アボリジナルの身近で育った白人監督の秀作(映画「ハイ・グラウンド」)

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※2025年12月9日更新

ハイグラウンド

原題:High Ground

(オーストラリア2020年公開、日本未公開/1時間44分/MA15+/サスペンス・ドラマ/DVD、Netflix、Googleプレイ、Apple TV、Amazonプライムで観賞可能)

監督:スティーヴン・マックスウェル・ジョンソン
出演:サイモン・ベイカー/ジェイコブ・ジュニア・ナイングル/ジャック・トンプソン/カラン・マルヴェイ

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 1911年に現オーストラリア北部準州(ノーザン・テリトリー:NT)の人里離れたガン・ガンという名の村落でアングロサクソン系入植者により女性や子供も含む30人もの先住民族アボリジナルの人々が殺害された「ガン・ガン大虐殺(Gan Gan Massacre)」と呼ばれる実際に起こった事件にヒントを得て制作された2020年公開のオーストラリア映画。

説得力ある演技によりAACTA賞主演男優賞候補となったサイモン・ベイカー

大虐殺の数少ない生き残りの幼い少年グジャックが成長した12年後を演じ、サイモン・ベイカーと並んでAACTA賞主演男優賞にノミネイトされたジェイコブ・ジュニア・ナイングル

 1990年代前半にアボリジナル音楽を当時の最新ダンス・ミュージックと融合させたスタイルにより日本を含む海外でも話題を集めたオーストラリアのロック・グループ、ヨスー・インディのヒット曲「トリーティ」と「ジャパナ」のミュージック・ヴィデオを監督し、その後、映画監督に転身してからもアボリジナルの人々をテーマにした作品を得意とするスティーヴン・マックスウェル・ジョンソンの下、日本でもオンエアされたアメリカの連ドラ「ヒューマニスト 堕ちた弁護士(The Guardian)/旧邦題:堕ちた弁護士 -ニック・フォーリン-」(2001〜2004)と「メンタリスト/旧邦題:THE MENTALIST メンタリストの捜査ファイル」(2008〜2015)両シリーズに主演したオージー・ハリウッド・スター、サイモン・ベイカー(「リンボー」「ブレス あの波の向こうへ」「シークレットメンズビジネス」)が主演、ほぼ全編、カカドゥ国立公園やアーネム・ランドなどNTで撮影された。ベルリン国際映画祭を筆頭に各国の映画祭にも出品、全豪映画界で最も権威ある第11回オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー(AACTAの頭文字から“アークタ”と呼ばれる)賞(旧AFI賞)では受賞こそ衣装デザイン賞とキャスティング賞の2部門に留まったが作品、監督、主演男優(サイモン・ベイカーとジェイコブ・ジュニア・ナイングル)、助演男優(ジャック・トンプソンとショーン・ムヌングル)、助演女優(エスメレルダ・マリモワ)、脚本、撮影、編集賞、と主要10部門12候補となった。

トラヴィス(サイモン・ベイカー:左)とその同僚警官でミッション村常駐のエディ(カラン・マルヴェイ)

トラヴィスとエディの上司モラン役でAACTA賞助演男優賞候補になったジャック・トンプソン

 スティーヴン・マックスウェル・ジョンソン監督はイギリス生まれのアングロサクソン系だが両親ともに海外の子供たちに教えることが専門の教師だったことからバハマ、アフリカ、そしてNTで育ち、実父がNT州都ダーウィンのアボリジナル生徒のための学校で勤務していた時代が長く、自然と多くのアボリジナルの友人に恵まれた。本作はそんな監督の、アングロサクソンとアボリジナル両方の視点が理解できるバックグラウンドならではの秀作といえる。なお、前述のヨスー・インディのオリジナル・メンバーであるウィティヤナ・マリカは監督の友人でもあり、本作のプロデューサーのひとりとしても名を連ねている。

ミッション村の宣教師バドック(ライアン・コア)とその妹クレア(カレン・ピストリアス)

 主演のサイモン・ベイカーもアングロサクソン系だが本作の3年後にはアボリジナル系オージー監督アイヴァン・センによる、こちらもアボリジナルの登場人物が重要な役どころを演じるミステリー映画「リンボー」にも主演している。ハリウッド進出後にベイカーが出演したオーストラリア映画は数えられるほど少ない中、わざわざどちらも低予算かつ地味ともいえる本作と「リンボー」を選んだということは、ベイカーもアングロサクソン系ながらアボリジナルの人々がオーストラリアの歴史の中でいかに不当に扱われてきたかという事実に個人的に関心が高いのだろう。ハリウッド・スターとして世界的な知名度を持つに至った今こそ、それを大いに活用して国内外の人々に、例え母国オーストラリアの恥ずべき“黒歴史”であっても真実を知ってもらいたいという思いが感じられて好感度が高い。そんな実生活でのベイカーと違って本作では、正義感がありながらもアボリジナルの人々のために何かしてあげるには白人社会にあって自分がいかに無力かという現実に、半ば自らの人生さえ諦めたかような元狙撃兵の警察官トラヴィス役を説得力を持って演じきっている。また、映画の前半では現役警察官ということで清潔感のある身なりだが、警官を辞め12年が過ぎた後半では世捨て人さながら顎髭を蓄えガラリと異なるルックスで登場。

サイモン・ベイカー(左)とアーロン・ピーダーセン

 本作はかつてイタリアで量産された西部劇を“マカロニ・ウエスタン”と呼ぶように、オージー西部劇を指す“ミート・パイ・ウエスタン”や“カンガルー・ウエスタン”と例えられることもあるが、そんな軽々しい表現は失礼極まりないと思えるほど真面目なサスペンス・ドラマ映画で、実際、スティーヴン・マックスウェル・ジョンソン監督も本作を例えるなら“西部劇(Western)”に対しオーストラリア北部を舞台にしている“北部劇(Northern)”だと答えている(※ただし北半球の人々にとっては“北部イコール寒い土地”というのが一般的だから、南半球のオーストラリアでは“北部イコール暑い土地”というのがイメージしづらいだろうが)。

大虐殺を生き残り、トラヴィス(サイモン・ベイカー)に助け出されるグジャック(少年時代:グルウク・ムヌングル)

 サイモン・ベイカー以外の出演者では、アングロサクソン系の主人公を演じたベイカーに対し、アボリジナル系の主人公で、まだ幼い子供だった時に大虐殺で母を殺され、その後、ミッション村で心ある入植者に育てられた青年時代のグジャック役を演じベイカーと並んでAACTA賞主演男優賞候補となったジェイコブ・ジュニア・ナイングルが、本作が芸能界デビュー作とは思えない演技力を見せる。

ジェイコブ・ジュニア・ナイングル(左)とサイモン・ベイカー

 アボリジナル系俳優ではほかにもグジャックの叔父で大虐殺の際に銃弾を受けたが奇跡的に生き残り、12年後、入植者たちへの復讐を実行に移すベイワラ役のショーン・ムヌングル、ベイワラの味方で勇ましい女戦士的なグルウィリ役のエスメレルダ・マリモワがそれぞれAACTA賞助演男女優賞にノミネイトされた。また、前述のヨスー・インディのオリジナル・メンバーで本作のプロデューサーのひとりでもあるウィティヤナ・マリカは大虐殺の際にたまたまその場にいなかったため生き延びた村の長でありグジャックの祖父でもある役で出演している。そして、映画の中盤以降に、かつてオーストラリアの人気の刑事モノ連ドラなどに主演し、ハンサムなアボリジナル男優として人気を博したアーロン・ピーダーセン(「イーストウエスト101 ①」「デッドハート」)も登場。

 アングロサクソン系ではミッション村常駐のもうひとりの警官で、ベイカー演じるトラヴィスと違ってアボリジナルの人々に対して冷淡なエディ役にハリウッド映画「300〈スリーハンドレッド〉〜帝国の進撃〜(300: Rise of an Empire)」(2014)のスキリアス役で知られるカラン・マルヴェイが扮しているほか、トラヴィスとエディの上司モラン役に、ブルース・ベレスフォード監督による別のオージー映画「英雄モラント傷だらけの戦士」(1980)でカンヌ映画祭助演男優賞を受賞した大御所演技派男優ジャック・トンプソン(「人生は上々だ!」「サンデイトゥーファーアウェイ」※ほか彼が出演したオージー映画一覧はこの画面一番下に掲載!)。本作でトンプソンはショーン・ムヌングルとともにAACTA賞助演男優賞にノミネイトされた。さらに、ミッション村の宣教師バドック役に実話を基にした「ホールディングマン君を胸に抱いて」(2015)で主人公のゲイの青年役を演じAACTA賞主演男優賞候補となったライアン・コア(「しあわせの百貨店へようこそ」)、バドックの妹でやはり兄とともにミッション村で暮らし、愛情を持ってグジャックを育てたクレア役に、本作と同じ2020年公開のハリウッド映画「アオラレ(Unhinged)」にオスカー男優ラッセル・クロウとともに主演したカレン・ピストリアスが扮している。以上、どちらもニュー・ジーランド出身のカラン・マルヴェイとカレン・ピストリアス以外は全員オージーである。

 大自然の風景描写も素晴らしく、本作はあくまでも“史実を基にしたフィクション”ではあるが、20世紀前半当時のオーストラリア北部の様子を知る上でもぜひ観ておきたい映画としておすすめ。

 なお、本作のようにアウトバックが舞台のオージー・サスペンス映画にニコール・キッドマン主演の「虹蛇と眠る女」(2015)やブライアン・ブラウン主演の「デッドハート」(1996)、前述の通り本作と同じサイモン・ベイカー主演の「リンボー」(2023)などがあり、本作同様アボリジナルの登場人物が物語に絡んでいる。

STORY
 第一次世界大戦に狙撃兵として従軍したトラヴィス(サイモン・ベイカー)は戦後、オーストラリア北部アーネム・ランドのイルカラ地域に置かれたキリスト教のミッション村の警察官になっていた。1919年、ヨルング(※イルカラ地域で暮らす、ヨルング語を話すアボリジナル)たちが暮らす近隣の小さな村落を訪れてのキリスト教の布教活動に際し、アングロサクソン系の人間の登場によって万一その村のヨルングたちが動揺して攻撃してきた場合のための護衛としてトラヴィスは村を見渡せる岩山の高台から銃を構えて待機していた。宣教師バドック(ライアン・コア)とともに村に接近した警官たちはトラヴィス以外、誰も発砲してはならないと命令されていたが、襲いかかってこようとしたひとりのヨルング男性に警官のひとりが発砲してしまい、それを引き金に無抵抗の女性や子供たちまで無差別に村人たちを射殺し始め、高台から降りたトラヴィスはその警官を射殺するがその場にいた十数人の村人全員が犠牲となった。隠れていたおかげで助かったヨルングの幼い少年グジャックはトラヴィスに救い出され、家族を失ったグジャックはキリスト教のミッション村で育てられることになる。トラヴィスの同僚エディ(カラン・マルヴェイ)は事件の真相を隠蔽することに決め、嫌気が差したトラヴィスはミッション村を去る。12年後、宣教師バドックとともにミッション村で暮らすバドックの妹クレア(カレン・ピストリアス)に愛情を持って育てられたグジャック(ジェイコブ・ジュニア・ナイングル)は立派な青年へと成長、一方、ミッション村から離れた土地で暮らすようになっていたトラヴィスは、かつての上司モラン(ジャック・トンプソン)に呼び戻され…。

●ジャックトンプソン出演のその他のオージー映画「ハイ・グラウンド」華麗なるギャツビー」「オーストラリア」「人生は上々だ!」「英雄モラント/傷だらけの戦士」「サンデイ・トゥー・ファー・アウェイ

「ハイ・グラウンド」予告編

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