Colour No.7: Green

 なぜオーストラリアに来たのかを尋ねられて「緑を描きに」と答えると、みんな返答に困るらしい。「ああ、そう」とそこで話を打ち切りにしてしまう人もいるし、執拗に理由や目的を問う人もいる。

昨日、アルバイト先のホテルでお会いしたご婦人は、さらりと「まあ、画家さんなのね」と言っていたっけ。とんでもない、私は画家ではありません。ただ好きで描いてるだけです。そう言ったら「いいえ、絵を描くひとは、画家よ。報酬は関係なく」と微笑んでいた。

 休日の今日、おあつらえむきの晴天。私はスケッチブックと絵の具を持って、いつものようにボタニックガーデンに足を運ぶ。広大な植物園。オフィス街にこんな素晴らしい場所があるなんて。途中、お気に入りのサンドイッチショップでチキンサンドとレモネードをテイクアウェイした。いつものおじさんが「グッダイ!」と親指を突き出してウィンクをしてくれた。

 夏の日差しに負けないように、帽子とサングラスは必需品。でも木蔭に腰を下ろして、それらを外したら、私の至福の時間が始まる。

 レモネードを一口飲む。陽を浴びていると焼かれるくらいなのに、木蔭に入ったとたん、用意されていたような清涼感が私を包む。シドニーハーバーのさわやかなブルーが視界を潤す。私はすっかり満足して、スケッチブックを広げた。

 紙パレットに絵の具チューブをしぼりだす。黄色と、青。感じたまま、思うまま、緑を作っては広げては描きつけては、筆の感触を味わい、公園の空気と樹木と葉と絵の具の香りを嗅ぎ、私の世界が緑色に染まっていくのを見る。ああ、幸せだ。

「……でしたか?」

 誰かに何か話しかけられているとやっと気づいて、私はハッと現実に引き戻された。細身でサラサラ茶髪の男の子が、腰をかがめるようにして私の顔を見ていた。

「えっ」

「これ、落としませんでしたか」

 彼はハンカチを差し出し、くしゃっと人の好さそうな笑顔を浮かべた。警戒心が緩む。

「あ、すみません。私のです」

 私はあわてて立ち上がり、ハンカチを受け取った。さっき歩きながら汗を拭いて、リュックのサイドポケットに入れたつもりが落としたらしい。

「ありがとうございます」

 お礼を言うと、彼はかたちの良い歯を見せながら小さく首を横に振った。

 …………緑?

 私は息を呑んだ。私は霊能者ではないし、そういう知識も経験もないけど、いわゆる「オーラ」というのか、彼の体が緑色のやわらかな光でふわりとくるまれているのが見えた。着ているのは白いシャツなのに。茫然と立ち尽くしていると、彼は「画家さんなんですね」とスケッチブックに視線を落とす。違いますと言おうとしたのに、なぜか頷いてしまった。昨日のご婦人の言葉のせいかもしれない。

「やっぱり。僕にも見せてください」

 彼は子供みたいにあどけなくそう言うと、しゃがみこんでスケッチブックを手にした。まだ乾いていない、私の緑を、彼はなんだかいとおしそうに見ている。よくわからないけど、じんときた。私も座って、黙って彼と緑を眺める。

「緑色の絵の具は、使わないんですね」

 視線をそらさないまま彼は言う。紙パレットに気づいていたのだろう。

「そうなんです。私の緑だから」

 基本は黄色と青。そこにいろんな色を少しずつ混ぜていく。

 いつのころからかわからない。記憶のある保育園時代にすでにそうだったから、もう、生まれたときからなのかもしれない。私は緑色に魅せられ続けている。「好き」というシンプルな気持ちでおさまらないのだ。緑は私の友達で、お守りで、想い出で、未来。やさしくなぐさめてくれる、明るく元気づけてくれる。人からは理解されないだろうけれど、誰かにとっての犬や猫や音楽や本がそうであるように、私にとって緑はずっとそんな存在だった。

 でも、緑色のアイテムならなんでもいいというわけではない。苦手な緑もあったし、そこそこ好きな感じでも、ちょっと違うんだよなぁと思うものがたくさんあった。それで私は、「私の緑」を探したり作ったりするようになった。

 短大に入ってから旅を始めた。お金をためては、国内、国外、いろいろなところで緑に触れて、緑を描いた。卒業してすぐ、ワーキングホリデーでオーストラリアに来た。ケアンズで放たれている緑も深くてなかなか良かったけど、私にはちょっとウェットだった。2ヵ月前にシドニーに来て、ボタニックガーデンに足を踏み入れた瞬間、「あっ、ここは私の緑に近い。ものすごく、近い」と、何かを「受け取った」のだった。

 私は迎え入れられたと思った。長い間、緑を愛してきたけど、緑に「愛されている」と実感したのは初めてだった。だから私にとって、ボタニックガーデンでスケッチブックを広げるのは、言ってみれば緑との「デート」だ。こんなこと、誰にも言えない。

 デート。そんな言葉を思いついてしまい、いきなり現れたやさしい笑顔の男の子を急に意識した。彼は20代後半というところだろうか。もっと若い気もするし、もっと年上にも思える。

「他のも見たいな。いい?」

 敬語がほどけた。誰にも見せることのなかったスケッチブック。でも彼にならいいと思えた。

 私が「ええ、まあ」と言ったのに、彼は自分でめくったりせず、スケッチブックを私に戻した。向かい合うのではなく並ぶようなかっこうで座り、ゆっくりと私の緑たちをたどっていく。

 場所。季節。時間帯。目に映った緑、想像した緑。色鉛筆、パステル、絵の具。葉っぱのかたち、丸、四角、幾何学模様、ただ一面に塗りつぶしたり、水でぼかしたり、点描したり。私の緑。私と緑。

 彼の顔が触れそうなくらい近くにあって、そちらを向くことができなかった。たぶんだけれど、彼は微笑んでくれている。照れくさいのもあって、私はうつむいたたまま問いかけた。

「訊かないの?」

「ん? 何を」

「なんでこんなに緑ばっかり描くのかって」

「理由なんて要るのかな」

 彼は少し身体を傾けて座りなおした。なんでもない仕草だったけど、話しやすいように体勢を変えてくれたのがわかる。

「それに、緑ばっかりって言うけど、この緑の中にはいろんな色が入ってる。僕にはぜんぶ、違う色に見えるよ。どれも素敵だよ。嬉しいのも楽しいのも、さみしいのも、怒ってるのも、慈愛も生命力も。伝わるよ。たくさんたくさん、描いてほしい」

 穏やかだけどしっかりした口調で、彼は言った。

「じゃあ、私は、このままでいいの?」

 思わず口をついて出た言葉に、自分で驚いた。閉まっているとばかり思っていた扉が、自分の声を合図に思いがけず開いたみたいだった。押さえつけていた言葉が、ぽろぽろとこぼれてくる。

 

 私はこのまま、緑を描き続けていいの?

 ずっとお母さんに言われてきたの、あんたはどうして他の子みたいに普通でいられないのって。何の得にもならない緑の絵ばっかり描いて、気持ち悪い、どこかおかしいんじゃないのって。小学5年生のとき、担任の先生に精神鑑定を受けたほうがいいって言われて、それからお母さんはもう二度と私に笑ってくれなくなった。私が描いた大切な緑、いっぱい破かれたり捨てられたりしてきたの。お勉強が得意なお兄ちゃんを見習いなさい、あんたは本当に出来損ないだって。こんなもの描いてる娘をかわいいと思えないって。

 

 ……………。

 …………………。

 

 沈黙のあと、彼は深い息をはき、私の頭にそっと手を置いた。

 

「それは、悲しい想いをしたね」

 

 とんとん。あやすように2回、頭のてっぺんをタッチングしたあと、つつみこむように指を広げてくれる。

 

「でも、それでも描かずにいられなかったんでしょう。緑を好きにならずにいられなかったんでしょう。だって、君は画家なんだから」

 彼は腕を下ろし、そのまま私の手をにぎった。

「君の緑に、救われる人がいるよ。もっとみんなに見せてあげて」

 

 私は泣いた。言葉をまだ知らない幼児みたいに泣いた。泣いて泣いて、うわあああと声をあげて、要らないのに大事なふりしてずっと抱きかかえていた固くて重いものを破壊した。心のどこかで知っていた。私は、ずっとこうしたかったんだ。

 これでもう、私は、本当の自由になった。

 

 私の手を、もう一度、ちょっとだけ力をこめてにぎってくれたあと、彼は自然に放しながら言った。

 

「ありがとう」

 

 愛してくれて。

 そう聞こえた気がしたのは、空耳だろうか。

 

 彼が拾ってくれたハンカチで、涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭いた。そういえばお互い名前も伝え合っていないと気づいて、私は笑みを浮かべながら顔を上げた。

 でもそこには誰もいなくて、風がそよそよと、樹々に茂った緑の葉を揺らせているだけだった。