
※2025年7月8日更新
「スウィミング・アップストリーム」
原題:Swimming Upstream
(オーストラリア2003年公開、日本未公開/105分/M/伝記ドラマ/DVD、Amazonプライムで観賞可能)
監督:ラッセル・マルケイ
出演:ジェシー・スペンサー/ジェフリー・ラッシュ/ジュディ・デイヴィス
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1962年に現在のコモンウェルス・ゲイムズ(※後述の【映画に出てくる実在の大会】参照)の前身である大英帝国イギリス連邦競技大会に競泳選手として背泳ぎで出場し銀メダルを獲得、2年後の1964年開催の東京オリンピックにも正式に招かれながらそれを辞退してスポーツ推薦による米ハーヴァード大学への留学の道を選んだ実在のオーストラリア人アンソニー(トニー)・フィングルトンの同名自叙伝を基に、フィングルトン自ら脚本を手がけただけでなくエグゼクティヴ・プロデューサーのひとりにも名を連ね2003年に公開されたオーストラリアとアメリカの合作映画。ミュージック・ヴィデオ(MV)畑出身でデュラン・デュランとエルトン・ジョンの何曲もの大ヒット曲のMVを筆頭に、ほかにもビリー・ジョエルやロッド・ステュワート、カルチャー・クラブなどそうそうたる大スターたちのMVを手がけ1980年代のMTV全盛期を牽引したラッセル・マルケイ監督の下、主人公トニー役にどちらも日本でもオンエアされたアメリカの連ドラ「シカゴ・ファイア」の主演や「Dr.HOUSE(原題:House)」のレギュラー出演で知られるジェシー・スペンサー、トニーの両親役には「パイレーツ・オブ・カリビアン(Pirates of the Caribbean)」シリーズのヘクター・バルボッサ役が有名なオスカー男優ジェフリー・ラッシュ(「台風の目」「シャイン」※ほか彼が出演したオージー映画一覧はこの画面一番下に掲載!)とこちらも2度のオスカー候補歴を持つジュディ・デイヴィス(「リベンジャー 復讐のドレス」「台風の目」「わが青春の輝き」)という演技派二大俳優を配し、クイーンズランド州ブリスベン、ニュー・サウス・ウェールズ州シドニー、西オーストラリア州パース、と州をまたにかけ撮影された。全豪映画界で最も権威ある第44回オーストラリア映画協会(AFI)賞(現オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞)では残念ながら受賞は逸したが主演男優(ラッシュ)、主演女優(デイヴィス)、脚色(フィングルトン)、美術、衣装デザイン賞の5部門にノミネイトされた(※本作が劇場公開されたのは2003年だが、なぜか2002年度開催のAFI賞で候補となった)。
1960年代初頭に活躍した実在のオーストラリア人競泳選手トニー・フィングルトンをジェシー・スペンサーが好演

トニーの両親役にどちらも演技派の大御所ジェフリー・ラッシュとジュディ・デイヴィスが扮しAFI賞主演男女優候補に
監督も主要キャストを演じた俳優も全員オージーで、特にラッセル・マルケイは前述の通り主にUK音楽界での華々しい活躍ぶりから日本でもその名を知られるが、彼もオージーだったことは知らなかった日本人も少なくないはず。また、成長するにつれて兄トニーと競泳界で張り合っていくことになる弟ジョンを、演技だけでなく歌の才能にも恵まれオーストラリア国内でワン・マン・キャバレー・ショウも行い、2024年にはメルボルンとシドニー・オペラ・ハウスでロング・ラン公演されたミュージカル「サンセット大通り」にサラ・ブライトマンとともに主演したティム・ドラクスル(「ア・フュー・ベスト・メン」)が演じている。スペンサーもドラクスルも正統派の美形男優で、泳ぐシーンで見せる身体も当然のように完璧。しかも、トニーとジョン兄弟が競泳選手として成長していく姿だけでなく家族の愛憎も描いたシリアスなドラマである本作で、二人とも大御所ラッシュとデイヴィスに引けを取らない説得力ある演技を見せる。
ともに水泳選手として頭角を現していく兄トニー(ジェシー・スペンサー:右)と弟ジョン(ティム・ドラクスル)
ジェシー・スペンサー
そのほかの出演者では、フィングルトン一家の近所に住み、ドーラ(ジュディ・デイヴィス)の親友としてドーラのことを親身に気遣う中年女性役に名脇役女優デボラ・ケネディ(「人生は上々だ!」「ティム」※ほか彼女が出演したオージー映画一覧はこの画面一番下に掲載!)、トニーと同世代のこちらも実在のオージー女性競泳選手で1964年の東京五輪における女子100メートル自由形の金メダル獲得をはじめ数々の記録を打ち立てたドーン・フレイザー役にメリッサ・トーマス(「ブライズ・オブ・クライスト」)、そして映画の中でのドーン・フレイザーのコーチ役でなんとドーン・フレイザー本人が出演しているほか、トニーと同じ大会に出場し、試合直前にトニーに一言だけ声をかける名もなき“競泳選手”役でガイトン・グラントリー(「ハウス・オブ・ボンド」「リベンジャー 復讐のドレス」「イースト・ウエスト101 ②」)も顔を出している。
ストーリーは主に次男トニーと父ハロルドの親子関係を主軸に、5人兄弟の中で(上の4人は男で末っ子だけ女の子)なぜか三男ジョンばかりを偏愛し、次男であるトニーのことを全く愛さない父、という親子の葛藤を描く。当然トニー自身はずっと父に愛されたい、認められたいと願って生きてきており、だがその悩みを抱えている以外は素直で明るい好青年だ。ジェシー・スペンサーはそんなトニーの繊細な苦悩をごく自然な演技で体現する。トニー・フィングルトンの自叙伝と本作のタイトル「スウィミング・アップストリーム」は“流れに逆らって泳ぐ”という意味であり、競泳選手だったというだけでなく、貧しい家に生まれ育ち、父には愛されなかった主人公トニーが、だが逆境に負けず自らの人生を切り拓いていく姿を指している。
父ハロルド(ジェフリー・ラッシュ)はなぜか三男ジョン(ティム・ドラクスル)の才能を伸ばすことばかりに熱心で…
ジェフリー・ラッシュとジェシー・スペンサー
対するジェフリー・ラッシュはイヤ〜な性格かつ飲んだくれのろくでなしであるハロルドを完璧に演じきっている。トニーに対しての冷たい態度は今の世でいうなら間違いなく“毒親”のそれで、小さいころはハロルドに焚きつけられトニーをいじめていた長男でさえ、成長とともに理不尽なハロルドからトニーや母をかばうようになり、7人家族の中でハロルドは孤立していく。
イヤ〜な性格の父ハロルドを完璧に演じるジェフリー・ラッシュ
もうひとつの見どころは、幼いころはとても仲のいい兄弟だったトニーとジョンが、成長し競泳界で張り合っていくようになるにつれ、特に弟ジョンの兄トニーに対する対抗意識から次第に二人の関係がギクシャクしていく展開にある。父の過度の期待を受け、そしておそらくは父からトニーに負けるなと吹き込まれ、本当は大好きなはずのトニーを子供のころのような素直な目で見ることができなくなっていくジョンの切ない心情を表現したドラクスルも見事。
そんな中、父と違って子供たち全員に分け隔てない愛情を注ぐ母ドーラは夫ハロルドと次男トニー、そしてトニーとジョン兄弟の間に溝が深まっていくことに心を痛める。トニーと二人きりのシーンで静かにトニーに語り聞かせる2度のオスカー候補女優ジュディ・デイヴィスの演技にも注目。ちなみにジェフリー・ラッシュとジュディ・デイヴィスは本作以前に「革命の子供たち(Children of the Revolution)」(1996)でも夫婦役で共演歴があり、本作の後にも「台風の目」(2011)で兄と妹役で共演している。どちらもオージー映画で、二人ともハリウッドで成功を収めた後も律儀にオーストラリア映画に出演しており好感が持てる。
左から末っ子のダイアン(ブリタニー・バーンズ)、三男ジョン(ティム・ドラクスル)、母ドーラ(ジュディ・デイヴィス)、四男ロナルド(クレイグ・ホーナー)、次男トニー(ジェシー・スペンサー:右)
ストーリー展開もさることながら、ブライアン・デ・パルマ監督のオリジナル版「キャリー」(1976)で名高い“画面分割描写”の技術を駆使した白熱の試合シーンは、さすがMV畑出身といったマルケイ監督のセンスが光る。1979年にイギリスのドキュメンタリー・コメディ「デレク&クライヴ・ゲット・ザ・ホルン」で劇場映画監督デビュー、1985年にオージー・ホラー「レイザーバック」でドキュメンタリーではないドラマ映画監督デビューしたマルケイ監督の映画での代表作は「ハイランダー 悪魔の戦士」(1986)とその続編(1990)で、ほかもアクションものがメインな中、純然たるドラマ映画である本作の存在は非常に珍しく、その点でも貴重。
映画の中では描かれないその後のトニー・フィングルトンだが、ハーヴァード大学卒業後、オーストラリアには戻らずアメリカに留まり脚本家/映画プロデューサーとなり、本作だけでなく「フィービー・ケイツの私の彼は問題児(Drop Dead Fred)」(1991)なども彼が脚本兼エグゼクティヴ・プロデューサーを務めた。
トニーとジョン兄弟の子供時代を演じた子役たちも好演しており、家族の愛憎劇、特に、父親に認められたい次男と、なぜか三男ばかりに愛情を注ぎ次男のことを愛せない父親の歪んだ親子関係という点で、なんとなく父親役であるジェフリー・ラッシュの出世作にしてオスカー主演男優賞を受賞した「シャイン」(1996)を彷彿させる部分もある。どちらの作品も、観てよかったと思える感動のヒューマン・ドラマとしておすすめ。
【映画に出てくる実在の大会】コモンウェルス・ゲイムズ(英連邦競技大会)は、オリンピックと比べると日本ではあまり知名度がないが、イギリス連邦に属する52の国と地域が参加し、オリンピック同様4年ごとに開催される総合競技大会で、参加国民の間では五輪同様の注目を集める由緒あるスポーツ・イヴェントでもある。1930年のカナダ・ハミルトンでの第1回大会から何度か名称が変更され、本作で登場する1962年に西オーストラリア州パースで開催された第7回開催時は大英帝国イギリス連邦競技大会(British Empire and Commonwealth Games)という名称だった。
【映画に登場する実在の商品】成長したジョン(ティム・ドラクスル)が家で長方形のビスケットを口にしているシーンで使われたのは、ティム・タムなどで知られるオーストラリア最大手のビスケット・ブランド、アーノッツがティム・タムより古い今から100年以上も前の1906年に販売開始し現在もオーストラリアのどのスーパーでも売られているほど人気のアイスト・ヴォヴォ(Iced VoVo)という商品名の大衆菓子で、ビスケットの片面にピンク色のフォンダンとラズベリー・ジャムが塗られ、その上にココナツ・パウダーを振りかけたもの。日本人の味覚にも合うので、“日本では売っていないオーストラリア土産”としてもおすすめ。
STORY
1950年代のブリスベン。貧しい港湾労働者の家に生まれ育った5人兄弟の次男トニーと三男ジョンは、幼いころから水泳に夢中になる。父ハロルド(ジェフリー・ラッシュ)はアルコール依存症で気分屋、長男は乱暴でしょっちゅうトニーをいじめていたが、母ドーラ(ジュディ・デイヴィス)はいつもトニーをかばってくれ、長男以外とは兄弟仲も良かった。ある日、トニーとジョンの水泳教室にやって来たハロルドは、二人が泳ぐ姿を見て二人に競泳選手になれる可能性があることを見抜くが、なぜかジョンの才能を伸ばすことばかりに熱心で、トニーが大会で勝っても少しも嬉しそうな表情を見せなかった。たくましい青年へと成長したトニー(ジェシー・スペンサー)とジョン(ティム・ドラクスル)は競泳界でメキメキ頭角を現していき…。
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