5. Thum(親指)(最終話)

 ………グリーンネイルだ。

 見間違いでありますようにと慎重にダストブラシをあて、削り取った粉を払う。でも室井さまの自爪がクリアになるほど、黒みがかったグリーンがはっきりと存在を訴えかけてきた。しかも、見事に両指10本ともだ。室井さまは私の戸惑いに気づかず「ネイルしてないと、もう私にとっては裸でいるのも同然になっちゃったわ。やっぱり指先はキラキラしてないとねぇ」と笑う。

「室井さま…」

 そのとき、朝加さまが「まあ、きれい」と声をあげた。室井さまのスカルプチュアを外している間に、朝加さまの右手の指は5本とも彩られていた。

 上品な藤色をベースに、桜色のグラデーション。細くて白いレースのような模様がさりげなく施され、朝加さまらしいエレガントなデザインだった。室井さまがぐいっと朝加さまの手をのぞきこむ。

「あら、いいじゃない。そういう地味なのピッタリ」

 姿勢を戻し、「ストーン、追加してもらおうかしら」とサンプルに目をやる室井さまの声が上ずっている。私はごくんと唾をのみ込み、意を決して言った。

「室井さま。申し訳ありません、今日は施術させていただくことができません」

 室井さまの目と口が、大きく見開かれていく。マユと朝加さまも、こちらに顔を向けたのがわかった。少し離れたところにいたアンジェラが、席を立つ。

「できないって……どういうことよ!」

「申し訳ありません。私は医師ではないので正しい判断はできかねますが、室井さまの爪は、グリーンネイルになっている可能性があります。できれば病院で受診なさってください」

「グリーンネイルって、何なの、いったい?」

 室井さまが唇をふるわせている。私はなるべく感情的にならないように、つとめて冷静に答えた。

「緑膿菌という菌の感染で、爪が緑色に変色するんです。長い間スカルプチュアをつけっぱなしにされていると自爪から浮き上がって隙間ができて、そこに水が浸入して菌が繁殖します」

 室井さまは私の説明を聴くと、指をひらひらさせながら一笑した。

「あら、そんなの大丈夫よ、だって私、痛くもかゆくもないのよ。きっとたいしたことないわ。色が変わったっていうだけでしょ? 私、緑色好きだし、かまわないわよ」

「でも……」

「上からスカルプつけちゃえば、わかんないでしょ」

「グリーンネイルには痛みはありません。色だけの問題ではないんです、爪が…」

「私がいいって言ってるのよ! 早くやりなさいよっ」

 室井さまの叫びのあと、しずまり返った店内で、朝加さまが、クスリ、と笑った。人の好さそうな朝加さまの嘲笑。私はそれが、室井さまの激昂よりもこわかった。

 

 婦人会に出ると萎縮してしまうと言っていた塚本さまを思い出す。なんとなくだけれど、室井さまと朝加さまの関係や、それぞれの想いを垣間見た気がした。

 室井さまの爪を、思う存分華やかにしたい。彼女の心を満たすようなネイルを施したい。むずむずと創作意欲が沸いてくる。でも。

 私が言葉を探していると、室井さまがアームレストからすっと手を下ろした。バッグから携帯電話を取り出し、どうやらジェニーに電話をかけているようだった。おたくのスタッフが私の爪にいちゃもんをつけてきて施術をしてくれない。そんな内容のことを英語で話している。

「あなたに代われって」

 室井さまが携帯電話をこちらによこす。恐る恐る耳にあて「This is Koharu speaking.」とだけやっと言うと、ジェニーの思いのほか穏やかな声がした。

「I will be there in one hour. I want you to show me how you can make her hands look beautiful in front of me.(1時間後にそちらに行くわ。私の目の前で、彼女の手が美しくなるところを見せてちょうだい)」

 ジェニーの前で施術をしろということ? 私がなんとかYesと答えると、室井さまは携帯電話を奪い取り、少しジェニーと話して切った。

「ジェニーが来るまで、そのへんでお茶飲んでるわ」

 室井さまはコートを羽織ってすたすたと歩き出す。私が後を追いかけると、ドアのところで振り返った。

「あなたにとって、大事なテストなんでしょう? 私の手は、あなたの作品になるのよ。なんなら、明日スカルプを外したっていいわ。とりあえず今日は、あの女よりもキレイにして」 

 

「ジェニーと室井さまをお待ちしましょう。オレンジスティックとエメリーボードのストックが少なくなってるわ。倉庫から持ってきて」

 アンジェラが私の背中にそっと手をやった。彼女は「やりなさい」とも「やめなさい」とも言わない。ずっと表情を隠している。その決定も含めて、きっと私は試されている。

 事務室に倉庫のカギを取りに行こうとしたら、マユがわざわざ席を立ち「コットンもお願い」と言いに来て、こそっと「私にもどうすればいいかわからないけど、がんばって」と耳打ちした。初めて見るマユの照れくさそうな顔、赤くなった耳。私が返事をしないうちに、マユは朝加さまのところに戻って行った。

 私は倉庫のドアを開け、ふっと息をついた。ネイル用品がぎっしりと納められた棚が並ぶ一室。急に気が抜けて、壁にもたれて座り込む。

 室井さまがショックを受けると思ってはっきり言わなかったけれど、グリーンネイルは簡単に言うとカビだ。発症したら、患部の爪が伸びてカットできるようになるまで乾燥と消毒ケアをしなくてはならない。スカルプチュアどころか、塗るだけのポリッシュだって悪化させる原因になる。

 ……でも。ジェニーは「美しくなるところを見せて」と言った。業務命令に背いたら、私はビジネスヴィザを取得するチャンスを失うことになる。ジェニーはオフィスにいることが多くて、私たちがお客さまに施術したネイルを見る機会がほとんどなかった。室井さまがリクエストするようなゴージャスなネイルデザインは、いろんな技術の見せ場が多いし、なんといっても、室井さまにぴったりだ。やりたい。室井さまの希望に沿いたいし、ジェニーに腕を認めてもらいたい。それに、お客さまをあんなに怒らせたままなんて、やっぱり良くないんじゃないか。今日だけ、今日だけやらせてもらって……明日、オフさせていただけば……。

 そういえば日本にいたころ、結婚式の前日に来た花嫁さんがグリーンネイルだったことがあった。担当したのは私の先輩で、特別な日だからとお客さまの望むように施術した。式が終わってから、急いでオフしたんだっけ……そうだ、そういうことも、ある。

 でも待って。特別な日? だってそれは……。

 何か大事なことを置き去りにしているような気がして立ち上がったら、「ぐぅ」と小さないびきが聞こえた。驚いて見回すと、棚によりかかって眠っている男の子がいた。出た。青い光に包まれた、5人目のエフエフ。

 ね、寝てる……。ミドルも隣で寝てたけど、ホントに睡眠状態で登場するなんて、さすがにびっくりした。ちょんちょんと指でつついてみると、青いエフエフはピクッと顔をしかめ、「ふあ~っ」と伸びをしてからようやく目を開けた。

「考えごと、長いんだもん。眠くなっちゃったよ」

 最初見たときは寝顔があんまりかわいくて「男の子」だと思ったけど、こうして起きている顔を見るとぜんぜん子供ではない。鼻筋の通った、立派な成人男性だ。

「意外に大人だね」

 思わず私が言うと、彼はぽりぽりと鼻の頭を掻いた。

「まあ、一番年上だし、リーダーやらされてるし」

「……親指、だよね?」

「うん。おいら、サム」

 おいら。最年長でおいらなんて、やっぱり子供っぽい気もするし、逆におじさんくさい気もする。どちらにしてもちょっと変わってる。サムは棚に並んでいるネイルボトルを、興味深そうに手にとって眺めはじめた。私のことなんかおかまいなしで、「へえ、こんな色あるんだ」とか「これ何の道具だろ」とか楽しそうにつぶやいている。他の4人は、なんだかんだとアドバイスしてくれたのに。

 しびれをきらして、私のほうからサムに問いかけた。

「エフエフのリーダーって、何をするの?」

 サムは私のほうをちらりとも見ないで、スワロフスキーのストーンを電灯にかざしながら答えた。

「なんにもしてないよ。ただ自分がこうしようって決めたことを、まっすぐやってるだけだよ」

 そこでサムは、やっと私を見た。この流れはきっと、名前を呼ばれる。私はちょっとドキドキした。リトルは「アナタ」、サードは「コハル」、ミドルは「コハルちゃん」、そしてファーストは「コハルさん」だった。サムは私を、どんなふうに呼ぶんだろう。

「………なんだっけ? 名前。はははは!」

 おじいちゃんみたいな物言い。思わずずっこけそうになったが、サムが気持ちよく笑うので、私も大笑いしてしまった。さっきまでの張りつめた気持ちがほどけて、体があったかくなってくる。なんだろう、この、サムが醸し出すやわらかい空気。笑いの残っている私に、サムが投げかけた。

「まっすぐやれてる?」

 ずくん、と心臓が大きな音を立てる。突然矢を射られたような気持ちになって、私はとりなすように言う。

「わかんない……。でも、私が施術をすればすべてがうまくおさまるでしょ? 室井さまは納得してくださるし、私はネイルの技術をジェニーに見てもらえるし。だって、ジェニーがやりなさいって言うんだから、やるしかないじゃない。そりゃあ、グリーンネイルだってわかってるのに施術するっていうのは気が引けるけど、でも室井さまにもちゃんと説明してるんだし、これでいいのよ」

 サムは手前にあった箱の中からニッパーを取り出し、おもちゃみたいにチョキチョキと動かした。

「デモデモダッテちゃん」

「………なに、それ」

「でも、とか、だって、とか。そればっかりじゃん。そうやって、これでいいんだよねって思い込もうとしてるってことは、これでよくないってことなんじゃないの?」

「だって……」

 またそう言ってしまって、はっと口を押える。本当だ。私、デモデモダッテちゃんだ。

「他の誰かの言うことなんか関係ないよ。ルールも気にしなくていい。みんながいいよって言っても、自分の心に何か引っかかることがあるなら、それはきっと間違いなんだ」

 サムは、ぐっと自分の親指を突き出した。

「親指の意味はね、信念」

 ……信念。

 正しいと信じる、自分の考え。

「ねえ、おいら、ネイルスクール時代にすごく嬉しかった想い出があるんだけど」

 サムはほっこりと笑った。私はそのあたたかな笑顔に、ぴんと立っている親指に、彼の言う「嬉しかった想い出」が思いあたる。

「ちゃんと覚えててよ!」

 サムはしゅるっとけむりのように姿を変形させながら私の右手の親指に入り込み、私は思わずのけぞった。驚いた、こんなふうに退場するなんて。今までの4人は、ふっとどこかへ消えてしまったのに、サムは目の前で私の中に戻っていった。本当にいるんだ、ここに。そう実感した。

 さすがリーダー。私は微笑んで親指を突き立ててみた。ああ、これって、GOOD!のサインだ。

 

 1時間後、ジェニーと室井さまが店に揃い、私はていねいにお辞儀をしてカウンター越しに室井さまと対面に座った。施術の終わった朝加さまは、店内の小さなソファでなりゆきを見ている。

 室井さまがアームレストに両手を載せた。

「お手並み拝見ね」

「はい、よろしくお願いします」

 口元に笑みを浮かべた室井さまに、私は告げた。

「大変残念ですが、私は今日、室井さまにネイルを施すことができません。申し訳ありません」

「な……」

 室井さまの目に怒りの火が灯る。私は倉庫から持ってきたピンク色の瓶を引き寄せた。

「今日は、私に室井さまのハンドケアをさせてください」

「ハンドケア? いらないわよ、そんなもの」

「させてください。お願いします」

 カウンターにぶつけるぐらい深く頭を下げる。一瞬の沈黙のあと、室井さまが引っこめようとした手をもう一度私のほうに投げ出した。

「ありがとうございます」

 瓶からハンドクリームを取り、室井さまの右手にのせる。室井さまの手は、思った通りとてもつめたい。はじめに皮膚を軽くなでるように、次に円を描くように、そして強弱をつけながらマッサージしていく。手の平にポイント指圧したら、それまで無言だった室井さまが「いたっ」と小さく声をあげた。私が手をとめると「痛い。でもやめないで……気持ちいいから」と笑いをかみ殺すように小声で言う。私はハンドケアを続けた。

 ネイルスクールに通っているころ、ものすごく怖い先生がいて、私はいつもびくびくしていた。受講中に褒められたことなんか一度もなかったけれど、卒業するときになって先生が私にこう言ったのだ。「あなたの親指、すごく反ってるわね」。

 たしかに私の親指は弓のように外側に反る。けなされたのかと思ってうつむくと、先生は「マッサージするのに向いてるわ。生まれ持った宝物よ。その指、大事にしなさい」と言ってくれた。きっとあのときサムは得意げに笑っていたのだろうと想像し、思わず笑みがこぼれる。そして今、私は5人のエフエフと一緒に室井さまの手に触れている。室井さまが元気になりますように。そう願いながら。

 右手のマッサージが終わり、左手にクリームを塗ろうとしたら室井さまがつぶやいた。

「色が」

 室井さまが両手を掲げ、見比べている。右と左とでは、手の色が少しだけ違っていることに気づいてくださったのだ。血行が良くなり、艶が出て明るくなった右手を、室井さまはじっと見つめていた。

「手がやわらかくなりましたよ」

 私が言うと、室井さまは「そんなに凝っていた?」と首をかしげる。

「ええ、お疲れのようでした」

「……そうね」

 室井さまは右手をおろし、左手を私に差し出した。私はクリームをつけていく。

「言われてみれば、シドニーに来てからずっと気が張っていたわ。疲れてることに気づかないくらいにね」

「異国の地に来て、がんばっていらっしゃった証拠です」

「暮らすということは、旅行とはまた違うものね」

「ええ、わかります。ずっと住んでいたいと思うくらい魅力的な街だからこそ」

「シドニーが好き?」

「はい、とても」

 左手も少しずつほぐれて、あたたかくなっていくのがわかる。室井さまは言った。

「あなた、ばかねぇ。ちゃちゃっとネイルやっちゃえばよかったのに。あなたにとって特別なテストの日だったんでしょう」

「そうかもしれません……。でも私にとっての特別な日が、室井さまの大切な日常を脅かすことになるならそれは本意ではないと思ったんです」

 指のマッサージ。私の指と室井さまの指が交流している。室井さまは「ほんと、ばかねぇ」ともう一度繰り返し、そのまま最後まで黙っていた。

 

 閉店後、私とマユは事務室に呼ばれた。ジェニーとアンジェラは、私とマユの向かい側に座り、顔を見合わせて頷いた。

 ジェニーがテーブルの上に組んだ手に目を落としながら言う。

「You’ve both done very well. We have just decided which of you will stay with us and work at our second salon in North Sydney. We’ve chosen……(ふたりとも、よくがんばったわね。心が決まりました。ノースシドニーの2号店に来てもらうのは……)」

 ジェニーはぱっと顔を上げた。

 

「You」

 

 微笑んだジェニーと目が合い、私は右手をぎゅっとにぎりしめる。5本の指から、にぎやかな歓声が聞こえたような気がした。

 

  *     *     *     *     *     *

 

 シドニーの夏はからりとしていて気持ちがいい。ハーバーブリッジを渡って出勤するとき、朝陽を受けてキラキラ光る海を見るのが毎日の楽しみだ。

 2号店は軌道に乗り、リピーターリストの数も徐々に増えてきた。その中に、室井さまの名前も入っている。

 2号店出向を告げられたあと私は、指示を守らず室井さまに施術しなかったことをジェニーに詫びた。するとジェニーは大げさに首をすくめて笑い、こう言った。

 施術しろなんて指示した覚えはないわ。あなたは私の言ったとおり、彼女の手が美しくなるところを見せてくれたじゃないの。

「Good morning!」

 マユが元気よくやってきた。私にも笑顔でアイコンタクトをし、スタッフの輪の中に入っていく。オージースタッフに「英語の発音、良くなったわねぇ」とひやかされて真っ赤になっているのが見えた。

 あのあとマユは、片想いしていた英会話スクールの先生に愛を打ち明けられ、電撃結婚を果たした。春に一度退職し、今、フリーランスでシドニー店とノースシドニー店両方のヘルプに来ている。ゆくゆくは自分のお店を出したいと言って、経営の勉強も始めているらしい。

 私はというと、その後エフエフは誰ひとりとして出現してくれない。カウントダウンのとき、花火がぼんぼんと上がるのを見ながら「エフエフ、エフエフ」とアンコールを念じてみたがだめだった。ファーストの言葉を借りれば、おそらく「運」がなく、全員集合のステージには落選してしまったのだろう。

 店の前を掃除しようと、箒を持って出た。ぼんやりと右手を見る。1本ずつ、指先にそれぞれの顔をあてはめて、名前を呼んでみる。

 ………もう会えないのかな。

 私は軽く首を振り、口角を上げた。

 会えなくても、ここにちゃんといるんだよね。

 そして私をいつも励ましてくれる。だから私は応えよう。

 

 右手を空高く上げた。指と指のあいだにはシドニー特有のスカイブルー。

 私はこれからも、この手で、夢を、つかむ。

 

「がんばってるの、似合ってるよ!」

 空耳というにはあまりにもクリアな明るい声が聞こえて、私の胸は甘く高鳴った。

fin

 

あとがき

 無事最終回を迎えました。そのことにまずほっとしています。

 ここまで読んでくださった方々に、心から御礼を申し上げます。

 小説に限らず、言葉は発する側のものではなく受け取る側のものだと思っているので、好きなように解釈して読んでいただけることが一番うれしいです。

 今回、連載中にいろいろな形で感想をいただく機会に恵まれました。

「読んだ人が笑ってくれるといいなあ」と思いながら書いた作品だったのに、いただいた感想には「泣きました」という言葉があって、それを読んで私も泣きました。もちろん「ニヤニヤしました」というメッセージには私もニヤニヤ。読んでくださった方からの感想はどれもみな大切な宝物です。ありがとうございました。

 また、小説を書くにあたり、たくさんの方にアドバイスやお話を聞かせていただきました。

 この連載企画のきっかけをくれたMちゃん。「私、31歳ネイリスト1年生です!」とメッセージをくださった、まさにコハルなNさん。おなじみの美容師Kさん。ネイルサロンデビューの私を担当してくださったネイリストのWさん。「Five Fingers!」には、私が想像した創作だけではなく、いろんな方が伝授してくれたお話がミックスされています。感謝しきりです、ありがとうございました。

 それから、ウンウン唸っているところにエールを送ってくれた、私にとってエフエフのような友人たち。どうもありがとう。

 最後になりましたが、いつもお世話になっている編集長。私の無謀な企画を受けてくださったうえ、専用のバナーまで作っていただき、最初目にしたときは感激のあまり「ひゃ!」と変な声を出してしまいました。本当に、どれだけ感謝の言葉を尽くしても尽くしきれません。ありがとうございました。

 ものを書くのは基本的に孤独な作業ですが、この小説は、たくさんの人と一緒に創った作品だなと感じています。そして大きな学びがありました。今後に活かせるよう精進したいと思います。

 またいつか、どこかでお会いできますよう。

 青山美智子

 

解説

 青山美智子さんは、つくづく文章で人を癒すためにこの世に生を受けたのだと思う。“天職”としてのライターや作家は五万といるが、青山さんの場合は単に文章を書くのではなく、書いた文章によって人を癒す仕事が天職なのである。書く内容はスピリチュアル系でも自己啓発系でもないのに人を癒し、そして勇気づけてくれる。時にそれは勇気というほど大げさなものではないこともあるが、間違いなく温かな気持ちにさせてくれる。温かな気持ちはつまり、ちょっとした元気の基となることは確かである。毎月発行の「月刊ジャパラリア」誌上で2003年にさかのぼる創刊号から欠かさず続いているエッセイ「いろはにポケット」しかり、同じくジャパラリア公式ウェブ版で短期集中連載形式を取って書き下ろしてくれた小説「Five Fingers!」しかりである。特に小説においては、実際に青山さんが生み出した架空のキャラクターたちが生き生きと、そして頑張る姿を描いた作品が目立ち、これがまた読者を癒し元気を与えてくれるだけでなく、圧倒的な共感と支持を集めるキャラクターばかりというからすごい。

 青山さんが書くエッセイも小説も、青山さん自身の性格の延長ということなのだろうか? もともとが誰からも共感されるような考え方・生き方だから、それがそのまま文章になって表れただけなのだろうか? 青山さんとかれこれ20年以上の付き合いの私が冷静に分析したところ、基本的には“そう”である。私が知る青山さんは、こと仕事に関しては彼女の小説に出てくる女性たちのように、ひたむきで頑張り屋さんである。とはいえ、世のすべての頑張り屋さんがいずれも周囲の共感を得ることができるかというと、もちろんそんなはずはなく、自分でも無意識のうちに熱意の押し売りをしたりして周囲に敬遠され、それすら気づかない可哀想な人も少なくはない。だが青山さんは、ちゃんと空気が読める人なので、頑張り屋さんではあっても沸騰するほど熱くなったりはしない。常に自分自身を客観的に見極めて仕事に望む青山さんは、熱くもなく冷めてもいない“常温”なので誰からも好意的に受け入れられ、平熱ではあっても平凡ではないため、頑張れば頑張るほど周囲もつい青山さんを応援したくなってしまう、そんなタイプの女性だ。そう、まるで本作「Five Fingers!」の主人公コハルのように。

 青山さん初のファンタジー小説である5話完結の「Five Fingers!」には、シドニーで頑張るコハルを応援する5人の男性キャラが1話ごとに登場する。まさしく青山さん自身の実生活そのものなのだが、青山さんは空気を読めても確信犯ではないので、まさか青山さんをよく知る人が読めば自分自身とその経験が投影されているのが分かるとは夢にも思わずに本作を書き進めたのではないだろうか。非常に鋭い観察眼の持ち主である一方、時に“天然”が入るところも青山さんの愛すべき特徴なのである。「え、そうなの!?」と目を丸くさせる青山さんの顔が頭に浮かぶ。

 今をさかのぼること20年以上前の1990年代前半、当時私がシドニーで働いていた、とある現地日本語フリペの編集部に入ってきた“新人”が青山美智子さんだった。私たちは偶然隣同士のデスクで、青山さんは3歳年上の私を先輩として慕ってくれ、私もある意味、妹のように可愛がり、彼女が頑張って練り上げた企画を全面的にバック・アップしたりと私なりのやり方で応援したつもりだ。「Five Fingers!」のヒロイン、コハルは青山さんではないが、“青山さんの一部”はそこにクリアに見え隠れする。20年前にデスクを並べて仕事した私の後輩が「Five Fingers!」の中に間違いなくいる。

ジャパラリア編集部