ゲイのギリシャ系オージーが体験する静かな恐怖(映画「デッド・ユーロップ」)

1

unnamed

※2024年4月4日更新

デッド・ユーロップ

Dead Europe

(オーストラリア2012年公開、日本未公開/84分/M15+/ゲイ・ミステリー・ドラマ/DVDNetflixStanApple TVYouTubeムービーGoogleプレイで観賞可能

監督:トニー・クラウィッツ
出演:ユアン・レスリー/マートン・チョーカシュ/コディ・スミット・マクフィー/ウィリアム・ザッパ

(※以下、文中の紫色の太字タイトルをクリックすると該当作品の本コーナーでの紹介記事へとジャンプします)

 ギリシャ系オージー作家クリストス・チョルカスが2005年に出版した同名小説を基にしたオーストラリア映画。ゲイであることをカミング・アウトしているチョルカスならではのギリシャ系オージーのゲイを主人公としたミステリー・ドラマで、チョルカスのゲイ小説の映画化には本作のほか日本でも公開された「ヘッドオン!」(98)もある(※「ヘッドオン!」の原作はチョルカスの95年のデビュー小説「ローディッド」)。ちなみにチョルカスの08年の小説「スラップ」は15年に邦訳本も出版され(現代企画室)、その折にチョルカスの訪日講演会も開催された。

旅先でも常にカメラを持ち歩くフォトグラファーのアイザック(ユアン・レスリー)
dead_europe1

“死せるヨーロッパ”という意味の本作、チョルカス自身の投影とも思える主人公でゲイのギリシャ系オージー・フォトグラファー、アイザック役に「スリーピング ビューティ/禁断の悦び」(11)のユアン・レスリー、アイザックの兄ニコに「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ1作目(01)と3作目(03)のケレボルン役のマートン・チョーカシュ、アイザックが旅先のギリシャで出会う謎の少年ヨセフに「ぼくのエリ 200歳の少女(英題:Let the Right One In)」(08)のリメイク「モールス」(10)の主人公オーウェン役のコディ・スミット・マクフィー(「エルヴィス」「パワーオブドッグ」「ディア マイ ファーザー」)、といずれも個性派俳優たちが顔をそろえた。トロント、ロンドン、シドニー、メルボルン映画祭に公式出品され、同年度オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー(AACTAの頭文字から“アークタ”と呼ばれる)賞ではいずれも受賞を逸したが、作品、脚色、主演男優(レスリー)、助演男優(チョーカシュ)、作曲賞の主要5部門にノミネイトされた。

アイザック(ユアン・レスリー)はアテネでヨセフ(コディ・スミット・マクフィー)という少年と出会い…
dead-europe-01

 ギリシャ移民の両親の下にオーストラリアで育ったフォトグラファー、アイザックが、父の急死直後に父の足跡を辿ってアテネ、パピゴ、パリ、ブダペストとヨーロッパ各地の親類縁者や父の知人たちを訪ねて回るうち、アイザックの知らなかった父の過去が明らかになっていくというのがストーリーの主軸だ。映画の前半ではアイザックがゲイという設定にする必要性があったのだろうかとも思われるほど、彼がゲイであることはあまり意味を持たないが、中盤からクライマックスにかけてそのあたりがしっかりと、それもダークに掘り下げられる。

主人公アイザック(ユアン・レスリー:左)とその兄ニコ(マートン・チョーカシュ)役の二人はそれぞれ同年度AACTA賞主演男優賞、助演男優賞候補に
Dead-Europe-7

 前述の主要キャラ3人の演技は申し分なく、自分が思い描いていた父のイメージが徐々に崩されていき戸惑い、またアテネで出会いその後、時折ふと見える少年ヨセフの幻影に怯えるアイザックを演じるレスリー、アイザックの兄でドラッグ中毒のニコ役チョーカシュ(「ディア マイ ファーザー」)、そして謎の少年ヨセフ役のスミット・マクフィーいずれも負けず劣らずの存在感を示す。当時から確かな演技力がありながら当時はまだ“子タレ”の扱いだったスミット・マクフィーは本作の9年後の「パワーオブドッグ」では米アカデミー賞、米ゴールデン・グローブ賞、AACTA国際賞など各国のそうそうたる映画賞で助演男優賞にノミネイトされ見事ゴールデン・グローブ賞を受賞、“大人の俳優”としてもその実力を認められるに至った。

 興味深いことに上記3人以外も、例えば映画の中でアイザックが訪れる数都市の中のひとつだけしか出番がない登場人物の場合も、全員が非常に印象的な演技を見せる。最初のオーストラリアのシーンも含むと合計5都市、こちらも合計するとそれなりの数の登場人物がいて、全体的に淡々とした描写が目立つ中、これは特筆に値する。昨今の映画には珍しく1時間半にも満たない84分という短さが中だるみを防ぎ、見せるべきシーンだけを無駄なく見せ、一人ひとりの登場人物を際立たせたということだろう。なお、本作でアイザックの父親役を演じたウィリアム・ザッパ(「タップドッグス」「エイミー」)は本作と同じチョルカス原作の別の小説の映画化作品「ヘッドオン!」では主人公の友人の父親役に扮し、全く異なる役柄だがどちらも役名はヴァシーリー。

時折現れアイザックを怯えさせる少年ヨセフ(コディ・スミット・マクフィー)の幻影
dead_europe2

 アイザックがゲイであることは本作のストーリーの一部でしかなく、なので“ゲイ映画”とくくってしまうのはためらわれるし、ゲイ映画としてカテゴライズしたとしても前述の「ヘッドオン!」(98)を除くと以下、いずれも本コーナーで過去に紹介したそのほかのオージー・ゲイ映画であるコメディ「プリシラ」(94)やラッセル・クロウがゲイの青年役に挑んだヒューマン・コメディ「人生は上々だ!」(94)、実話に基づいたヒューマン・ドラマ「ホールディングマン君を胸に抱いて」(15)、「ヘッドオン!」で主人公のゲイの青年役を演じたアレックス・ディミトリアデスがゲイの校長役で主演した連続ドラマ「プリンシパル」(15)などとは全然毛色が異なるが、隠れた名作オージー映画だ。アイザックを追い詰めていく“静かな恐怖”の正体は一体何者なのか、それぞれにご判断を。

Deadeurope-noted

【映画に見るオージー・ライフスタイル本作の主人公アイザックがギリシャ系移民の子供であるように、オーストラリアは多民族国家でさまざまな国々からの移民とそのその子孫が暮らしている。イギリスやアイルランドなど英語圏出身を除くヨーロッパ系では特にギリシャとイタリアからの移民が特筆に値するほど多く、それぞれの母国語が分かるからだろう、同じバックグラウンドの者同士での結束も固いが、オーストラリアで生まれ育ち英語しか解せない世代も増えつつあるので、今後どう変わっていくかに注目。

STORY
 ギリシャ移民の子供としてオーストラリアで育ったゲイのフォトグラファー、アイザック(ユアン・レスリー)は、オーストラリア移住後の両親でさえ一度も戻らなかったギリシャへ行く計画を立てていたが、父ヴァシーリー(ウィリアム・ザッパ)にはなぜかそれを反対されていた。そんな中、ヴァシーリーが車の運転中、自殺もにおわせる形で事故死、その直後アイザックはアテネへと飛ぶ。アテネの街の公園の一角でアイザックは謎の少年ヨセフ(コディ・スミット・マクフィー)と出会い、ヨセフが母親と住むアパートに行って母子の写真を撮ることになる。最初の数枚を撮っただけでフィルム切れとなったため、アイザックはフィルムを取りにいったんホテルへ戻り、再度すぐ母子の部屋を訪れドアをノックするが誰も応答せず、隣人にヨセフの母親は何カ月も前に死んでヨセフもどこかに行ったと言われ…。

「デッド・ユーロップ」予告編

「オージー映画でカウチ・ポテト」トップに戻る
oz_movie_top