
※2025年5月25日更新
「ピアノ・レッスン」
原題:The Piano
(オーストラリア1993年、日本1994年公開/116分/M/ドラマ/DVD、Netflix、Stan、YouTubeムービーで観賞可能なほか、SBSの公式配信サイトSBSオン・ディマンドで無料配信!→ sbs.com.au/ondemand/watch/1563833923531)
監督:ジェイン・カンピオン
出演:ホリー・ハンター/アナ・パキン/ハーヴィー・カイテル/サム・ニール
(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)
ニュー・ジーランド(NZ)出身でシドニー育ちの女性監督ジェイン・カンピオン(「パワー・オブ・ザ・ドッグ」)が製作・監督・脚本を一手にこなし、オーストラリア、フランス、そしてNZの3カ国出資の下、全編NZオークランドで撮影された1993年公開のドラマ映画。700万ドルの予算に対し全世界で4,000万ドル以上の興収を弾き出すヒットを記録し、全豪映画界において最も権威ある第35回オーストラリア映画協会(AFI)賞(現オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞)では実に13部門で候補となり、作品、監督、主演女優(ホリー・ハンター)、主演男優(ハーヴィー・カイテル)、脚本、作曲、音響、美術、衣装デザイン、編集、撮影賞の主要11部門を制覇した(受賞を逸したのはサム・ニールの助演男優賞とケリー・ウォーカーの助演女優賞の2部門のみ)。仏カンヌ映画祭では女性監督としては同映画祭史上初となる最高賞のパルム・ドールを受賞、米アカデミー賞においても作品、監督、撮影、衣装デザイン、編集賞など主要8部門にノミネイトされ、見事主演女優賞(ホリー・ハンター)、助演女優賞(アナ・パキン)、そしてカンピオン監督は作品賞と監督賞こそ逸したものの脚本賞を受賞した。当時11歳だったパキンは1974年に10歳で助演女優賞を受賞したテイタム・オニールに次いでオスカー史上2番目に若い受賞者となった。一方で不思議なことに、ピーター・グリーナウェイ監督のお気に入りとして知られる映画音楽界の巨匠マイケル・ナイマンが全編の作曲を手がけた、際立って美しいピアノ曲を含む本作のサントラ盤は300万枚ものベスト・セラーを記録しながらオスカー作曲賞にはノミネイトされなかった。
母娘役でともに米アカデミー主演・助演女優賞受賞のホリー・ハンターとアナ・パキン(ハンターはAFI賞でも主演女優賞を受賞)


ストーリーは19世紀半ば開拓時代のNZ、開拓者アリステア・ステュワート(サム・ニール)は遠く離れたスコットランドに住む会ったこともないエイダ(ホリー・ハンター)を彼女の写真だけを見て妻として娶ることに決め、エイダとその娘フローラ(アナ・パキン)をNZに呼び寄せる。耳は聞こえるが6歳の時以来、一切話さなくなったエイダは唯一の趣味であるピアノ演奏のため愛用のグランド・ピアノを嫁入り道具としてスコットランドから持参するも、ステュワートは家までの持ち運びが厄介だからと船から降ろされたピアノをそのまま海岸に放置する。ステュワートの友人で現地先住民族マオリたちの生活にも溶け込んでいる元船乗りの男やもめジョージ・ベインズ(ハーヴィー・カイテル)は、砂浜に取り残されたピアノを弾きにくるエイダに興味を持ち、彼が所有する土地と交換にエイダのピアノをステュワートから手に入れ自身の家に運ぶ。大切なピアノが勝手にベインズのものにされてしまったことに怒るエイダに、ベインズは黒鍵の数と同じ回数、彼の家に来てピアノを弾いてくれたらピアノを返すと持ちかけ…というもの。
エイダが人妻であると知りながら引かれていくベインズ役でAFI賞主演男優賞受賞のハーヴィー・カイテル

エイダを妻に娶るステュワート役でAFI賞助演男優賞にノミネイトされたサム・ニール

上記主要キャラ4人を演じるホリー・ハンター、ハーヴィー・カイテル、サム・ニール(「ジュラシック・パーク」「オーメン/最後の闘争<Omen III: The Final Conflict>」※ほか彼が出演したオージー映画一覧はこの画面一番下に掲載!)、アナ・パキンの演技はいずれも見事。カンピオン監督は当初、エイダ役には別のハリウッド女優シガーニー・ウィーヴァーを希望していたというが、本作の脚本を読んで役に惚れ込んだハリウッド女優ホリー・ハンターが猛烈に売り込みエイダ役を掴んだという。ハンターの熱意に加え、決め手となったのはハンター自身、ピアノが弾けるという点で、映画の中でのエイダの演奏シーンはハンターがこなしている。演技的にも、誰一人知り合いもいない未開の土地へ来て、心を許せるのは娘のフローラだけで、フローラとだけは笑顔で戯れたりもするがそれ以外の人物に対しては頑なに心を閉ざし、ニコリともしないエイダを説得力を持って見せる。余談だがカンピオン監督が当初エイダ役に想定していたというシガーニー・ウィーヴァーは、1982年公開のピーター・ウィア監督作品でメル・ギブソン主演のオーストラリア映画「危険な年」にギブソンの相手役として出演した経歴を持つ。
こちらもハリウッド男優ハーヴィー ・カイテルの無骨だが繊細さを併せ持つベインズ役も自然体で好感が持てるし、サム・ニール演じたステュワートも決して無教養で粗野な男などではなくある意味“ジェントルマン”で、エイダとフローラに対する態度も十分優しい。エイダのピアノを面倒臭がらずに家まで持ち運んでいたら、もっとエイダに心を開いてもらえていたかもしれないと思うと、自業自得ではあるが気の毒でもある。
一方、3人の大人俳優を相手に唯一の子役であるアナ・パキンは、上記大人たちのキャラが3人とも、明るいか暗いかというと暗い本作にあって、天真爛漫な愛らしいフローラ役を好演。フローラ役は5,000人の中からオーディションで選ばれ、パキンはオスカー助演女優賞受賞も納得の演技力を見せたが、先にエイダ役に決まっていたハンターが身長157センチと欧米系の成人女性としてはかなり小柄なため、その娘役として2人が並んで立っても違和感がないほどの背丈の子役をという点も重視されたという。ちなみにニールとパキンはNZ出身で(パキンはカナダ出身のNZ育ち)、ニールはハリウッド進出のきっかけとなった彼にとっての出世作がオーストラリア映画「わが青春の輝き」(1979)だったことからオーストラリア映画界には恩義を感じているのだろうか、ハリウッド進出後も現在に至るまで何本ものオーストラリア映画にも律儀に出演している。
そのほかの出演者では、名脇役女優ケリー・ウォーカー(「アリブランディを探して」「ハーモニー <1996年版>」※ほか彼女が出演したオージー映画一覧はこの画面一番下に掲載!)がステュアートの叔母役、その侍女役に本作のカンピオン監督作品の常連女優ジェネヴィーヴ・レモン(「パワー・オブ・ザ・ドッグ」「しあわせの百貨店へようこそ」「リベンジャー 復讐のドレス」)の2人のオージー女優が扮している。
左から侍女役のジェネヴィーヴ・レモン、エイダ役のホリー・ハンター、ステュアートの叔母役でAFI賞助演女優賞候補となったケリー・ウォーカー

まだまだ未開拓だった19世紀半ば当時のNZ、人が歩くための道もろくに整備されていない森の中に住居を構える開拓者たちは、そんな未開の地にあってなお本国英国のヴィクトリア様式を踏襲し、その暮らしぶりは時に重苦しい印象を与える。NZの寂しげな海岸や、不快指数の高い雨、その雨によって歩けば靴もドレスの裾も汚れてしまうぬかるんだ地面、そしてどことなく物悲しい音楽など、これらはもちろん意図しての描写ではあろうが、美しくはあっても全体的に“どんより感”が漂う映画だ。

物語の主軸となるのは互いに引かれ合っていくエイダとベインズの関係で、不倫モノといってしまえばそれまでなのだが陳腐さはゼロだ。まず設定が19世紀半ばの未開のNZで豪華さはないが当時の衣装などから文芸作品のような格調高さに包まれていること。ヒロインのエイダは一切しゃべらず第三者との会話は筆談または娘フローラだけが習得している手話によるフローラの通訳を介してのみであること。そして決定打はベインズがステュアートの手前、表向きはエイダにピアノを教えてもらうと称して、実際にはベインズはエイダがピアノを弾くのを見ているだけ、それも日を重ねるごとに「スカートをまくし上げて弾いてくれ」と言いピアノの下に潜り込んで、ピアノを弾くエイダの脚を見るだけではなく触ったり、「上着を脱いで弾いてくれ」など、“ピアノを弾く女フェチ”のような要求をエスカレイトさせていく倒錯の世界が描かれている点にある。エイダは当然、そんなベインズに嫌悪感をあらわにするが、次第に夫ステュワートにはないベインズの繊細さに気づいていく。
倒錯してはいるが前述の通り陳腐さは一切ない。エロティックではあるがエロでもなく、倒錯した中で静かに育まれていく“純愛”が成立するのだということを、エイダがそうだったように観る者にも気づかせてくれる映画だ。
【セリフにおける英語のヒント】フローラを含む子供たちや大人の村人たちによる芝居の公演を観にステュアートとエイダが村の劇場に出かけるシーンがあり、娯楽のない村でのそのイヴェント自体を指して村人たちにとっての“お楽しみ会”といった意味で用いられる名称“fete(英語読みでフェイト)”は日本ではほとんど馴染みがないが、フランス語が英語圏でも浸透した言葉で、“お祭り”などといった意味を持つ。お祭りといってもフェイトは“フェスティヴァル”と呼べるほど規模が大きいものではなく、例えばオーストラリア各地の小中学校などが催す年に一度の学校祭のことを“スクール・フェイト”と称することが多い。ちなみに映画の中で村人たちによって演じられる芝居はシャルル・ペロー作の怖い童話「青ひげ(英題:Bluebeard)」である。
STORY(※本作のストーリーについては上記本文に掲載!)
●サム・ニール出演のその他のオージー映画(テレビドラマ含む):「パーム・ビーチ」「ハウス・オブ・ボンド」「リトル・フィッシュ」「マイ・マザー・フランク」「泉のセイレーン」「ピアノ・レッスン」「デッド・カーム/戦慄の航海」「クライ・イン・ザ・ダーク」「わが青春の輝き」
●ケリー・ウォーカー出演のその他のオージー映画:「ホールディング・ザ・マン—君を胸に抱いて—」「オーストラリア」「ムーラン・ルージュ」「アリブランディを探して」「ハーモニー(1996年版)」「ベイブ(声)」「ピアノ・レッスン」
※映画「ピアノ・レッスン」はSBSの公式配信サイトSBSオン・ディマンドで無料配信!→ sbs.com.au/ondemand/watch/1563833923531
映画「ピアノ・レッスン」予告編


