自身も東欧系移民2世のエリック・バナが東欧系移民役で最高の演技を披露(映画「ディア マイ ファーザー」)

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※2025年11月11日更新

ディア マイ ファーザー

原題:Romulus, My Father

(オーストラリア2007年公開、日本2008年DVDソフト化/104分/M/ドラマ/DVD、Apple TVで観賞可能)

監督:リチャード・ロクスバラ
出演:エリック・バナ/コディ・スミット・マクフィー/フランカ・ポテンテ/マートン・チョーカシュ

(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)

 第二次世界大戦後、両親とともにドイツからオーストラリアへ移住した哲学者/作家レイモンド・ゲイタ(1946〜)が、オーストラリア移住後間もない自身の少年時代を振り返り、彼の父ロミュラスを主軸に著した同名回想録を、オージー俳優リチャード・ロクスバラが監督として映画化した2007年のオーストラリア映画。“ロミュラス、私の父”という意味の原題のタイトル・ロールであるロミュラス役にアメリカ映画「ハルク」(2003)の主演で一躍ハリウッド・スターの仲間入りを果たしたエリック・バナ(「キャッスル」)、その息子レイモンド役に本作が劇場映画デビュー作となった、そして後に大人の俳優への転身に成功する子役時代のコディ・スミット・マクフィー(「エルヴィス」「パワーオブドッグ」「デッドユーロップ」)の2人のオージー俳優を起用、ロミュラスの妻でレイモンドの母クリスティーナ役に世界的な話題を集めたドイツ映画「ラン・ローラ・ラン」(1998)に主演してこちらもハリウッドに進出していたフランカ・ポテンテをドイツから招き、全編メルボルンが州都であるヴィクトリア州で撮影が行われた。カンヌ映画祭を筆頭に世界各国の映画祭に出品され高い評価を受け、全豪映画界において最も権威ある第49回オーストラリア映画協会(AFI)賞(現オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞)では実に主要14部門16候補となり、作品、主演男優(バナ)、助演男優(マートン・チョーカシュ)、若手俳優賞(スミット・マクフィー)の4部門を受賞した。スミット・マクフィーもバナとともに主演男優賞のカテゴリーにもノミネイトされ、父子役の対決はバナが勝利したが、コディ少年は若手俳優賞を受賞、ほか助演男優賞枠には受賞したチョーカシュの兄弟役のラッセル・ダイクストラも同時候補となっていたし、ポテンテは主演女優賞候補に、さらにロミュラス親子の家の近所に住む優しいおばあさんのひとりミセス・コラード役のエスメ・メルヴィルも助演女優賞にノミネイトされていた。

ロミュラス(エリック・バナ)とその息子レイモンド(コディ・スミット・マクフィー:右)
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ロミュラスの妻でレイモンド(コディ・スミット・マクフィー)の母クリスティーナ(フランカ・ポテンテ)は次第に双極性障害を患っていきながらも彼女なりに息子を愛し
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 本作が監督デビュー作となったリチャード・ロクスバラは自身も主役級のスター俳優として全豪映画テレビ界では広くその名を知られ、「ヴァン・ヘルシング」(2004)のドラキュラ伯爵役などでハリウッドにも進出している(※本コーナーで紹介のロクスバラ出演のその他のオージー映画に「エルヴィス」「ブレス あの波の向こうへ」「ムーランルージュ」「サンクゴッドヒーメットリズィー」があり、ハリウッドでブレイクする前のケイト・ブランシェットも出演した「サンクゴッドヒーメットリズィー」はロクスバラの主演作)。初監督作品にしてAFI賞監督賞候補にもなり、非常に優れたドラマ映画に仕上げている(※日本ではリチャード・ロクスバラの名字を“Roxburgh”という綴りからか“ロクスバーグ”と書かれるが、エディンバラ<Edinburgh>と同じ発音でロクスバラが正解)。

レイモンドの両親であるロミュラスとその妻クリスティーナ
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 第二次世界大戦後の経済難を逃れてオーストラリアへ移住した東欧系移民たちの姿を描いた本作は、同じ東欧系移民同士がひっそりと肩を寄せ合いながら暮らす様子が観る者にもリアルに感じ取れるほどに伝わってくる。恵まれた豊かな国オーストラリアへ夢と希望を持ってやってきたであろう彼らだが、言葉の壁などからくる現実は厳しく、従って高収入の職に就くことはできず、まさに働けど働けど、の世界である。

東欧からオーストラリアへ移民としてやってきたロミュラス一家
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ロミュラスとレイモンドの親子が暮らす粗末な家
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 貧しい生活の中で、それでも息子にだけはこの国で輝かしい未来が開けるようにという希望を託し、無理をしてでも息子を良家の子弟が集う寄宿学校へ入れる父ロミュラスの、半ば自分自身の人生はとうの昔に諦めた切ない心情を、エリック・バナは見事に演じ切っている。バナ自身はメルボルン生まれだが、父はクロアチア人、母はドイツ人と聞いて納得。本作同様、やはりヨーロッパ移民としてそれなりに苦労して自分を育ててくれたであろう実の両親の思いを、本作の役作りにストレートに投影させたのではないだろうか。バナはもともと本国オーストラリアでは自身の名を冠したテレビコメディ番組を持つほどの人気コメディアンで、1997年に別のオージー映画「キャッスル」で劇場映画デビューしたのは29歳の時だったから映画俳優としては遅咲きだが、その後はシリアスな役もこなせる演技派俳優としての才能をメキメキと開花させ、本作を含み旧AFI賞(現オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞)において主演男優賞を2度受賞、英米合作映画「ブーリン家の姉妹(The Other Boleyn Girl)」(2008)の英国王ヘンリー8世役などでもお馴染み。

少しでも収入を増やそうとロミュラスは鶏卵ビジネスに手を出すが…(左からマートン・チョーカシュ、エリック・バナ、コディ・スミット・マクフィー)
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 それにしてもロミュラスはとことん優しい。決して口数が多いわけではないし、少々ぶっきらぼうにも見えるが、妻が出稼ぎ先のメルボルンで自分の親友の兄弟と浮気したのみならず半公然と同棲しても、挙句の果てにはその男との間に子供まで作っても、妻にも浮気相手にも、妻が不倫して産んだ子供にも優しい。といっても、例えば息子のレイモンドを甘やかすわけではなく、朝食の際には育ち盛りのレイモンドにたくさん牛乳を飲むようにと、レイモンドがコップ一杯の牛乳を飲み干したらさらに牛乳を注ぎ足すなど“いいお父さん”だ。

 そんな父の背中を見て育つ息子レイモンド役のコディ・スミット・マクフィーも、天才子役級の演技力で、同時に10歳だった本作撮影当時、なんと愛くるしい顔立ちの少年だったことか。そして、レイモンドの母でドイツ出身のクリスティーナを演じた同じくドイツ人女優フランカ・ポテンテも、慣れない異国の地で次第に双極性障害を患っていきながらも彼女なりに息子レイモンドを愛していた母親役を自然な演技で見せる。浮気相手との間に産まれたばかりの赤ん坊が泣き叫んでもあやそうともしないネグレクトや、浮気相手の給料が週に8ポンドなのに20ポンドもするドレスを衝動買いしたり、さらに別の男性ともその場限りの性的関係を持つなど、現代ではいずれも典型的な双極性障害患者の症例といわれる奇行をクリスティーナが取るシーンがあり、だが1960年代当時は、ましてや本作の舞台のような田舎にあっては本人も周囲も理解できない行動だっただろうし、やはり本人も周囲もやるせない思いだったはずだ。

 ロミュラス一家3人以外の俳優陣も全員がキャスティングにおいて完璧なまでにイメージにマッチしており、まずロミュラスの親友でレイモンドの“第二の父親”のような存在のルーマニア移民ホーラ役に「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ1作目(2001)と3作目(2003)のケレボルン役のマートン・チョーカシュ(「デッドユーロップ」「ガレージデイズ」)、ホーラの兄弟でクリスティーナと不倫関係に陥り子供まで作ってしまうミトゥル役に1999年の劇場映画デビュー作「ソフト・フルート」で早々にAFI賞主演男優賞を受賞した実力派ラッセル・ダイクストラ(「ケリーギャング」「ガレージデイズ」「ランタナ」「ペイパーバックヒーロー」)が扮し、前述の通り本作から2人同時にAFI賞助演男優賞候補となりチョーカシュが受賞した。チョーカシュはニュー・ジーランド出身、ダイクストラはオージーだがもうひとり、こちらも東欧からの移民で少々変わり者の男やもめながら同じくレイモンドを可愛がるヴァセク役に自身もポーランド生まれで20代の時にオーストラリアへ移住した性格俳優ヤセック・コーマン(「ブレス あの波の向こうへ」「イーストウエスト101 ③」「オーストラリア」「ムーランルージュ」「サンクゴッドヒーメットリズィー」)が出演していてリアリティをもたらしている。

ロミュラスの親友でレイモンドの“第二の父親”のような存在のホーラ(マートン・チョーカシュ)
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ホーラの実の兄弟でレイモンドの妻クリスティーナと不倫関係に陥るミトゥル(ラッセル・ダイクストラ)
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 作中、オージー・ロックン・ローラー、ジョニー・オキーフの1958年の大ヒットをアメリカ人ミュージシャンのジェリー・リー・ルイスがカヴァーした有名なロックン・ロール・ナンバー「ワイルド・ワン」の曲に合わせ家の玄関前で踊る少女にレイモンドが「それは誰の歌なの?」と尋ねると少女が「ジェリー・リー・ルイスよ」と答えるシーンがある。ジェリー・リー・ルイスが同曲をレコーディングしたのも1958年だが、なぜかジェリー・リー・ルイス版は1974年までリリースされなかったから、1960年代当時には存在しなかったことになる。オーストラリア映画なのだからオリジナルのジョニー・オキーフ版を使えばよかったものをあえてジェリー・リー・ルイス版を選んだのは、映画が海外で公開されることを視野に入れて、世界的により有名なジェリー・リー・ルイス版の方が海外の観客には親しみやすいだろうと判断されてのことだったのかもしれない。もう一曲、レイモンドを寄宿学校に訪ねた母クリスティーナがレイモンドを連れ出しカフェに行き、ジューク・ボックスで選ぶ曲はアメリカのザ・プラターズがカヴァーしたヴァージョンが最も名高い「マイ・プレイヤー」で、ザ・プラターズ版の同曲がリリースされたのは1956年だから、こちらは時代考証の点でも合致している。

 本作のセリフはほぼ全編英語だが、レイモンドが父母に呼びかけるのはドイツ語でパパとママに当たるパピーとムッティだし、ポテンテがドイツ語の歌を歌うシーンも効果的に挿入されている。ストーリー展開そのものは淡々としていながらも、最後までのめり込むように観せてくれる秀作である。

【セリフにおける英語のヒント】レイモンドが彼のことを可愛がってくれている近所のおばあさんたちにスコーンとお茶を振る舞ってもらうシーンで、おばあさんのひとりが「お腹いっぱいになるまで食べてちょうだいね(We want you to eat until you’re as full as a goog)」と言う。ここで出てくる“グーグ(goog)”とは赤ちゃん言葉のオージー・スラングで“卵”のことで、“お腹いっぱいになるまで”に相当する“until you’re as full as a goog”を直訳すると“卵みたいにパンパンになるまで”となる。卵(特にゆで卵)は殻いっぱい中身が詰まっていることから使われるようになった言い回しだと思われる。

STORY
 1960年、その数年前に両親に連れられてドイツから移民としてオーストラリアへやってきた少年レイモンド(コディ・スミット・マクフィー)は、ヴィクトリア州の田舎でユーゴスラヴィア系移民の父ロミュラス(エリック・バナ)と暮らしている。父は鉄製の家具を作る鍛冶職人で、ドイツ系移民の母クリスティーナ(フランカ・ポテンテ)は田舎を嫌い大都市メルボルンで住み込みの仕事をしており、家に戻ってくるのは数カ月に一度だけ。しかも母には出稼ぎ先の町に別の男性がいて、その男性の子供を妊娠・出産してしまい…。

「ディア マイ ファーザー」予告編

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