はぐれたあなた(読者)が癒しのうずまきに巻かれる物語/青山美智子さん作の新刊小説「鎌倉うずまき案内所」

読者プレゼント!(3名様)
青山美智子さんの新刊小説
単行本「鎌倉うずまき案内所
(※応募方法はジャパラリア2019年9月号に掲載!)

 2003年のジャパラリア創刊以来、巻末に大人気エッセイ「いろはにポケット」を連載中の作家・青山美智子さんの3冊目の小説「鎌倉うずまき案内所」が7月、前2作と同じ日本の大手出版社・宝島社より出版され、日本全国の書店で絶賛発売中だ。平成時代の30年間を1章ずつ6年ごとに主人公を変えてさかのぼっていく本書の中に、読者それぞれが“自分”を見つけ優しい気持ちになれるはず。

book_240青山美智子・著「鎌倉うずまき案内所」(宝島社/単行本/¥1,480+税/海外からもAmazon.co.jpなどで購入可能)

 

 小学生のころ学校の図書館で借りた本の一冊に、小学生の主人公がある日、学校から家に帰るとなぜかそこは自分の家ではなく、母親ではない知らないおばさんが家にいて…という展開の児童文学があったことを思い出した。タイトルも作者名も思い出せないその本は、要するに小学生向けのファンタジー小説だった。全6章から成る青山美智子さんの新刊「鎌倉うずまき案内所」は、各章1人ずつ、合計6人の主人公たちがそれぞれの理由で鎌倉を訪れ(主人公の中には鎌倉在住者もいる)、それぞれが突然ふと道に迷ってしまったかのように“鎌倉うずまき案内所”なる看板に目を留めて中に足を踏み入れ、そこで起こる出来事、そして案内所を出る際にもらえる“困ったときのうずまきキャンディ”がもたらす効果はファンタジーかもしれないが、それ以外は年齢も性別も生きている時代も環境も異なる主人公たちが現実社会でそれぞれに思い悩む問題を抱えていて…という小説だ。小学生の時に読んだ本を思い出したのは、主人公が最後にはきっと自分の家に帰れると小学生ながらに分かっていた上で、それでも「この子はちゃんと自分の本当の家に戻れるのだろうか?」とワクワクしながら読んだからで、「鎌倉うずまき案内所」も読みながらワクワクさせてくれたからだ。

 鎌倉うずまき案内所を訪れる6人の主人公たちは、案内所の中で双子さながらの老紳士2人と出会い、全員がその老紳士に「はぐれましたか?」と聞かれる。そう、「道に迷いましたか?」ではなく、「はぐれましたか?」なのだ。はぐれるとは、何からはぐれるのか? だが、6人の主人公は全員、そして読者も実生活での何かから“はぐれている”ことにハッとさせられる。

 物語は令和元年に始まり、1章ごとに6年ずつ時代をさかのぼって進んでいく。つまりは昭和が終わってこれから平成が始まるという最終章まで、平成時代の30年間を描いている。本書が出版されたのは元号が令和に変わってわずか3カ月ちょっと後の今年7月だが、令和元年の出版に合わせて事前に構想が練られたはずで、まず着眼点そのものが見事。平成天皇退位の日程が正式に発表されたのは2017年末だから、少なくとも青山さんが本作のアイディアを思いついたのはその後のはずで、出版の4カ月足らず前になって初めて公表された新元号である“令和”という文字を最終段階で原稿に落とし込み印刷・製本されたのだろう。現在40〜50代の日本人女性でファンだったという人も少なくない「キャンディ♥キャンディ」が、少女漫画雑誌「なかよし」での連載とアニメ化の最終回がどちらも同じ年の同じ月だったというシンクロ進行を思い出させる企画力だ。

 加えて、「鎌倉うずまき案内所」には鎌倉周辺の具体的な地理的描写があるほか、それぞれの時代ごとに流行った歌手や事象が実名でさりげなく触れられ、鎌倉に詳しい人や平成元年以降の記憶がある年齢の読者なら、誰もが読んでいて思わずニヤリとさせられるはず。そして、登場人物の一人がオーストラリア人というのは、かつて自らもワーキング・ホリデイ・メイカーとして来豪し、2年間オーストラリアに住んだことのある青山さんならではだろう。アメリカ人でもイギリス人でもよかったはずなのに、青山さんはあえてその若い外国人女性キャラクター、ジェシカをオーストラリア人にした。ワーホリで日本を訪れていたジェシカは23歳、ちょうど青山さんがオーストラリアで暮らしていた年齢だ。青山さんのオーストラリアに対する個人的な思い入れが感じられ、オーストラリア在住の我々日本人にとってはより親近感を持たせてくれる設定だ。

 だがなんといっても本作の最大の特筆事項は、さまざまな“仕掛け”が随所に盛り込まれていることだ。今年5月に一時帰国した記者が、本書の出版に向けていよいよ大詰めという青山さんと東京で会った際、青山さんは「小説じゃないとできないことをやりたかった」と例えたが、まさにそれだ。第1章ではまだ何も分からないが、第2章まで読むと「あれ、これって?」と思う何かが登場し、冒頭で触れたように次の章はどうなるんだろう?とワクワクしてくる。読者にそう思わせる時点で本作は見事に成功している。ここで種明しできないのが残念だしもどかしくもあるが、この“仕掛け”こそが、本書のタイトルに“うずまき”という言葉が使われた真意でもあり、読み進めるごとに読者は青山さんが仕掛けたうずまきにまんまと巻かれていく。まるで読者自身が“はぐれて”しまったかのように。乾くるみの04年のベスト・セラー小説「イニシエーション・ラブ」同様、読み終わった時に必ずもう一度最初から読みたくなる、いや、もう一度最初から読まなければ気が済まなくなる小説でもある。記者はかつて「ゲームの達人」などで名高い米国人作家シドニィ・シェルダンの邦訳本を出していた出版社にいて、新聞や電車の吊り広告の「読み始めたら止まらない!」というキャッチコピーを覚えている人もいるだろうか(下っ端だった記者は当然あのコピーの考案者ではない)。が、読み始めたら一気に最後まで読ませてしまう小説は多々ある中、もう一度読ませてしまう小説というのがそれほど世に溢れているとは思えない。また、「イニシエーション・ラブ」がミステリーともカテゴライズされる一方、「鎌倉うずまき案内所」はミステリーではなく、ちょっぴりファンタジーの要素を盛り込みながらもあくまでも誰の身にも起こり得る出来事を綴った人間ドラマである。

 やはりタイトルにある“うずまき”を象徴する描写も見逃せない。螺旋階段や、親指の指紋の模様、殻がうずまき模様のアンモナイト(絶滅したはずなのに本書の中では生きた状態で登場する点にも注目)に、水面に広がる波紋、そして“困ったときのうずまきキャンディ”など、いくつもの“うずまき”が出てくる。青山さんはそれら“小道具”を巧みに駆使しながら、登場人物と同じように読者もなんとなく目が回るような感覚に陥れてしまう。といってもそれは決してめまいと呼ぶほど激しいものではなく、あくまでも心地良く優しい。

 種明かしはできないが記者が思うヒントだけならチラリと教えても青山さんに怒られないだろう。本書には妙に珍しい名前の登場人物が少なくない。キャッチーなニックネイムを持つ登場人物も。これから本書を読む人は、その点にも留意して読み進めることをおすすめしたい。また、青山さんのデビュー小説「木曜日にはココアを」を読んだ読者にしか分からない描写も出てくる(読んでいないとそこで混乱する類のものではないので、読んでいない人もご安心を)。

“鎌倉うずまき案内所”というからには、この案内所は鎌倉にしかないのだろう。気軽に鎌倉へ足を延ばせないシドニー在住者としてはそこが残念だ。本書の中でさえ、その存在を知って鎌倉うずまき案内所に行こうと何度か試すものの、結局見つけられない登場人物がいる。鎌倉うずまき案内所に行って不思議な体験をしたというその章の主人公に、行けなかった(見つけられなかった)登場人物は潔くこう言う。「俺もその必要ができたときに、きっと行けると思う」——。鎌倉うずまき案内所とは、そういうところなのかもしれない。だから、もしかしてシドニーの街を歩いていてある日突然、“シドニーうずまき案内所”と書かれた看板を目にすることが絶対にないとは誰にも言い切れないはずだ。その時は迷わず中に入るだろう。記者だけでなく、シドニーで本書を読む読者全員、きっと…。

michiko_portrait【青山美智子さんからジャパラリア読者へのメッセージ】

 このお話は、日本の元号が令和になったところから始まり、平成時代の30年間を6年ごとにたどっていく短編集の構成になっていますが、私はひとつの長編小説としてとらえています。
 平成を振り返りながら、いろいろな資料を読んだり、同世代の編集担当さんとあれこれ過去を思い出したりと、書きながらはもちろん書くまでの準備もとても楽しく感慨深かったです。
 書き終えてみて、30年間というのはなんと短いのだろうと思いました。きっとまた、あっという間に10年ぐらいたって「『鎌倉うずまき案内所』、懐かしいですねぇ」なんて言ってるんだよねと、編集担当さんとしみじみ話しました。
 こぼれ話としては、この小説は“ふたつの時代(元号)をまたぐ”というのもひとつのテーマになっているのですが、表紙の装画を手がけてくださった田中達也さん(※)は、平成から令和に変わる0時0分のタイミングでこの絵コンテを描かれていたそうです。まさに平成と令和、ふたつの時代をまたいだ表紙。描かれた螺旋階段が時計の針という“見立て”は、この物語を最も象徴していると思います。表紙のミニアチュア・アートと登場人物を重ね合わせながら、ぜひお楽しみください!

※NHK連続テレビ小説「ひよっこ」のタイトル・バックなどで有名なミニアチュア写真家で、青山さんの過去2冊の小説の装画も手がけた

【あらすじ】

 古ぼけた時計屋の地下にある「鎌倉うずまき案内所」。螺旋階段を下りた先には、双子のおじいさんとなぜかアンモナイトが待っていて……。
「はぐれましたか?」
 会社を辞めたい20代男子。ユーチューバーを目指す息子を改心させたい母親。結婚に悩む女性司書。クラスで孤立したくない女子中学生。いつしか40歳を過ぎてしまった売れない劇団の脚本家。ひっそりと暮らす古書店の店主。平成時代を6年ごとにさかのぼりながら、6人の悩める人々が「気づくこと」で優しく強くなっていくーー。うずまきが巻き起こす、ほんの少しの奇跡の物語。

Kagajo'12-05