インディー・ポップ・ミュージシャン、ベン・リー唯一の映画出演作「ザ・レイジ・イン・プラシッド・レイク」

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※2025年9月3日更新

レイジインプラシッドレイク

原題:The Rage in Placid Lake

(オーストラリア2003年公開、日本未公開/89分/M/コメディ/DVDで観賞可能)

監督:トニー・マクナマラ
出演:ベン・リー/ローズ・バーン/ミランダ・リチャードソン/ニコラス・ハモンド

(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)

 オージー・バンド、ノイズ・アディクトの元リード・ヴォーカリストでソロとしても10代のころから人気を博し、日本でもコアなインディー・ポップ・ファンにその名を知られるオージー・ミュージシャン、ベン・リー主演のコメディ映画。ベン・リー演じるタイトル・ロールで主人公プラシッド・レイクの幼馴染みかつ大親友ジェマ役に、ハリウッド進出間もなかったころのオージー女優ローズ・バーン、プラシッドの母親役には2度のオスカー候補歴を持つミランダ・リチャードソンをイギリスから招き、ジェマの父親役は不朽の名作ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」(1965)のトラップ家の長男フリードリヒ役で知られる、アメリカ出身だが80年代以降はオーストラリアを拠点にし米豪二重国籍を持つニコラス・ハモンド(「しあわせの百貨店へようこそ」)が扮している。監督は、本作が監督デビュー作でその後現在に至るまで本作のほかにはもう1作、別の映画を監督しただけだが脚本家としては「女王陛下のお気に入り(The Favourite)」(2018)や「クルエラ」(2021)など日本でもヒットした海外作品も多数手がけているオーストラリア人トニー・マクナマラ。全編シドニーで撮影され、全豪映画界において最も権威ある第45回オーストラリア映画協会(AFI)賞(現オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞)では作品、主演女優(ローズ・バーン)、助演女優賞(ミランダ・リチャードソン)など4部門にノミネイトされ、脚色賞を受賞した。ベン・リーはエンド・クレジットとともに流されるナンバー「ネイキッド」を書き下ろし自ら歌い、同曲はベン・リーのどのアルバムにも収録されておらず、隠れた名曲としてファンの間で高く評価されている。

幼いころから親友同士のジェマ(ローズ・バーン)とプラシッド(ベン・リー)

 本作公開の2003年時点でベン・リーは既に4枚のソロ・アルバムをリリースした人気ミュージシャンとして知られていたが、俳優としての姿が見られるのは20代前半だった時に主演した本作のみなのが非常に残念。というのも、別のオージー俳優ノア・テイラーにも通じる、ちょっと馬面でギークな雰囲気を持つ本作でのプラシッド役は見事なほどにハマっており、通常、女性にモテるタイプではないのに物語が進むにつれ徐々に観る者の好感度をアップさせる不思議な魅力を放ち、演技力も申し分なしである。本作の後、別の映画やドラマのオファーがこなかったはずはないので、ベン・リー自身にあまり演技に対する興味がなかったということなのだろう。

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 相手役のローズ・バーン(「テイクアウェイ」「マイマザーフランク」「トゥーハンズ銃弾のY字路」)も15歳の時に女優デビューしており、本作の3年前には日本の川口力哉(旧芸名:RIKIYA/黒川力也)と共演した2000年のオーストラリア映画「ザ・ゴデス・オブ1967」で視覚障害者のヒロインを演じ弱冠21歳にしてヴェネツィア映画祭最優秀女優賞を受賞した実績を持つ。本作では化学者を目指し勉学に勤しむ少女という設定からメガネをかけているがその愛らしい美貌は歴然としており、単なるガリ勉タイプというわけでもなくあっけらかんとした性格のジェマ役を好演。

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 プラシッドの両親であるダグとシルヴィアのレイク夫妻、特にミランダ・リチャードソン演じる母シルヴィアはジェンダーや性の解放などにも熱心で、息子であるプラシッドの前でも夫との性生活のことを話したり、基本的に夫婦仲は良好だがシルヴィアは女性とも“ちょっとした”性的関係を持ったりもする。また、夫婦喧嘩すると夫婦間で言葉を交わさないというのは分かるとして、なぜかプラシッドを“通訳”として間に立たせ、例えばプラシッドが父ダグと二人だけでテイブルに向き合って座っている際、いきなりプラシッドがジュースの入ったグラスの中身をダグの顔にぶちまけ、「このクソ野郎!」とシルヴィアがダグにしたい言動をプラシッドに取らせたりする。ダグもそれに対してシルヴィアへの返答をプラシッドに言うなど、一風どころかかなり変わった家庭環境ではある。とはいえ、親子間の愛がしっかりあることは最初から明らかなので、昨今の毒親だのDV問題がある家族より断然マシで微笑ましくさえ見える。

プラシッドの風変わりな両親(ミランダ・リチャードソンとギャリー・マクドナルド)
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 そのほかの出演者では、プラシッドをいじめる男子高生3人組の生徒のひとりラッキー役に後年リドリー・スコット監督の「エイリアン:コヴェナント」(2017)のハレット軍曹役により海外でも注目を集めるようになったナサニエル・ディーン(「ワイルドボーイズ」「イーストウエスト101 ①」「キャンディ」)、プラシッドが3人組に殴られているのが視界に入っているはずなのに素通りするやる気のない女性担任教師役にバズ・ラーマン監督の「エルヴィス」(2022)でエルヴィス・プレスリーの実母役を演じたヘレン・トムソン(「パルス」「バッドコップバッドコップ」「サンクゴッドヒーメットリズィー」)。プラシッドの父親役には本国オーストラリアでは自身が生み出したキャラクター、ノーマン・ガンストンの名を冠したテレビコメディ番組も持っていたほど国民的人気を博したコメディアン、ギャリー・マクドナルド(「バッドコップバッドコップ」「ムーランルージュ」「ピクニックatハンギングロック」)。ジェマに片思いしている、ちょっと変わった笑える性癖を持つボゾー役には日本でもオンエアされたオーストラリアの連ドラ「ウェントワース女子刑務所(Wentworth)」シーズン2から5(2014〜2017)で性転換した元男性の女囚マキシン・コンウェイという異色のキャラを演じたソクラティス・オットー。また、プラシッドが就職した保険会社の上司役でクリストファー・ストラリー(「ワイルドボーイズ」)、CEO役でウィリアム・ザッパ(「デッドユーロップ」「タップドッグス」「ヘッドオン!」「エイミー」)、プラシッドが上司とオフィスのエレヴェイターに乗る際にエレヴェイターの中から出てきて2人とすれ違い挨拶するだけというチョイ役で、名脇役男優のフェリックス・ウィリアムソン(「華麗なるギャツビー」「ストレンジプラネット」※ほか彼が出演したオージー映画一覧はこの画面一番下に掲載!)が顔を出している。上記いずれもオージー俳優ばかりの中もうひとり、こちらも1シーンだけのチョイ役ながら、なんとハリウッド女優クレア・デインズがプラシッドの職場のセミナー参加者のひとりでプラシッドに色目を使う女性という役どころで出演している。クレア・デインズはバズ・ラーマン監督の「ロミオジュリエット」(1996)のジュリエット役で大ブレイクして既に久しかったから、言われなければ彼女だと気づかないようなこんな端役でなぜ!?と思う人もいるだろうが、本作撮影時、クレア・デインズはベン・リーと付き合っていたことから、おそらくリーの撮影中はオフでシドニーにリーと滞在していたデインズに関係者が声をかけたところすんなり出演を快諾したといった“友情出演”のようなものだろう。

 映画のタイトルを直訳すると“プラシッド・レイクの(内に秘めた)激情”といった意味になり、風変わりな両親との生活の下、高校生から社会人になる中で、終始ひょうひょうとして見えるプラシッドが心の中では何を思っていたのか? 終盤近くで明らかになる、実はそこだったか!とうなずける彼の言葉とそれに続くラスト・シーンにちょっぴりジーンと、そして心温かい気持ちにさせられるコメディ映画だ。

【余談】本作公開の3年前の2000年、ローズ・バーンが出演した別のオージー映画「マイマザーフランク」のプロモーションでメディア各社の取材に応じていた彼女に記者は独占インタヴューする機会に恵まれた。21歳当時のローズ・バーンがなんと可愛かったこと!(取材時の詳しいエピソードなどを紹介したジャパラリア公式YouTubeチャンネルの投稿はこちら!)。

【シーンに見るオージーライフスタイル】子供時代、そして成長してからもプラシッドとジェマが2人きりでいるシーンでジェマが「クレヨンどう?」とプラシッドに箱を差し出すのは、クレヨンのような見た目のチョコレートのこと。現在でも流通してはいるようだが記者は一度もオーストラリアのスーパーなどでこのチョコレートを見たことがない。

STORY
 ヒッピー気質で世間一般から見るとかなり風変わりな信念を持つ両親の下で育てられたプラシッド(ベン・リー)は、5歳の時に母親(ミランダ・リチャードソン)に女の子の服装で学校へ連れて行かれて以来、当然のようにいじめの標的となり、高校生になっても同じ3人組の男子生徒たちから常にいじめられていた。幸か不幸かプラシッド本人はいじめられていることをそこまで深刻には思い悩んでおらず、また、幼馴染みの女の子ジェマ(ローズ・バーン)がいつもかばってくれた。8歳の時に母親を亡くしたジェマはシングルファーザーとして自分を育ててくれた愛情溢れる父親(ニコラス・ハモンド)の熱心な後押しもあり、“第二のキュリー夫人”を目指し化学者になるべく大学進学に向け勉強に励んでいた中、プラシッドは高校卒業後の進路を決めかねていた。卒業式の日、校舎の屋上から落ちて全身複雑骨折の重傷を負いながらも一命を取り止めたプラシッドは、退院すると同時に何を思ったかクリクリだった髪の毛を整え、バシッとしたスーツにネクタイ姿でビジネス街にオフィスを構える大手生命保険会社の面接に行き、ハッタリをかましたのが逆に気に入られて入社する。だが、両親もジェマも喜んでくれるかと思いきや、両親は退屈なビジネスマンになってしまった息子を嘆き、ジェマもプラシッドの良さがなくなったと言い…。

●フェリックスウィリアムソン出演のその他のオージー映画:「パーム・ビーチ華麗なるギャツビー」「ザ・レイジ・イン・プラシッド・レイク」ストレンジプラネット」「サンク・ゴッド・ヒー・メット・リズィー」「ウープ・ウープ

「ザ・レイジ・イン・プラシッド・レイク」予告編

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