「『自分探し』の過程で辿り着いた今の人生」
キャンベラ大学准教授
中西仁美さん
Hitomi Nakanishi

「愛知県の豊橋技術科学大学で助手として勤務していた2007年に、短い期間でしたがシドニー大学で客員研究員として働く機会を得て初めて来豪したらすっかりオーストラリアが気に入ってしまって。日本に戻った後、オーストラリアで私の職歴を生かした仕事がないかなと探したところ、オーストラリア国立研究所(CSIRO)が研究職の募集をしているのを見つけ、応募したら採用になり、2008年からキャンベラで暮らすようになりました」
現在はキャンベラ大学で准教授として都市・交通計画/都市災害マネジメントの講義の教鞭を執る傍ら、同分野の研究に従事している仁美さん。四国・香川県出身で、大阪府立大学(現・大阪公立大学)卒業後、地元に戻り香川大学大学院で工学研究科博士後期課程を修め博士号を取得。現在に至るまで一貫してアカデミックな人生だが、学生時代は決して確固たる意志の下にその後の進路を決めたわけではないという。
「高校を出て最初の大学では経済学部でしたが、いざ卒業したものの、将来何をやりたいのか分からなかったんです(笑)。そんな時、たまたまお世話になった指導教員の方から『香川大学の新設の工学部(土木計画学)で研究してみない?』と声をかけてもらい、“自分探し”の過程としてその道に進んだ次第です」
こうして、最初から興味があったというわけではない分野を選んだ仁美さんだったが、既にキャンベラに住んでいた2011年の東日本大震災では積極的に自身の経験を生かす機会に恵まれた。
「私の専門の都市計画だとかって世間一般から見るとかなり漠然としていると思うんですが、社会を、都市を良くしていくというのが最大の目的で、分かりやすいのが災害などの非常時かもしれません。東日本大震災の際、仮設住宅住まいを余儀なくされた人たちの交通手段として循環バスを走らせていたんですが、必ずしも立地的に便利な場所に仮設住宅が建てられていたわけではなく、せっかくの循環バスも不便でした。循環バスをどう改善していけばいいか、それも短期間で結果を出さなければならないという問題に携わることができ、毎年1〜2回、これまでに10回ほど被災地に行きました。単に循環バスの改善だけでなく、被災して家を失くした方、大切な家族を亡くした方とたくさんお話しできて、本当にいい経験になりました。自分の研究がこんな形で人の役に立つことができるんだと実感でき、やってきてよかったと心から思えました」
研究だけでなく、講師として大学で教える日々にもやりがいを感じている。
「教えるという立場で人を育てるのが仕事というのはありがたいことだと思います。高校を卒業して18歳くらいで大学に入ってくる学生たちが、卒業する時にはみんなちゃんと成長している。1年生で入ってきた時はどうなることかと心配した学生も、社会に送り出して一人ひとりが活躍できるようになる。その姿を見届けられる喜びは大きいです」
もっぱら学問・研究漬けで100%インドア派に見える仁美さんだが意外な一面も。
「オーストラリアが気に入った理由のひとつでもあるんですが、私自身、20年以上前からずっとサーフィンをやってるんです。今はそうしょっちゅうというわけではありませんが、キャンベラに来たばかりのころは毎週末、海に行っていました。上手なわけではありませんが、大して波に乗れなくても海水に浮かんでいるだけで心が浄化され、イヤなことを忘れられるというのが私にとってのサーフィンの醍醐味です」
20年以上の趣味であるサーフィンを今も続けている仁美さん

オーストラリアで大学生に教えている仁美さんから現在留学中、または留学を考えている人たちに向けてのメッセージをと尋ねると、次のように語ってくれた。
「海外の大学なりに留学となると、まずは英語の心配をする人が多いでしょうが、文法とか間違っててもいいからとりあえず会話する訓練を。あとは思い切り自分がやりたいと思うことをやってほしい。日本と違って海外、特にオーストラリアでは誰もあなたのことをジャッジしないので、怖がらずに一歩踏み出して。あなたの人生はあなたのものだから、誰になんと言われようが自分の人生は自分で決めて幸せになってほしい。既に海外に出てきた人は、それ自体が大事な一歩なので、その勇気を自分で認めてあげて。人生楽しまなきゃソン。人の言うことなんて気にしてどうすんの!です(笑)」
●仁美さんのnote:note.com/hitomi_nakanishi
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