映画界で最も権威あるオーストラリア映画テレビ芸術アカデミー(AACTAの頭文字から“アークタ”と呼ばれる)賞(旧オーストラリア映画協会賞)とは別に、こちらは国を問わずオーストラリアで公開された全作品が対象となる第5回AACTA国際賞にて作品、監督、脚本、助演女優賞(マーラ)など5部門にノミネイトされ、ブランシェットが見事主演女優賞を受賞した。
一人娘の親権をめぐる離婚調停で苦悩するキャロルにテレーズはそっと寄り添い…

撮影監督にはトッド・ヘインズ監督のお気に入りで「エデンより彼方へ(Far from Heaven)」(2002)と本作の2作のヘインズ監督作品でオスカー撮影賞にノミネイトされたエドワード・ラックマン、音楽はコーエン兄弟のすべての映画のサウンドトラックを担当したカーター・バーウェル、そして衣装デザインは現在までに実に15回もオスカー衣装デザイン賞候補となり、うち3度の受賞歴を誇るサンディ・パウエルで、彼女のオスカー受賞作のひとつはケイト・ブランシェットも彼女初のオスカーを、まずは助演女優賞枠で受賞した「アビエーター(The Aviator)」(2004)だった。やはりパウエルもヘインズ監督のお気に入りで、「ベルベット・ゴールドマイン」「エデンより彼方へ」でも衣装デザインを担当、「ベルベット〜」でもオスカー衣装デザイン賞候補となった。
パトリシア・ハイスミス小説の映画化はアラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい(Plein Soleil)」(1960)が最も有名だが、同じ小説をハリウッドが映画化した「リプリー(The Talented Mr. Ripley)」(1999)もあり、そちらにもケイト・ブランシェットは主要キャラのひとりである富豪令嬢メレディス・ローグ役で出演、つまりブランシェットはハイスミス原作の2作もの映画に出演していることになる。「リプリー」も「キャロル」同様1950年代が舞台で、両作品ともほかのどの出演者よりも当時の富裕層女性のファッションやメイクがサマになっていたという点でブランシェットは群を抜いている。往年のキャサリン・ヘプバーンやローレン・バコールにも通じる一種ストイックなオーラをも漂わせ(彼女がオスカー助演女優賞を受賞した「アビエーター」でキャサリン・ヘプバーン役を演じたのも納得)、非常に目鼻立ちの整った化粧映えする美貌で1950年代当時の上流アメリカ人女性を見事に体現、独特の世界観が魅力のハイスミス作品の映画化に当たってブランシェットほど完璧な女優は、少なくとも現代の英語圏にはいないと言っても過言ではないだろう。
1950年代アメリカ富裕層女性のファッションを完璧に着こなすケイト・ブランシェット

ブランシェットのすごさは恵まれたルックスだけではなく圧倒的な存在感を伴う演技力にある。最愛の一人娘の親権をめぐって夫と離婚調停中のキャロルはそのことで苦悩を抱えており物憂げな表情も見せるが、同性愛がタブー視されていた1950年代のアメリカ人女性としては珍しく、自身が同性愛者であることについては一切思い悩んではおらず、強い意志の持ち主でもある。女性の持つ繊細さと強さをブランシェットは非の打ちどころのない説得力を持って表現している。
テレーズとキャロルは次第に距離を縮めていき…

対するルーニー・マーラも洗練された大人の女性であるキャロルに引かれていくテレーズを初々しい魅力で演じている。キャロルがテレーズをランチに誘い、二人ともドライ・マティーニを飲みタバコを吸うが、惚れ惚れするようなバシッと決まった仕草でキャロルがマティーニを飲みタバコを吸う一方、テレーズはまだどちらにも慣れていないことが分かるぎこちなさがある動作も微笑ましい。このシーンはキャロルが自分の置き忘れた手袋を郵送してくれたお礼にと初めてテレーズを誘ったお洒落な店でのランチで、オーダーを取りにきたウェイターにまずキャロルがクリームド・スピナッチのポーチド・エッグ載せをオーダーし、テレーズも同じものをとウェイターに伝える。クリームド・スピナッチは日豪では一般的ではないが、アメリカでは誰もが知るホウレンソウのクリーム煮で、調べてみたらステーキの付け合わせなどによく使われるという。本作を観終わった後でその事実を知り、ふと、有閑マダムのキャロルがなぜ肉でも魚でもない、ランチというより朝食のようなそんなメニューをオーダーしたのか、なぜテレーズに「何でも好きなものを食べてちょうだい」と言わなかったのか疑問に思い、さらに調べてみたところ、1950年代のNYなどの大都市では洗練された料理として女性たちに愛されていたという。だが理由はおそらくそれだけでなく、テレーズに「ステーキでもロブスターでも何でも注文していいのよ」と言うことによってテレーズが緊張してしまわないよう、あえてカジュアルなメニューを選んだのではないだろうか。というのもこのランチのシーンはパトリシア・ハイスミスの原作にも出てくるが、原作では二人が何を食べたかの描写は一切なく、トッド・ヘインズ監督がキャロルの性格を考慮した上で選んだメニューだったとしたら、彼のこだわりに脱帽である。
フォトグラファーを夢見るテレーズ(ルーニー・マーラ)

脱線が長くなってしまったが、なお、ルーニー・マーラは本作の翌2016年、世界中で大ヒットを記録した「LION/ライオン 〜25年目のただいま〜」に出演、そのさらに2年後の2018年、「LION」と同じオージー監督ガース・デイヴィスによる「マグダラのマリア(Mary Magdalene)」ではヒロイン、マリア役に抜擢され、本作同様「LION」「マグダラのマリア」もオーストラリアも出資国のひとつである合作映画である。
そのほかの出演者では、キャロルの夫ハージ役にカイル・チャンドラーが扮し、キャロルの心はとっくに夫から離れてしまっているにもかかわらずキャロルを愛し続け、一人娘の存在を利用してでもキャロルを繋ぎ止めようとするハージは卑怯な男ではあるが、キャロルを憎んでいるからではなく愛しているからこそ、という点で、観る者にも切ない思いを抱かせる微妙な役どころをチャンドラーはうまく演じ切っている。
妻であるキャロルの心が自分からは離れていると知りつつもキャロルを愛し続ける夫ハージ(カイル・チャンドラー)

テレーズにもボーイフレンドのリチャード(ジェイク・レイシー)がいるが…

キャロルと以前恋人同士だった、今はキャロルの親友のアビー(サラ・ポールソン)

キャロルとテレーズが車での旅行中に知り合ったトミー(コーリー・マイケル・スミス)は行商人とのことだが…?

キャロルとテレーズのベッド・シーンもとても美しく描かれる。ここではルーニー・マーラだけが美しい乳房もあらわにする一方、ケイト・ブランシェットは背中しか見せない。既に2度のオスカーを受賞していた大女優であるブランシェットがヌードになることを拒否したとも考えられるが、あるいはブランシェットは若いマーラに“花を持たせた”のかもしれない。二人とも脱いでしまっては観客は目のやり場に困るというよりも、「え、ケイト・ブランシェットのヌード? すごい! でもルーニー・マーラも綺麗!」と錯乱させられたかもしれない。別の映画ではデイヴィッド・ボウイも主役のひとりだった1983年の吸血鬼映画「ハンガー」でカトリーヌ・ドヌーヴとスーザン・サランドンのベッド・シーンがあるが、そこでもやはり全裸の胸を見せたのはまだ若かったサランドンだけで、フランスの大御所女優ドヌーヴは見せなかった(そちらに関してはドヌーヴが断固拒否した可能性が高いと思われるが…)。
非常に美しく描かれるキャロルとテレーズのベッド・シーン

ブランシェットもマーラも実生活では異性愛者だが、トッド・へインズ監督、原作のパトリシア・ハイスミス、キャロルの親友でかつてキャロルと恋人同士だったこともあるアビー役のサラ・ポールソンの3人が同性愛者であることを公言しており(ハイスミスはバイセクシュアル)、現実社会にこんな“美女美女カップル”はめったにいないだろうという突っ込みどころは別にして、ストーリー展開自体には非常にリアリティがあり、LGBT映画の最高峰に数えてもおかしくない秀作である。
【シーンに見るLGBTの伏線?】キャロルが娘へのクリスマス・プレゼントを買いにテレーズが働く百貨店のおもちゃ売り場へ行って二人が初めて出会うシーンで、キャロルはある特定の人形の商品名をテレーズに告げるがその商品は売り切れてしまっていた。落胆しながらもキャロルが「あなたが4歳の時はどんな人形が好きだった?」と尋ねると、テレーズは「私は人形にはあまり興味がなくて」と答え、キャロルはさらに「じゃあどんなおもちゃが好きだったの?」と聞き、テレーズは「鉄道模型(train set)」と答える。これはすべてのLGBTに当てはまるわけではもちろんないが、レズビアンの場合、幼いころ、一般的なストレートの女の子が好きな人形遊びに興味がなく、テレーズのようにやはりこちらも通常はストレートの男の子が好む電車や車の模型で遊んでいたという人も少なくない(ゲイの男性で小さいころ人形遊びが好きだったという人がいるのと同様)。ただし、そういったレズビアンの場合、大人になると映画の中でテレーズが着ているような、いかにもといった“女性っぽい”服装も好まない傾向が強く、その点は若干矛盾している。
【会話に見る英語のヒント】キャロルとの車での旅行中、テレーズが朝、ホテルの食堂でひとりコーヒーを飲んでいるテイブルにトミー(コーリー・マイケル・スミス)が相席し、トミーが持っているカバンを目に留めたテレーズが「中には何が入っているの?」と聞くと、「ノーションズ(※裁縫道具を意味するnotionの複数形)」とトミーが答え、「(裁縫道具を)売ってるんだ」と補足する。当時のアメリカでは主に裁縫道具全般と、ほかにも女性が日常生活で使う小物などを売り歩く行商人が存在し、テレーズが「口紅は売ってる?」と聞くのはそのため。トミーは口紅は持っていなかったが「雑誌ならあるよ」と答えている。
STORY
1952年、クリスマスが近づくNY。フォトグラファーを夢見るテレーズ・ベリヴェット(ルーニー・マーラ)はマンハッタンにある百貨店のおもちゃ売り場で働いており、幼い娘へのクリスマス・プレゼントを買いにきた有閑マダム、キャロル・エアード(ケイト・ブランシェット)の美しさと気品に目を奪われる。テレーズがすすめた商品を購入することにしたキャロルは商品配送手続きの際、手袋をカウンターに置き忘れ、テレーズは百貨店からではなく個人的に手袋をキャロルに郵送する。手袋を受け取ったキャロルは百貨店に電話をかけてテレーズに繋いでもらい、お礼にランチをご馳走させてとテレーズをお洒落なレストランへ誘い出す。場慣れしていないテレーズだったが洗練されたキャロルへの憧憬は募り、キャロルもテレーズに好意を抱き、今度は娘と暮らすNY郊外の自宅へテレーズを招き、二人は次第に引かれ合っていく…。
「キャロル」日本版予告編


