1 : Letter

 だいたい、アダムときたら、不精なのもいいところなのだ。

 オージーテイスト。つきあいはじめたころから、ある程度はしょうがないと割り切っていたけれど、それはいつも片手を伸ばせばそこに触れられたから我慢もできたこと。

 私は下唇を噛んで、一日に何度も、メールのチェックをしている。2週間前に東京へと旅立ってしまった彼からの連絡は、成田空港から「着いたよ」の電話が一度あったきりだ。パソコンは持っていかないから、インターネットカフェでフリーアドレスでも取るよ、と言っていたのに、そこから音信不通になってしまった。

 ワーホリだった私がシドニーの日系出版社でビジネス・ビザを取得し、これでずっといっしょにいられると喜んでいた矢先、ちょっと名の知れた芸術家であるアダムは「日本で陶芸の勉強をしてくる」と言った。今度は彼が異国でワーホリメイカーになる番だった。もちろん私は激しく動揺し、だだをこね、行かないでほしいと説得した。でも無駄だった。「やりたい」と思いついてしまったが最後、誰も彼を止められないのだ。

「半年で帰るよ」と、アダムは言った。でも私たちだって、知り合ってからまだそれと同じくらいの時間しかたっていないのだ。「スウ、君はジャーナリストとしてオーストラリアに残ることを決めたんだろう?」

「すみれ」という名前の私を、彼は「スウ」と呼ぶ。私はアダムの発音するその呼ばれ方を愛している。大きな腕で抱きすくめられ、幼い子供にそうするように背中をやさしくさすりながら「落ち着いて、スウ。大丈夫だから」と言われると、私は涙をこぼしながらうなだれるほかなかった。

 かくして、日本人である私は、オージーである恋人と、皮肉なことに日本とオーストラリアでの遠距離恋愛に身を焦がすことになってしまった。

 今日3度目のメールチェックをして、私は、ふう、と肩を落とす。彼がいなくなったぶん、広くなった部屋で、私はひとりで朝食を摂り、ひとりでテレビを観て笑う。

 この2週間、彼はどう過ごしているのだろう。ちゃんとごはんを食べているかしら。ほとんど日本語の勉強なんてしていなかったのに、うまくやっていけるんだろうか。それとも、連絡がないのは、何か事故にでも遭ったのかも……。ざわざわとした不安を必死でかき消そうとしていたら、郵便受けに一枚のエアメイルを見つけた。

 来た!

 メールを待ちわびていた私にとって、その手書きの封筒はずしりと重かった。震える手で開封をし、薄い便箋を取り出した私は、書き出しを読んでちょっと落胆した。

「こちらはとても順調です。ジャパニーズガールは優しいし、やってみたいことや行ってみたい場所がたくさんです」

 ジャパニーズガールは優しいし。つくん、と体の中心が痛くなる。少しくらい、さびしがっていると思ったのに。便箋1枚目には、やたら楽しそうなアダムの様子が書き綴られている。私がこんなに心配しているのをよそに、アダムはよろしくやっているようなのだった。

 なんだか腑に落ちない気分で読み進めていたら、2枚目の結びで目が止まった。

「君がこの国で笑い、悩み、育ってきたのだと思うと、胸がいっぱいになります。
君に似た人はたくさんいるけれど、君は僕にとって、たったひとりのイヴです」

 私はその2行を、繰り返し読んだ。3回目には、涙で字がかすんでよくわからなくなった。私は声をあげて泣いた。アダムが日本に行ってしまってから、初めての涙だった。

 私はあらためて手紙を読み直した。見知らぬ土地で、目を輝かせて、自分の新しい分野を開拓していこうとするアダム。無機質なメールではなく、航空便というアナログ手法で愛を伝えてくれるアダム。彼を取り巻く、のんびりした時間の流れ。
そんな彼だから、私は好きになったのだ。

 私はお気に入りのジャスミンティーを淹れ、ひとつ、深呼吸した。私も、ゆっくりと彼に手紙を書こう。ひとつひとつの言葉に、ていねいに想いをこめて。