冬のクリスマスなんて初めてだな、と僕が言うと、サトルはへえっと驚いて目を見開いた。そうか、そういえば、オーストラリアのクリスマスは夏なんだね。南半球だもんね。屈託のないサトルの笑みが僕をなごやかにさせる。クリスマス・イブの午後、休憩時間に、僕はサトルとコーヒーを飲んでいる。
僕はシドニーからワーキングホリデーで東京にやってきた。陶芸を学ぶためだ。知り合いの知り合いというつてをたどって、僕は、陶芸作家のキタガワさんのところに住み込みで勉強させてもらっている。サトルはそこで、僕と同じように、キタガワさんの「弟子」としていっしょにろくろをまわしているのだ。
30歳になったばかりのサトルは、ずいぶんと若く見える。普段は寡黙だが、時折、とんでもなく面白いことを言ったり、ものごとの核心に迫るようなことをつぶやいたりして、キタガワさんにもいたく気に入られている。なんといっても、彼の作品は、とおりいっぺんではない、何か途方もない「味わい」のようなものがあった。
僕たちは工房で、いろんな話をする。かたことの日本語と、かたことの英語と、そしてジェスチャーで。案外それは通じ合い、僕たちはコミュニケーションには困らないでいた。
ガールフレンドはいないのか、と聞いたことがある。サトルはちょっと首をすくめて、「今はめんどくさい。ひとりで釣りをしてるほうがいい」と言った。
僕に日本人の恋人がいて、あろうことか彼女はシドニーにいるのだと教えたとき、サトルは感慨深げに「そりゃ、アダムのこと相当信じてるんだな」と言った。「そうでなきゃ、東京に恋人をひとり行かせられないよ。外国人の男って、日本人の女の子にモテるんだ」
「オーストラリアでは日本人の女の子がモテるよ」
僕は笑った。サトルは「だったら、アダムも彼女のこと信じてるんだね」と、曇りのない瞳で答えた。
「それで、彼女にクリスマスプレゼントは用意したの?」
サトルがマグカップをテーブルに置いて尋ねてくる。僕はちょっと考えてから、「サトルなら、何をあげる?」と聞いた。
サトルは唇をとがらせるようにして、眉間にしわを寄せ、うーん、うーん、と、真剣に考え始めた。腕組をしたり、頭をかいたりしながら、彼は困窮しているようだった。こんななんでもない質問に、真剣に取り組むのも彼の良いところだ。ざっくりとした青いタートルネックのセーターに、冬だというのによく日に焼けた健康的な肌が映えている。
「……似顔絵、とか」
ぽつりと言ったサトルの回答に、僕はちょっと身をのりだした。サトルらしいアイディアであったし、僕は実際に、恋人の似顔絵を航空便で送っていたのだ。サトルとは、妙なところで気が合う。
「どうして似顔絵?」
わざと聞いてみる。
「だって、会えない間も、君のこと考えてるっていうのが伝わるでしょ。それに、慣れないことするよりも、得意分野で勝負したほうがいい」
もっともな意見だ。僕はコーヒーのおかわりを淹れに席を立った。
「サトルもいるかい?」
「うん、ありがとう」
僕は来月半ばに帰国する。ここでこうしていられるのも、あとわずかだ。サトルと過ごすこの日常も、あっというまに遠くなっていくだろう。
「……来年のクリスマスは」
新しいコーヒーをテーブルに置き、僕はサトルに話しかける。
「え?」
「サトルの似顔絵を描いて送るよ。離れても、サトルのことは時々思い出すと思うから」
サトルがきょとんと僕を見上げる。そのくりくりとした目が、黒く光っている。そして、はにかんだように笑って、サトルはコーヒーを手にした。
「なんだよ、そんなこと言われたら、別れがさびしくなっちゃうじゃんか」
サトルが目を伏せる。僕もなんだか急にさびしくなって、鼻がつんとしてしまった。
ありがとう、日本でできた、大切な友達。僕はカップをこつんと合わせて、「メリー・クリスマス」と言った。サンタクロースはきっと、こんな友情の輪の中にも訪れる。