「サンプル・ピープル」
原題:Sample People
(オーストラリア2000年公開、日本未公開/1時間37分/MA/クライム・コメディ・ドラマ/DVD、YouTubeムービー、Googleプレイで観賞可能)
監督:クリントン・スミス
出演:カイリー・ミノーグ/ベン・メンデルソーン/ジョエル・エジャトン
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シドニーのナイトライフとそこに生きる若者たちの48時間を描いた2000年の異色のクライム・コメディ・ドラマ映画。シドニーの有名なスポットも出てくるが、それらは“別撮り”によるもので、俳優たちのシーンは全編南オーストラリア州アデレードで撮影された。
真っ赤なボブヘアとクールなメイクでマフィアの情婦ジェス役を演じるカイリー・ミノーグ

主要登場人物が10人以上に及び、最初は2人ずつなど少数で別々に描かれるそれら登場人物たちが、ストーリーの進行に伴い次第に接点を持っていくというなかなか凝った脚本が印象的。その分、初めて観る際には映画の前半がやや複雑に感じられ理解するのが困難な部分もあるが、予備知識なしに初めて観ると「要するにこの映画にはストーリーというものが存在しないのだろう」と案外気楽に観賞できてしまうから、これも不思議。それほど冒頭からいきなりセックス、ドラッグ、クラビング中のオーヴァードーズといった退廃的な描写が次々に登場し、それぞれのシーンが決して長くもなくガラリと、そしてコロコロとシーンも登場人物も変わる。深く考えずに観ても最終的には「そういうことか」ときちんと頭の中でストーリーが繋がるので、デイヴィッド・リンチ的な厄介かつ意地悪なヒネリなどはない。結局、観終わった感想は「実に分かりやすい映画だった」というものになるはず。
ゴス系メイク&ファッションのバイセクシュアル、ジョン役のベン・メンデルソーン

10人以上の主要キャラは全員がおのおの主役と言ってもいいほどまんべんなく見せ場があり、その中のひとりをカイリー・ミノーグ(「ムーラン・ルージュ」「恋に走って」)が演じているというのが最大の話題で、前述の通りはっきり誰が主役という映画ではないものの、カイリーが映画の一番最初に名前がクレジットされる堂々のトップ・ビリングを飾る。1987年の歌手デビュー以来現在まで実に40年近く、歌手としては一度も低迷期を迎えることなく連続ヒットを放っているカイリーは、オーストラリアの人気長寿ソープ・オペラ「ネイバーズ」出身とはいえもともと女優から芸能界でのキャリアをスタートしており、残念ながら主役級の役柄で出演した映画では“名作”には恵まれてはいないものの決して“大根役者”ではない。本作では、まあ彼女が自身のミュージック・ヴィデオで見せる表情の延長のような感じではあるが、表向きは人気のナイトクラブのオーナーというマフィアが囲っている情婦ジェス役をそれなりにクールに演じている(途中、コカインを吸入しようとしている際に頭を小突かれて、ストロー状に巻いた紙が鼻の穴に突っ込むというお笑いシーンもあり)。カイリーはエンドクレジットとともに流れる主題歌「ザ・リアル・シング」も歌っており、同曲収録のサントラ盤は全豪アリア・アルバム・チャート最高38位を記録した。
カイリー・ミノーグ

カイリー以外で日本の映画ファンにもお馴染みの顔ぶれは、どちらも別のオージー映画「アニマル・キングダム」に出演し、ともにオーストラリア映画協会賞の主演男優賞と助演男優賞にノミネイトされ、主演男優賞を受賞したベン・メンデルソーン(「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男<Darkest Hour>」「ハーモニー <1996年版>」※ほか彼が出演したオージー映画一覧はこの画面一番下に掲載!)と、こちらは助演男優賞受賞したジョエル・エジャトン(「華麗なるギャツビー」「スターウォーズ」エピソード2と3 ※ほか彼が出演したオージー映画一覧はこの画面一番下に掲載!)で(※ジョエル・エジャトンの名字は“Edgerton”という綴りからか日本では“エドガートン”と記載されるが“エジャトン”が正解)、特にメンデルソーンは本作ではゴシック・パンク界の有名なミュージシャン、マリリン・マンソンばりのメイクと出で立ちのバイセクシュアルという役どころで登場する。現在に至るまで、メンデルソーンが演じてきた役柄の中ではかなり異色だが違和感なくピタッとハマっていて、こういう役もこなすのだと改めて彼の才能を実感。
ジョエル・エジャトン(左)とベン・メンデルソーン

そのほかの出演者では、カイリー演じるジェスを情婦として囲っているマフィアTT役のデイヴィッド・フィールド(「マッドマックス:フュリオサ」「ワイルド・ボーイズ」「トゥー・ハンズ/銃弾のY字路」)、TTの手下でTTに隠れてジェスと浮気しているアンディ役のサイモン・リンドン(「ワイルド・ボーイズ」)などが印象に残る演技を見せる。
ベン・メンデルソーン

冒頭で触れたようにシドニーが舞台という設定でありながら、俳優たちが演技しているシーンはすべてアデレードで撮影され、残念ながら本作がさしたるヒットに恵まれなかった要因をそこに見出すことができる。どんなにシドニーに実在する地名が書かれた道路標識などを映し出しても、オーストラリア最大の大都市シドニーと地方都市にすぎないアデレードでは空気の質感がまるで異なり、ほんの数キロ先に砂漠が広がっていそうなアデレードの雰囲気は画面を通してはっきりと見る者に伝わってきてしまう。2000年公開ということはCG技術なども既に存在していたから、それなりの制作費があればデジタル処理によってシドニーが持つ空気感を再現できたのかもしれない。ドラッグやクラビングという要素は21世紀の今の世の中、決してクールなものとして描く必要はないが、退廃と束の間の夜のきらめきが一部の人間のすべてを支配する、いかにも大都市だけが持ち得る質感は、それをテーマに据えた映画には絶対に不可欠で、予算の関係など諸事情あってのことだろうとはいえ、なにがなんでも全編シドニーで撮影されるべきだった。
いずれにしても、つまらない映画ではないし、駄作というわけでもない。笑うべきかシリアスになるべきか、クライマックスは嘘みたいな展開だが面白い。目を覆いたくなるような過激な暴力シーンもなく、全編クールにダサい、そんな対照的な要素が両方楽しめてしまう珍しい映画で、観る価値は大アリ。
STORY
ケバブのテイクアウェイ・ショップで働くレン(ネイサン・ペイジ)は、ダンス・パーティのポスターにモデルとして出ているDJラッシュ・パピー(ナタリー・ロイ)にポスターを見ただけで一目惚れ。人気のナイトクラブを経営するマフィアのTT(デイヴィッド・フィールド)は、彼の情婦ジェス(カイリー・ミノーグ)と手下のアンディ(サイモン・リンドン)が浮気しておりTTの大金を持って駆け落ちしようとしていることを知らない。夜遊び大好きカップルのセム(ジョエル・エジャトン)とクレオ(ポーラ・アルンデル)、最近クレオがオーヴァードーズ気味なのにセムは少々ウンザリしており、車での帰宅中、道で倒れているバイセクシュアルのジョン(ベン・メンデルソーン)を拾ったセムたちは…。
●ベン・メンデルソーン出演のその他のオージー映画(テレビドラマ含む):「美しい絵の崩壊」「アニマル・キングダム」「オーストラリア」「サンプル・ピープル」「シークレット・メンズ・ビジネス」「エイミー」「ハーモニー(1996年版)」「泉のセイレーン」「君といた丘」
●ジョエル・エジャトン出演のその他のオージー映画(テレビドラマ含む):「華麗なるギャツビー」「アニマル・キングダム」「ケリー・ザ・ギャング」「トエンティマン・ブラザーズ」「サンプル・ピープル」「シークレット・メンズ・ビジネス」
映画「サンプル・ピープル」の予告編は見つけられなかったが、カイリー・ミノーグが歌った主題歌「ザ・リアル・シング」の同映画のシーンを盛り込んだMVがこちら


